第1回ビジョンをもとに形をつくる ー教育学に基づくビジョンから学校空間のアイデアを生み出すー
教職研修オンライン、新連載「新しい教育のために学校の空間的環境を変える」が本日よりスタートしました。オランダのイエナプランスクールの教員研修などをされている、ヒュバート・ウィンタースさんに全12回にわたって学校空間に関してお伝えいただきます。翻訳・解説は、オランダ在住の教育研究家、リヒテルズ直子さんです。
第1回に入る前に……リヒテルズ直子
憲法で「教育の自由」が保障され、学校ごとの独立性や自由裁量権の範囲が、日本に比べて極めて広いオランダ。国が支給する生徒一人当たりの教育費が公立校と私立校の別なく平等であるほか、学校校舎も、公立と私立の別なく、自治体が無償で提供してくれる。驚くのは、学校の校舎のデザインも、学校にいる教育者たちの理念に基づく教育方法の一環と考えられていることだ。
つまり、自治体は、校舎という「箱」を一方的に提供するのではなく、学校で教育活動にあたっている教育者たちの意向を汲み取ってつくることになっている。その結果、オランダの学校は、それぞれの学校の理念を反映して、一つひとつ異なる形になっている。
もっとも、現実には、1960年代末頃までは、教育者たちが校舎のあり方を教育理念を反映するものだと考える傾向は少なく、学校空間のデザインへの関心は、それほど大きくなかった。当時の校舎は、どこも、自治体が提供する何の変哲もない、画一一斉型授業ための空間でしかなかった。
しかし、子どもの個別の発達ニーズ、また、認知的学力だけではなく社会性や情緒のコントロール能力などへの関心が一気に広がっていった1970年代に、この動きを中心的に担ったオルタナティブ教育の関係者が、徐々に率先して、学校空間環境とそこで行われる教育との関連性に目を向け、新しい空間を求める動きを広めていった。本シリーズの著者ヒュバート・ウィンタース氏も、この動きを牽引してきた一人である。
本連載の第1回では「ビジョンをもとに形をつくるー教育学に基づくビジョンから学校空間のアイデアを生み出すー」についてヒュバート・ウィンタース氏に執筆いただいた。
筆者 ヒュバート・ウィンタース Hubert Winters
ヒュバート・ウィンタース氏(1952年オランダ生まれ)は、オランダで小学校教師の経験を10年、小学校の校長経験18年を経たのち、1999年に学校および現職教員のためのサポートを行う研修会社JAS(イエナプラン・アドバイス&スクーリング社)を設立し、以来、主としてオランダにあるイエナプランスクールの教員のための現職研修および、学校の教職員チームを対象とした教育支援事業を行なってきた。
レオワルデンの聖パウロス小学校で校長をしていた時に、学校改築事業にかかわり、「子どもたちのための優れた学習環境の創生」という観点から教育学的な視点でこのプロジェクトにかかわり、さまざまな学校空間のアイデアを実現した。2003年より、JASの事業の一環として、学校の新改築プロジェクトでファシリテーターの役割を担う。すなわち、学校の教職員および他のすべての関係者が持つ、空間的ニーズを調査し、学校側のこれらの願望を空間的環境へと翻訳する立場にある建築家に対して仲介する役割である。
現在までに、ウィンタース氏は、約50の新改築プロジェクトにファシリテーターとしてかかわり、本連載のテーマである学校空間についてのいくつかの記事もオランダ語の媒体を通して執筆、発表している。
ビジョンをもとに形をつくるー教育学に基づくビジョンから学校空間のアイデアを生み出すー ヒュバート・ウィンタース
新しく学校の校舎を建設するとか、すでにある古い校舎を改築する機会というのは、滅多に巡ってくるものではありません。でも、もしそういう幸運なチャンスに恵まれたなら、このまたとないチャンスをうまく利用して、可能な限り優れた建造物にしようと考えていきたいものです。
では、そのために、まず最初にしなければならないのはなんでしょう? それは、学校で教育にかかわる人たち自身が、やがて設計図を引いてくれる建築家に対して、さて、どんな注文をしようか、どんな条件を提示すればよいだろうか、とみんなでしっかりと話し合うことなのです。
子どもたちのために、学校がどんな空間を用意するかは、そこで行われる教育の質の重要な決め手となります。そのため、校舎(学習のための空間的環境)は、<第3の教師>とさえ言われることがあります(※代表的にはレッジョ・エミリアの考え方で、<第1の教師>とはいうまでもなく教師自身、<第2の教師>とは生徒たちの姿です)。
学校空間がそれほど大きな役割を持っているのならば、どんな空間にするのかを決めるためには、慎重な検討が必要なのはいうまでもありません。どんなにすばらしく効率的で多目的に見える校舎の中でも、教育の質が必ずしも高いとは言えないことはありますし、反対に、一見古びてあまり効率的に作られていないように見える校舎の中でも、子どもたちがとてもたくさんのことを学んでいるということもあります。大切なのは、形そのものではなく、その形の裏に隠された教育学的意図を、教育現場で働く教育者たちが自覚していることなのです。
だからこそ、教育のあり方についての明確なビジョンをもとに、それを梃子にして校舎のあり方を決めていけるようにするためには、まず何よりも、その校舎ができたときにそこで働く予定になっている人たちの声を聞くことから始めなければならないのです。これからここで働く予定の人たちは、教育をどのように展開していくつもりなのでしょうか? その人たちは、子ども学的な視点や、授業技術という観点から、どんな空間がほしいと願っているのでしょうか? 実際に現場で子どもたちと働いてきた教育者たちには、教育学的な観点からみて、「こういう空間があったらいいのに」という何らかの願望があるはずで、新改築後の学校に必要な空間の条件を、こうした願望に基づいてあげていくことができます。
こう考えると、校舎を新改築するときには、その準備段階で、現場の教育者たち自身がかかわるべき、いくつかのステップがあると思われます。このステップとは、教育のあり方について深く見直し考えてみることであり、いきなり斬新で目立つ校舎のデザインをつくろうと考えることではありません。新しい校舎を実現することは、教育をよりよいものにしていくうえでとても大きな役割を果たします。つまり、慎重に検討されてつくられた学校空間は、教育そのものをよりよい新しいものに変えるために、大きな弾みをつけてくれる梃子の役割を果たせるのです。
以下に示したのは、学校の新改築が決まったら、まず、そこで、将来子どもたちの育ちにかかわっていく予定の教育者たち自身に、それぞれ是非踏んでほしいステップです(参考にしたのは、モリヌス・クノープの「創造的スパイラル:願いを実現させるための12のステップ」です。ステップ6以降は、実際の建造物の設計にかかわるのでここでは省略しています)。
▼ステップ1
自分は、どのような空間があるといいと考えているのか、できる限り精確な言葉で表現する
▼ステップ2
次に、ステップ1で表現した望ましい学校空間のアイデアを、Moodboard※、デッサン、写真のコレクションなどを使って目に見えるイメージにする
※アイデアがよりくわしく伝わるように関連する素材を集めコラージュしたもの
▼ステップ3
学校空間についての自分の願望が確信できるものになったら、それをもとに、同僚同士、お互いに相手を説得するように自分のアイデアを説明し、話し合う
▼ステップ4
ここまでの過程を経て、現場にかかわる教育者たちが一緒にすり合わせてつくり上げた新しい学校空間の願望を、学校で学ぶ子どもたち、保護者、理事会メンバーなどに提示し、その人たちを巻き込みながら、さらによりよいものにしていく
▼ステップ5
自分たちが望む学校空間をどうすれば実現できるか、について検討し、設計図をつくってくれる建築家を探す
図 明確な教育ビジョンに基づいた新しい校舎や学校空間は、教育そのものの改善に大きく役立ち得る後押しをすることがよくある。校舎の新改築は、教育そのものの刷新にとって有効な梃子になり得る。
子ども学に則したポジティブな学びの環境
子ども学というのは、子どもが大人になるまでの発達の過程、また、それを支える養育のあり方を対象とした学問を意味しています。よい教育を実現させるためには、生徒と教員の間、生徒同士の間によい関係があることが何より大切です。なぜなら、学びや仕事は、よい雰囲気のなかにあるときに初めて、本当に快適に実現できるものだからです。
また、快適な雰囲気は、学校での子どもたちの学びにポジティブな効果をもたらし、子どもたちの学びの成果を増すための重要な要因です。ここで大切なのは、子ども学とは、生徒たちの、子どもから大人への成長を安全なものとして保証するためにある学問だということです。つまり、学校は、子ども学の研究成果を利用することによって、子どもたちの成長に、安全なかたちで関与でき、寄与できるようになるのです。
子ども学の研究成果に依りつつ学校にポジティブな文化を生み出していくことは、生徒たちだけではなく、教員たちにとっても大変価値のある意義深いことです。
子ども学といっても、そこには、当然ながら色々と異なる理論があります。元ユトレヒト大学の教育学教授で、退職後NIVOSという子ども学の研究所を創設し、現在も所長をしているルック・ステーヴェンス教授が、かつて、ある教員向けの研修会の中で示した自己決定理論は、幅広い実践研究に基づく説得力のある理論です。この理論は、自律性・能力(コンピテンシー)・関係性という、生徒たちが持つ三つの心理学的基本ニーズを示したものです。この三つのニーズという観点は、生徒たちの成長を観察するうえでの枠組みとして、教師にとっては一種の「眼鏡」の役割を果たす大変有用なものです。
●自律性のニーズ
子どもたちは、それぞれ、自分で選択することができているか
●能力のニーズ
子どもたちは、それぞれ、自分の力に合わせて十分な挑戦的な課題を受け、新しい能力を引き出すように働きかけられているか
●関係性のニーズ
子どもたちは、お互いに子ども同士で、また、教師とポジティブなかかわり方をしているか?
生徒たちが、自律的で、それぞれ自分には何らかの能力があると自覚できており、また、生徒同士や、教師と生徒との間、さらに、教員同士の間や、学校と保護者とその他ありとあらゆる学校にかかわる人々の間によい関係があるとき、学校は、ポジティブな子ども学的雰囲気をうまく発達させていると言えます。
学校の中によい関係性を生み出していくこと、また、学校と「外の世界」との間によりよい関係性を生み出すために働くことを、多くの国では、「民主的シチズンシップ教育」と名づけて、実践に努めています。
私は、こういう民主的シチズンシップは、何か一つの教科として教えるものではないと思いますし、また、そうであるべきだとも考えていません。民主的シチズンシップは、いわば人びとの態度や構えに関わる事柄ですから、学校の中で起きるありとあらゆる活動で実践されるべき大切なものなのです。
裏を返せば、学校とは、子どもたちが、よりよい世界を目指して、どうすればみんなで一緒にそのために働くことができるかを試したり練習したりしながら身につけていくことのできる場でなければならないのです。この、よりよい世界を実現させるための練習も、当然ながら、そのために用意された空間のなかで起きるわけですから、そこにどのような空間を設けて、よりよい関係性を育もうとしているかということは、この観点からも重要になります。
空間の企画に影響を与え得る授業法(授業技術)の観点
子どもは、どの子も皆、一人ひとりユニークな(誰一人としてほかに全く同じ人はいない)存在です。ですから、それぞれに発達のテンポは異なり、それぞれの得意・不得意も違います。教育は、こうした違いを持つ子どもたちのそれぞれに対して、それぞれの今の発達段階に合わせた適切な課題が出され、その子のそのときのニーズに精確に適合したかたちで行われることが理想です。
しかし、現実には、一人の教師が、複数の生徒に対して、個別に割ける時間は限られています。そのため、多数の生徒がいる教室で、それぞれのニーズに合わせて授業を行うための種々の授業法が考案されています。主に下記のようなものを例としてあげることができます。
これらの授業方法は、従来の画一一斉型授業とは異なり、こういう方法を適宜に採用することができるための空間的環境や教材が必要です。
●インストラクション(指導の際、1回目の説明でわからない子には、2回目に他の方法で説明するなど)、教材、テンポ(学びにかける時間)を子どもに合わせて多様化する
●反転授業:指導用の動画を使う。子どもは自分がちょうどその学びに適したとき、あるいは、動機づけがあるときに学ぶことができる(YouTubeなどの動画は、今や「第4の教師」と言えるのかもしれない)
●共同・協働学習で、子どもたちが互いに学び合い教え合う。イエナプランスクールでは、とくによく用いており、三つの年齢集団から構成された異年齢グループの中で、子どもたちはお互いから学び、お互いに対して教えることが、ごく当たり前のこととして実施される。
子ども学と授業法を考慮して学校空間の条件を上げる
上のような子ども学の観点や、画一一斉型授業とは異なる新しい授業法の観点から空間を見直してみると、学校は、採用することのできるさまざまな多くの選択肢があることに気づくことでしょう。これらの選択肢は、学校の建物のデザインを決める際に大きな影響要因となります。
オランダでは、現在すでに存在している学校の中に、そうした選択肢が採用されてきたことを見出すことができます。このような例を見ても分かるとおり、学校における校舎やその周りの空間は、デザインを急ぐ前に、まず、いったい、どのような教育を展開したいのか、そのためには、どんな空間が必要なのか、という問いに、自分たちなりの回答を出しておかなければならないということがわかるのではないかと思います。
●校舎が醸し出す雰囲気
・学校は童話に出てくるお城のような形をしていなければならないのか?
・それとも宮殿のようなものか?
・普通の住宅のような形だったらどうだろう?
・それとも、事務所や刑務所のような形だろうか?
・丸い形にするか、四角い形にするか?
・ガラス窓をたくさん使うか、それとももっと閉じられた空間にするか?
・色彩豊かな空間か、それとも落ち着いた目立たない色にするか?
●「教室」というより「子どもたちのグループの部屋」。それぞれのグループのホームベース
・このグループの部屋(教室)ではどんな活動が行われるのか?
・学校での日課のうち、子どもたちがこの部屋で過ごすのはどれぐらいの時間か?
・どの教室もみな同形でなければならないのか?
・部屋にはどんな「面」が必要か?(掲示板やガラスのショーケースなど)
・部屋の中には、高さの違う場所をつくるかどうか?
・戸外とのつながりはどうするか?
・すべての教材の置き場所はどこか?(※個別のニーズに合わせるためには、教材は多様化され、量も増える)
●芸術活動のための空間
・美術室(アトリエ)は必要か?
・工作場は必要か?
・音楽のための(防音つき)スタジオは?
●探究のための空間
・実験室が欲しい?
・発見や発明のための場所は?
・自然活動のための空間
・子どもたちが自分で管理する校庭をつくるかどうか?
・校庭での仕事に必要な道具を収納する倉庫は?
●研究活動のための空間
・マルチメディア・センターは?
・図書館は?
・電話・インターネット・メールを使うための空間は?
●身体運動のための空間
・幼児のための遊びの空間は?(※小学校が4歳から始まるオランダでは、通常、幼児期の子どもたち用に安全な小さい遊戯室が設けられている)
・年長の子どもたちのための体育館は?
・プールも欲しい?
●食生活に関する活動のための空間
・子どもキッチンは必要か?
・作業場は?
・レストランコーナーは?
●職員のための空間
・誰がどんな自分の空間を必要としているか?
・効率性のために、何か多目的空間でできることはないか?
・職員チームの空間はどうしたい?(※オランダでは、職員室は、通常、仕事をするための部屋ではなく、チームとして情報交換したり話し合ったり、ゆっくり休憩したりする場)
・職員チームの部屋には、どんな設備があり、どんな雰囲気のものにするか?
●保護者のための空間
・保護者たち同士がお互いに出会える場は?
・この場を地域の人たちにも開放できるものにするか?
学校がどんな空間を生み出すかは、そこで働いている人々がどんな選択肢を選ぶかにかかってきます。そのために関係者らが議論を重ねていくうちに、何か新しいアイデアが浮かぶということもあるでしょう。これまで、まだ一度も考えてもみなかったようなことについて深く話し合うよい機会となったり、いろいろな素晴らしい可能性が生まれてくることもあるでしょう。こうしたアイデアは、ぜひ、リストにあげて記録しておきましょう。
もちろん建設予算は、可能性に制限を加える大きな要因です。いくら、あれも欲しい、これも欲しいと言っていても、出てきたアイデアをみな何もかも実現というわけにいかないのは当然です。そこで、関係者は、本当にほしくて必要なものはどれで、なくてもよいものはどれなのかを決める議論をさらに重ねなければなりません。話し合いを経ながら、優先順位を明らかにしたリストをつくっていきます。その際、本当に必要だと思うのはなぜなのか、なくてもよいと考えるのはなぜなのか、お互いに、その根拠をあげながら検討を重ねることで、お互いが、教育に対する考えを深めることができ、また、共通のビジョンを生み出していくことができるのです。
ここからは、さまざまな学校空間を写真とともに紹介していきます。
中央に多目的センターを置いた校舎は、グループの部屋が外の空間と直接につながっています。つまり、どのグループも、室内と室外に、独自の場所を持っているのです(De Vuurvogel, Malden, NL)
子どもたちのさまざまな活動や思考を刺激する「戸外空間」(De Vuurvogel, Malden, NL)
中央の「学習広場」の周りに六つずつのグループの部屋(教室)を置くことで、長い廊下の横に多数の同形の教室が一列に並んだマンモス校舎の印象を払拭している(St.Paulos, Leeuwaarden, NL)
子どもたちがそれぞれ選ぶことのできる多様なワークコーナーが設置された「オープンな(開放的な)」学習広場(De Lanteerne, Nijmegen, NL)
静寂のなかで、気持ちよく寝そべって読書に耽れる場(De Lanteerne, Nijmegen, NL)
異なる高さの料理台がある(上級生用と下級生用など)子ども用キッチン(Heijenoordschool, Arnhem, NL)
フレネ教育の自由作文授業で使う印刷コーナー(Peter Petersenschool, Haren, NL)
異年齢の子どもたちが、自分の身長や課題内容に合わせて選べる、高さの異なるテーブルがある部屋:追加の仕事場
全校生徒が集まれる「催し」のための空間
保護者と教員、または、保護者同士がリラックスして交流できる「スクールカフェ」(筆者が初めてかかわった学校改築プロジェクトで設置されたもので、現在では、多くの小学校にこのような空間が設けられるようになった(Sint Paulus, Leeuwaarden, NL)
翻訳者より リヒテルズ直子
1990年頃、オランダでは、戦後に建てられた旧校舎の改築期を迎え、以後、学校の新改築の際、子どもたちの個別の発達や協働活動・探究活動を育むための空間づくりにより、大きな関心が向けられるようになる。
学校で実際に教育活動にあたっている教育者たちの意向がまずあり、建築家は、それを学校建築の基準になっている法規と自治体の予算とに照らし合わせて、実現可能な設計に翻訳していく役割を持つようになった。通常、このプロセスには、かなりの時間がかかることもあるが、完成したものは、ユーザーの意図に沿っているので、ユーザー自身が、新しい空間を最大限に利用できる。
日本では、とかく、学校建築の専門家が、諸外国で見てきた斬新なアイデアを自治体がモデルに公的に取り入れて建設することがしばしばあるが、せっかくよい空間があっても、そこに込められた教育学的な意図をユーザーである学校職員が共有しておらず、うまく利用されないということが起きている。
たとえば、「壁のない教室」などは、その典型的な例で、「壁をなくす」ことで、子どもたちが教室空間から自由に外に出て行き、探究するためのアイデアである。しかし、そのことが教員たちに意識されていなければ、結局は、目に見えない「壁」を意識して、従来のとおりに、教室の中に子どもたちを縛りつけるということが起きるし、「壁」がないので「気が散る」「雑音がうるさい」という不服さえ生まれかねない状況が起きる。
学校関係者らがともに、教育学的な願望を提言していく作業は、学校のユーザー自身の主体的なオーナーシップを育むと同時に、しばしば、教育者自身の新たな教育のあり方への気づき、また、生徒や保護者、地域との関係性の改善そのものに直結していく。このプロセスを通して、皆が、教育改革事業に関与することができるようになるからである。
本シリーズは、建築家や教育行政の主体者ではなく、ユーザーである教育者自身が、学校空間の大切さに気づき、新しい学校空間づくりに関与していくことの大切さに気づくきっかけになることを意図している。
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