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「薄い人」を探して

数年前、某芸能関連サイトの運営を任されていました。サイトのアクセス解析をする一環で「どんなキーワードで検索されているか」を日々チェックするのですが、面白かったのが「男性タレントの名前+カツラ」の検索が妙に多かったこと。なぜ世間はそんなに男性タレントの頭髪に関心があるのか(笑)噂の真偽を知ったとして、得した気分になるとも思えないのですが。

頭髪といえば、カツラの会社のキャスティング依頼にお応えしたことがあります。ご要望はズバリ、その会社の商品を「装着」して、ビフォーアフターの撮影をさせてもらえる男性モデルを手配するというもの。この系の商材、当然ですが有名人の出演は難しいので、むしろ一般に顔を知られていない人がいいということでした。今回は、その時の話をします。

外国人は比較的薄毛なので、「外国人モデルでもいいですか?」と聞くと、担当氏は首を振ります。
「外人さんは薄くてもカッコイイですからねえ。装着前は情けなくて、カツラを付けたらカッコイイって感じの日本人が理想です」。
なるほど。しかし、これはけっこう難しい。情けない顔のイケてない男性は最初からモデルになどならないし、「薄い」男性モデルも中高年にいるにはいますが、その人たちはむしろ薄いことを隠さず、ブルース・ウィリス風に髪を短く刈り込んでいて、そのままでカッコイイ。広告はビフォーアフターの比較なので、もともとカッコイイ人がよりカッコよくなったって嫌味なだけ。そんなわけで、なかなか該当者がいないわけです。

こういった間口の狭い案件で使う手があります。こちらが探すよりも、希望者に手を上げてもらうのです。私は、お付き合いのあるいくつかのモデルクラブに連絡を入れました。「髪の薄い人を求めている」という情報を流して応募を待つオーディション形式にしたわけです。この案が功を奏し、エントリーがありました。

劇団員のTさん30歳。顔写真を見ると、大地康雄タイプ。いえ、顔の系統ではなく「薄さ」が、です。前髪の下の地肌が見えています。ドラマのキャスティングなら主役は少々難しいでしょう。ですが今回、Tさんの「薄さ」は何よりもアドバンテージです。人にはそれぞれ輝く場所があるのです(シャレではありません)。

しかし、Tさんの写真を見たクライアントの反応はイマイチ。
「この方はご自分では薄いと思ってらっしゃるのでしょうが、我々から見ると全然多いです。商品を装着する段階じゃないですね。理想を言えば頭の前から上にかけてほとんどないくらいがいいんです」
Tさんが聞いたらがっかりするべきなのか自信をもつべきなのか判断に迷う回答でしたが、とにかくNG。ズラモデル探しは振り出しに戻りました。

再びモデルクラブからの連絡を待ちますが、なかなか応募はありません。もはや私が町に出て素人をスカウトしようかと思っていたら、締切ぎりぎりに二人目のエントリーが届きました。今度は九州男児のOさん45歳。顔写真を見た瞬間、思わずガッツポーズが出ました。目がクリッとして眉が太い、まさに「西郷さん顔」で、髪は「前から上にかけてほとんどない」状態ではないですか。今度こそいけるだろうと、Oさんの資料をクライアントに送りました。「オッケーです」の回答を確信して。

ですが、クライアントの反応はまたしても微妙。さすがに髪の状態は(商品装着には)良いらしいのですが、担当氏はOさんが写真で色黒に見えることを気にしていました。肌が黒い人はズラモデル的に映えないのだと。さすが一日中頭髪のことばかり考えているだけあってこだわりがすごい。そう簡単に妥協してくれません。

しかし結局それ以上にモデルの応募はなく、クライアント社内でTさんとOさんを候補者として会議にかけることになりました。Tさんは落とされたと聞いていたのですが、複数名を比較検討したいということと、俳優だけあって顔立ちが整っているので復活。顔で選ぶとしたらTさん、商品装着がサマになるのはOさん。どちらも「帯に短し」で悩ましいということでした。

数日後、担当氏から電話がありました。
「会議の結果、Tさんにモデルをお願いすることになりました」。
やった!おめでとうTさん。Tさんが選ばれたポイントは、男前なのに薄毛を気にして自信なさげに見えるところ。対してOさんは、薄いことをむしろセールスポイントくらいに思っている。ビフォーアフターの対比を考えると、Tさんのほうが劇的に良くなったように見えるはずだと。
ひとしきり談笑した後、担当氏はとんでもないことを言いだしました。

「つきましては、ひとつお願いがあるんですが・・・」
「なんでしょう?」
「Tさんに、少し前髪を剃ってもらうことってできます?」 
「は?」
「言ったでしょう。Tさんはカツラを装着するにはまだ髪が多いんです」

あんたらは鬼か!ただでさえ薄い前髪を剃れと?
しかしこれも仕事。モデルクラブを通して恐る恐る聞いてみると、Tさんは「これもチャンスだと思うので、やってみます」とイエス回答(後から聞きましたが、けっこう悩んだそうです)。あなたはプロだ!

そういうわけで、栄冠、もとい高性能カツラはTさんの頭上に輝きました。名前すら出ない広告のモデル選びも、それなりに苦労があるというお話でした。


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