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日本におけるクラフトモルティング(工芸的製麦)の普及を目指して

ビールやウィスキーの原料であるモルト(麦芽)は、大麦から作られる

いわゆる「クラフトビール」や「クラフトウィスキー」が注目されていますが、これらの原料は大麦です。しかし、麦のままではビールやウィスキーを造ることはできません。

畑で穫れた麦はモルティング(製麦)というプロセスにおいて、厳密に制御された条件の下で発芽することで醸造を可能にする酵素を持つようになり、さらに熱を加えられることによって美しい色や味わい、芳ばしい香りを与えられます。これがモルト(麦芽)です。

製麦工程における大麦の変化

モルティング(製麦)は、農業と醸造業を繋ぐ原料加工業

2000年代以降、米国各地でクラフトビールの醸造所が爆発的に増加しましたが、地域の大麦農家が考えたのは、「ここに麦があってあそこに醸造所があるのに、どうしてこの麦をビールにできないんだろう?」ということでした。答えはモルティング(製麦)をする場=モルトハウス(製麦所)が必要だ、ということ。そこで彼らは様々な手段で製麦技術を学び、多くはDIYで設備を作って自らモルティングを手がけ、モルトスター(麦芽製造技術者)になっていきます。こうした小規模なモルトハウスで作られるモルト(麦芽)は、大量生産される「インダストリアル・モルト」に対して、「クラフト・モルト」と呼ばれるようになりました。

米国の様々なモルトハウス(製麦所)

モルティング(製麦)は、自然と人工を繋ぐ高度な技術

インダストリアルかクラフトかに関わらず、モルト(麦芽)にはかならずCOA(Certificate of Analysis、分析証明書)と呼ばれるシートがついていて、仕込時に得られるエキス(糖)の量や色、酵素力などの値が記載されています。醸造家が安心してビールやウィスキーを造るには、麦芽の品質が一定でなくてはならないのです。

一方、モルトにはたくさんの種類があります。スタイルによってその複雑さは様々ですが、ピルスナー、ペールエール、ベルジャン、IPA、スタウトといった多様な味わいは、何種類ものモルトを微妙な配合で組み合わせることによって創り出されます。

麦は生き物であり、農産物なので、品種/畑での管理/栽培された場所/収穫された年によって、その成分や性質が変わります。モルティング(製麦)には、そうした「天然物」を、一定の品質を持った様々な種類の「醸造原料」に加工する、高度な技術が要求されるのです。

京都・亀岡の麦畑にて

ローカルモルティングによって「究極のクラフト」を目指す

地域で穫れた麦を、地域でモルティング(製麦)し、地域で醸造することによって起こりつつあるのは、醸造家がモルトスター(麦芽製造技術者)に、自分の造りたい製品にあったモルト(麦芽)をオーダーメードし、モルトスターが農業者に、そうしたモルトに適した麦を作ってもらう、という「こだわりの連鎖」です。それがより豊かな香味と高い品質を持つビールやウィスキーを生み、飲み手がそれにみあう対価を支払うことで、その地域の環境と産業が、より高い次元で保たれ、発展していく。「クラフト・モルト」のムーブメントに関わる人たちがいま思い描いているのは、そうしたしっかりと土地に根ざした「究極のクラフト」の世界です。

日本でクラフト・モルトを実現するために

日本では国産ビール大麦のほぼすべてが大手のビール会社に渡り、モルティング(製麦)のほとんどは大手のビール会社の大きな工場で行われています。国の農業政策も絡んでいて現状を変えるのはなかなか難しいし、だいいちモルトハウス(製麦所)以外の場所で製麦技術が広く知られているわけではありません。

そのような中で、ひょんなことで「クラフト・モルト」の世界に触れ、その豊かな可能性に目を見開かされた者として、いつかこの地に「究極のクラフト」の世界を現出させたいと思って活動を始めました。

研究風景

その後紆余曲折を経て、2022年度からは、過去20年余りのあいだ多くの醸造・蒸溜所を設計してきたラフ・インターナショナル社の堀社長の支援を受け、海外のモルトスターとも連絡を取り合いながら、生化学や醸造学の知識や技術と、大学時代に手に入れた(我が国に11台あるうちの1台である)試験製麦装置や分析装置を使って、国産大麦をモルトに加工する技術を磨いています。そもそも日本に独立した産業として存在しない中で何をどう出来るのか、まったくの手探りですが、モルティングについて、あるいはこの国にそうした産業を創り出すことについて、志を同じくする方と一緒に働くことができればと思っています。

会社概要
【社名】 株式会社 Laff Maltings
【代表者】 篠田 吉史
【事業内容】 モルティング(製麦)に関わる研究開発・コンサルティング
【沿革】
 2013年
 京都学園大学准教授時代に「京都産麦芽100%ビール醸造プロジェクト」
 を提唱
 2015年
 文科省戦略的研究基盤形成支援事業に選ばれ、大学に「食品開発センタ
 ー」を建設 一連の製麦研究~ビール試験醸造設備を導入
 2017年
 京都にモルトハウス(製麦所)を設立する「京都モルトハウス構想」を
 提唱
 2018年
 8月 任意団体「京都産原料100%ビールプロジェクト」を発足
 2019年
 4月 京都学園大学は京都先端科学大学と改称 大学を退職
 11月 株式会社 京都麦芽&麹製造所を設立
 2022年
 4月 株式会社 Laff Maltingsに名称変更