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『未来の学校のつくりかた』発売記念トークイベント 乙武洋匡×税所篤快

今回は、先日行われた『未来の学校のつくりかた』発売記念イベントのレポートを投稿します!
ゲストは、乙武洋匡さん。現職の先生である徳留宏紀さんが司会進行し、著者の税所篤快さんとの対談形式でイベントが行われました。

乙武さんプロフィール

税所さんプロフィール

「そうだよねぇ!」とうなずかされたのは杉並の話

まずは、税所さんと乙武さんとの出会いのエピソードからイベントは始まりました。

税所篤快さん(以下、税所):8年前くらいに、僕の恩師の一人である藤原和博先生がご縁をくださったんです。オトさん(=乙武さん)が藤原先生と一緒にとあるテレビ番組に出演するとき、僕はその収録を見学させてもらっていて、そのまま流れで打ち上げにも同席させてもらったんです。そこで仲良くなってから今まで、事あるごとに相談に乗ってもらっていて。時には海外で待ち合わせて、一緒に旅をさせてもらったこともありました。

乙武洋匡さん(以下、乙武):パレスチナのガザで待ち合わせて、アツ(=税所さん)が主催したイベントでスピーチさせてもらったり。あれは楽しかったなあ。

税所:ぜひ、また行きましょう! 今日は僕の最新作『未来の学校のつくりかた』の出版イベントということでお呼びさせてもらったのですが……オトさん、この本、どうでしたか?

乙武:まず、僕も書き手だからという視点もあるのだけど、編集協力に入っているライターさんがすばらしいね! 複雑になりがちな事実関係をシンプルに整理しつつ、わかりやすく伝えることに、とても長けた方だなと思いました。アツ、そのあたりちゃんと書くの得意じゃないから、フォローしてもらってるでしょ?(笑)

税所:さすがオトさん、バレてますね(笑)

乙武:もちろん、アツらしさも出てるよ。内容は五者五様というか、それぞれの教育実践をきちんと取材していて、どれもに深くうなずかされた。アツが人懐っこい笑顔で現場のキーマンの懐に飛び込んでは、「話聞かせてください!」って言ってる姿が文章からも浮かんで、楽しく読ませていただきました。

税所:ありがとうございます! オトさんは、どの章が心に残りましたか?

乙武:一番深く共感しながら読んだのは、杉並の話かな。一般的な読者からすると、この本の中では最も頭にイメージが浮かびにくいパートかもしれない。現場ではなく、行政からの話だから。でも、現場と行政の両方から教育を見てきた立場からすると、最も示唆に富んでいて「そうだよねぇ!」とうなずかされたのは杉並の話だった。

僕が『五体不満足』を出してもう22年になるのだけど、あれからたくさんの教育現場を見てきました。そのなかで、当たり前なのだけど「世の中にはいろんな家庭がある、いろんな事情を抱えている子どもたちがいる」って、あらためて気づかされて。あらゆる子どもたちを公教育の場から排除せず、一人一人に合った教育で包摂していくことを、教育現場だけでなく社会全体でどう実現できるかって、ここ数年はずっと考えてきた。

そういう意味では、大空小学校の取り組みは非常に感銘を受けました。不登校ゼロというのは、居場所を見つけられない子がゼロだということ。それは僕の理想でもあり、本当にすばらしいなと思うの。でも、それは大空小が小さい学校で、先生たちも本来課せられている仕事以上の負担を引き受けているからできることだと思う。杉並の井出さんは本のなかで「大空小のやり方は、すべての学校で真似できる話ではない」と言っているけど、僕もその考えには共感しました。

どんな学校でも大空小のように、先生が子どもたち一人ひとりの成長に寄り添えたら理想的だと思う。けれども、現実的にそれは難しい。なぜなら現状の教育システム下では、先生たちはやることが多すぎて、忙しすぎるから。

税所:僕もさまざまな現場を取材して、それはまさに感じていました。

乙武:一人の先生が1クラス40人の子どもを見るためには、ある程度画一的に指導しないといけない。40人もいれば、そこからこぼれてしまう子どもを思わず疎ましく感じてしまう瞬間が出てくるのは、しょうがないと思うの。先生も人間だからさ。

現状を変えるにはやっぱり、教育予算を増やして、先生の人数を増やすなどの措置が必要なんだよね。現場の先生に「もっとがんばれ!」と負荷をかけるのではなく、教育にきちんと予算を割き、きめ細かな指導ができる環境を整えていくことが、未来の学校づくりのスタートラインだと思っています。だから、井出さんの話はすごく含蓄あるなって感じたかな。

税所:徳さん(=徳留さん)、現職の先生として、今の乙武さんの話についてどう思いますか?

徳留:うちも、分散登校になったんですよね。授業もいつもの半分の人数になって、結果的にはプラスだと感じています。半分だと、話していてもみんなと目が合って、一人一人の心の中まで聞けているような、そんな気がしますね。

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現職の先生である徳留さんのように、分散登校の良さを感じている先生方も多いのではないでしょうか。この良さを受け止め、今後の教育にどう生かしていくかが鍵となりそうです。
話は、乙武さんが視察で訪れた、オランダの学校についてへと移ります。

従来のチョーク&トークは、子どもにとってもロスだと思う

乙武:視察したオランダの学校ではイエナプラン教育が取り入れられていて、午前中は、子どもたちが自分で組んだ時間割で進んでいくの。午後はプロジェクト学習にあてられているのだけど、イエナプラン教育は異学年でクラスが編成されているから、プロジェクト学習も異学年の子たちと進めるスタイルだった。午前中の基礎学力を身につける時間、午後のプロジェクト学習を通した学び合いの時間となっていて、メリハリがついてたのが印象的だったな。
ところで、徳さんが勤務している学校は基本的にはチョークと黒板を使っているの?

徳留:そうですね、チョークと黒板です。

乙武:僕が視察したオランダの学校では、各教室に電子黒板とパソコンがあったんです。先生は手元のパソコンから電子黒板に映し出したり、子どもたちはわからないことがあるとパソコンで調べる環境が整っていたりしたんだよね。僕はそれにいたく感激して「これは素晴らしいシステムですね!」って伝えたら「日本はこうじゃないの?だってこれ、日本製よ」って、逆に驚かれた。日本製なのに日本の学校では使っていない。これはショックだったなぁ。

税所:それはショックですね……!

乙武:先生が板書している時間は子どもたちに背を向けているから、その間は一切子どもの目を見ることができないよね。事前にパワポを作っておいて電子黒板に映し出せば、その時間が浮くわけですよ。浮いた時間は子どもを見たり、学び合いの時間にあてたり。いくらでも有効に使えますよね。だから、このまま従来のチョークと黒板を使うことは、子どもにとってもロスだと思うんですよね。

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税所:僕、最近気づいたことがあるんです。『未来の学校のつくりかた』第1章の舞台である大空小学校では、一般的には問題児と言われる子どもと一緒に、学校を作り上げていくんですよ。その作り上げていく姿と、『五体不満足』でオトさんがクラスのみんなと一緒に、楽しく過ごしていた姿が重なるなと気づいたんですよね。
大空小の木村先生は、障害のある子とない子をあえて分けることはしない学校づくりをしているのですが、その学校づくりについてオトさんどう思いますか?

乙武:教育をしていくにあたって、特性ごとにわけてその特性にあった教育を行うのは、コスパが圧倒的にいいし、効率的だよね。ただ、効率がいいというのは、子どもたちが学校にいる間だけのことを考えたコスパだと思うのね。でも、学校はなんのためにあるのかと考えたら、学校は社会に出るための助走期間であり、社会に出たときに必要な力を身につける場所だから、本番は社会に出たときなんだよね。

そこまで長期的な視野に立ち、どちらのコスパがいいかを考えると答えが変わってくると思う。僕のときみたいに、車椅子のまま山登りの遠足に連れていくとか、100m走を僕だけ50m走にするとか、そうやってルールをずらしながら、基準に合わない人も巻き込んでいく経験をさせたほうが社会に出たときにはいいんじゃないかな。

学校はなんのためにあるのか。いつの間にか教育課程をこなすことに追われてしまい、手段が目的化してはいないだろうか。乙武さんの話を聞き、気付かされたように思います。

収束しても、日常に戻れない人たちがいることを忘れないで

税所:最近、五味太郎さんのインタビューを読んだのですが、記者が「感染症によって、大変なことになってしまいましたね」と言ったら五味さんが、「コロナ前、あなたは居心地がよかったのですか?そもそも、居心地のいい社会だったんですか?」と返されていたんですよ。

このインタビューを読んだとき、オトさんがブログに書いていたことを思い出して、僕ハッとしたんです。外出自粛だったり、制限のある生活だと思っていたけれど、こうなる前から、制限のある生活をしていた方はたくさんいるんだよなと。でも、こういう大事なことって、人間どうしても忘れてしまいます。どうしたらいいんですかね……。

乙武:読んでいない方のために、私がブログで書いたことを説明しますね。今、多くの人がコロナ禍で混乱し、戸惑っています。なぜなら、今までの生活が成り立たなくなったから。電車に乗って会社にいく、外食をするとか。でも、それらをもともとできていなかった人たちもいるんです。車椅子に乗った人や視覚障害のある人が、毎朝電車に乗って会社に向かうことは、至難の技ですよね。それから、不登校になっている子や、病気で長期入院を余儀なくされている子なども、学校に通うことができなかった。

それを考えると、みなさんはコロナで大変なのかもしれないけど、今みなさんが直面している困難を、ずっと日常として直面してきた人たちもいます。コロナが収束しても、日常に戻れない人たちがいることを忘れないでください、とブログに書いたんです。

税所:忘れてはいけない、大事なことですよね。

乙武:でも、アツが言うように人間の記憶というのは、風化されて日常に洗い流されていくよね。ここで大事なのは、自粛中にようやく出来かけた、オプション的なシステムをなくさずに、残していくこと。例えば、教育でいうとオンライン教育。今までは未来のことでしかなかったけれど、休校状態が続くなかではじめて一般的に、オンライン教育を充実させようという声があがってきた。

コロナが収束すると、きっと「オンライン教育を整備する必要があるのか」という議論になると思う。でも、そうじゃなくて、コロナがあろうがなかろうが、不登校の子どもや病気で入院している子のために、オンライン教育を充実させなければいけない。そもそもコロナは、第二波、第三波が訪れるかもしれないから、そのオプションをどう残していくのかが大事なところだよね。そうやって考えていかないと、学校が再開しても、従来の姿に戻ろうとしてしまう。

徳留:実際、学校は従来の姿に戻ろうとしています。少人数で授業をすることの良さなど、みんな実感しているはずなのに、なぜ戻ってしまうのですかね。

乙武:社会的なコストの話をすると、多様性はコスパが悪いんですよ。同質な人を集めて1つの方法で教えるのは、コスパがいいんですよね。でも、そこに入りたくても入れない人たちもいる。生まれたときから大多数でない人たちにとっては、完全に排除されたうえで成り立っているシステムですよね。

たしかに、戦後復興していくために、この方法は仕方なかったのかもしれない。でも、その時代は終わりました。ここからはコスパ重視ではなく、一人ひとりの尊厳を大切にしながら誰もが豊かな学び、豊かな生き方を保障される仕組みを整えていくことが、大事だと思います。

でも、生まれた環境など与えられたカードが不利で、自分ではどうにもならない場合、そのまま生きていくしかないというのは、本当に豊かな国ではないと思っています。どんな環境に生まれても、きちんと選択肢やチャンスが与えられる。これが本当の意味での健全な国であり、豊かな国だと思っています。

だから、基本無償の公教育が大事なんです。今の課題は、不登校の子どもたちを経済的にどう救っていくかです。今って、ようやく社会の認識として、不登校ってそこまで悪くないよね、いろんな学び方があるのも当然だよね、と浸透してきたと思うんです。

でも、その認識に社会が追いついていない。公教育のやり方に合った子はお金がかからずに済んで、合わなかった子は自分が悪いわけではないのに、お金を払わないと教育が受けられない。ここはなんとかしたいなと思っています。

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学校に行く意味とは?

イベントも終盤にさしかかり、最後はチャットからの「息子から学校にいく意味を質問されて困っています」という質問に答え、イベントをしめることになりました。

税所:僕は学校に行くことで、おもしろい仲間に出会え、世界が広がりました。だから、学校は“おもしろいことを一緒にする仲間”と出会える場所だなと思っている、というのを回答にしようと思います。

徳留:僕はいつも子どもたちに伝えていることが2つあって、1つは自立した人になろうということ。2つ目は、他者との関係性を学んでほしいということ。これが、学校だからこそできることだと伝えています。

乙武:今日のイベントや、アツの本の内容を全てひっくり返してしまうかもしれないけれど(笑)僕は、学校に行く必要がないと思っています。なぜなら、大事なのは学びだから。徳さんの言っていることには、100%賛成です。でも、それを学ぶのが学校である必要性については、疑問をはさんでいいと思っています。

ただし、さっきも言ったように今はまだ、多様な教育のシステムが整っていないから、学校に相性がいい子のほうが、お得なシステムになっています。だから、学校に苦もなく通えるなら通った方がいい。ただ、通うことで自分の尊厳が傷つけられるなら、お金はかかるけれど違うシステムを使ったほうがいい。近い将来、学校という仕組みになじめなくても、同じ力が安価に身につけられる仕組みをつくっていくべきだと思っています。それが僕からの答えかな。

税所:オトさん、今日は本当にありがとうございました!

教育開発研究所 / 未来の学校のつくりかた(5つの教育現場を訪ねて、僕が考えたこと)www.kyouiku-kaihatu.co.jp


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