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30.伝説の Si-Folk ライヴ

 2020年5月、Irish PUB fieldは休業を余儀なくされていましたが、そんな折り、2000年のパブ創業以来の様々な資料に触れる機会がありました。そこで、2001~11年ごろにfield オーナー洲崎一彦が、ライターのおおしまゆたか氏と共に編集発行していた月刊メールマガジン、「クラン・コラCran Coille:アイルランド音楽の森」に寄稿していた記事を発掘しました。

 そして、このほぼ10年分に渡る記事より私が特に面白いと思ったものを選抜し、紹介して行くシリーズをこのnote上で始めることにしました。特に若い世代の皆様には意外な事実が満載でお楽しみいただけることと思います。

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 今回は日本におけるアイルランド音楽の黎明期を支えた伝説のバンド、Si-Folkがfieldでライブをした時の記事をご紹介します──。(Irish PUB field 店長 佐藤)

↓前回の記事は、こちら↓

field どたばたセッションの現場から 〜伝説の Si-Folk ライヴ〜 (2006年10月の記事)

 Irish PUB field ができるずっと以前、私がCDで初めてケビンバークを聴いていた頃、彼らはすでに演奏活動をしていた。たとえばそれは、アイルランド旅行に行った知人が音楽に興味を持って現地のパブに通っていると、日本から来たのなら日本には大阪に○×というすごいミュージシャンがいるだろう、と現地のアイリッシュ・ミュージシャンから聞かされたと言っては、彼らの名前が私の耳に入り、あるいは、私がアイルランド音楽好きだということをどこからか聞きつけて、はるばる他県からお越しになったお客さんが、こちらには○× さんは時々おいでになるのですか?と質問されては、また、私の耳に入る。  

 そうやって、少しづつ私の記憶の中に定着し、でもしかし、実態不明のまま field はパブ前夜を迎え、月に1度だけれど、アイリッシュセッションをやり始めた時、その伝説のおひとりが遂に field に登場した。イーリアンパイプ、 ホイッスル、フルート、フィドル、ギター、マンドリン、バウロンとおよそアイリッシュ音楽に使われる楽器のほとんど全てを弾きこなす、原口トヨアキ氏であった。  

 また、ある日、大阪のとあるアイリッシュパブでのセッションライブに偶然のきっかけで私も演奏させていただく機会があった。その時はもう毎週そのパブでばりばり演奏している人たちに混じって大変ビビリながら演奏したのを今でもよく覚えているが、そこで初めて御一緒させていただいたのがボタンアコーディオンの吉田文夫氏であった。寡黙にボタンアコを奏でる氏の印象は強烈だった。  

 そして、その翌年から field はアイリッシュ・パブに変身を遂げて、突如、毎週2回のセッションをやり始めたのだ。私はその頃はまだアイリッシュブズーキをやっとの思いで手に入れて丸1年ぐらいの時で、自分のブズーキ以外のブズーキという楽器をまだ生で見たことがないような状態。つまり、自分以外の人がブズーキを演奏している姿を生では一度も見たこともないような状態であったのだ。そんな時、ある日のセッションに、私のとはちょっと違った高級そうなブズーキを抱えている人がやって来た。その人の生の演奏を観て(聴いて)大衝撃を受けた! へえ~! ブズーキってそうやって弾くのかあああああ!とぶったまげたのであるが、彼はしばらくするとブズーキを置いて今度はフィドルを弾き始めたのだ。むんずと弓をわしづかみにしたそのフォームからは想像できないような流れるようなリールが飛び出して来て、これまたノックアウトされた。これが、ブズーキ、フィドル奏者の赤澤淳氏であった。  

 こうやって、私としては、別々に遭遇した怪物3人が、そのままの3人でバンドをやっているというのであった。なんというスーパーな事実か! そのバンドの名前を Si-Folk という。  

 しばらくして、 私たちは、field セッション常連の若者を中心に、field アイルランド音楽研究会なるサークルを立ち上げたのであるが、迷わず、この御三人の怪物に「サークルの顧問の先生」をお願いした。  

 その後、field のセッションも、サークルの活動もぼちぼちと動き初め、 field では不定期にライブやライブパーティーも行うようになって、徐々にア イリッシュ・ミュージック・パブとしての活動が定着して行くことになる。そして、事あるごとに、そのウワサに聞いていた顧問の先生たちのスーパーバンド、Si-Folk にラブコールを送り続けたのだが、いつも決まって、何かしらのトラブルが発生して三先生全員がそろわない。  

 おひとりおひとりとは、それなりにお付き合いをさせていただくようになったにも関わらず、どうしても、3人そろってお目にかかれない。もしかしたら、 誰と誰は実は同一人物やったりして・・・というぐらい実現しない。  

 その間に、field にはアルタンが来る、ドーナル・ラニーが来る、アンディ・アーバインが来る、ダービッシュが来ても、そのバンド、Si-Folk だけは絶対に来なかった。何というハードルの高さか! ・・である。ミッション・ イムポシブルである。  

 CDは手に入れた。これが、すごい。本当にすごかった。初めて聴いた時はどのアイリッシュCDより良いと思った。これホンマに日本人が演奏してるんか?!  というわけで、このCDはすっかり私の愛聴盤になっているのだが、しかし、それは(彼らは)もう、CDの中のヒーローであって、つまり、ケヴィン・バーク やドロレス・ケーンなのであって、私の中では半ば現実の存在ではなくなって行くのだった。  

 そんな経緯を経て、また最近では、活動のウワサも聞かなくなったし、私にとって Si-Folk は完全に「幻のスーパーバンド」として確立していた。  

 夏も終わりのある時、吉田氏から一通のメールがとどいた。今度、field で、 Si-Folk に2人の新メンバーを加えた5人編成の Si-Folk のライブをしたいが、どうか?って。どうかもクソもない! ゆめ幻の Si-Folk は現存した!  おまけに、その新メンバーの1人は、かつての field にふらりとやって来て彼らの存在を私に教えてくれた奴、その後、パブになってからの当初のセッションを支え共に field アイ研を立ち上げたA君じゃあないか!?完全に国宝級である。オカルト級である。この感激は身の毛がよだつというものだった。  

 待ちに待ったライブ当日がやって来た。リハーサルが終わった頃合いに、 私は、あたりにうろうろする人影ひとつひとつを確認するように目で追った。 まずは、同じ視界にこの三先生のお姿を捉えなければ、三先生がそれぞれ別々の人間であることを検証できない。  

 ふと、気が付くと、おお! 三先生は並んで私の前に立っておられた。私の内心を見透かすように御三人ともニヤニヤ満面の笑顔で! オカルトじゃ。 いや、本当にオカルトかもしれん。どことなく普段知っている三氏と雰囲気が違う。三氏とも全体的にダレている。なぜだ!なぜこの話、ここまで来てダレてるんやあ!  特に赤澤氏などニヤニヤさ加減とダヨンダヨンさ加減がいつもの3倍ぐらいになってるぞ。  

 入れ替わりに、新メンバーの2人がやって来た。おなじみの2人。特にA君 は・・・と思いきや。この2人、様子が変! 全然いつもと違う雰囲気やんけ。 ニコニコはしている。しているのだが、どっか引きつってる。  

 この前練習があったんですよお。そしたらね、あの3人がウチに来るんですよお!あの3人がそろってウチにね。来ちゃったんですよ!  

 そら、練習に来るんやから3人そろって来るやろ。(私、心の声)  

 練習しなきゃいかんのにね。それで、まずは記念写真撮ろうとか、そんな感じになっちゃってえ。  

 写真撮った、でええやろが、記念写真って言わんでも。(私、心の声) ???? 

 とにかく変。  さて、どんな音を出すんじゃろか?あの5人・・・。少し不安。(私、心の声)  

 

 さて、ライブが始まる。え? いや、はい、始まってるようです。  そうです。フェイドインです。ライブの技にフェイドインなんてあったのか!というぐらい不意をつかれたのだった。気が付いたら始まってた。詳しく言うと、MCかな?と思わせといて、実は演奏が始まってたのでした。この辺の技は忍法に近い。  

 フワっとした浮遊感に身を任せたようなダンスチューンが「つるり」と演奏される。始まりはオリジナルメンバーの3人、そう、つまり、まさにその三怪物というか三先生の夢にまで見たアンサンブル。第一印象は、意外にも、うお!っという感じじゃなかった。「つるつる つるり」っていう感じだった。  

 最近は、若い人たちの演奏に接する事が多かったせいか、思ったより迫力に欠けると思った。最初は少しそう思った。しかし、欠けているのは迫力ではなくて、(良い言葉がみつからないが)、「押しつけがましさ」だ。言葉が悪ければ、「どうや! ワシらの演奏は! かっこええやろ!」というセコセコした直線的な感じとでも言おうか。余裕がないが故にウケを求める切羽詰まった感じとでも言おうか。そういう風に感じられる引っかかりが皆無。つまり、 「つるつる つるり」なのだ。  

 温度、湿度の変化をモロに受けるイーリアンパイプは、はっきり言って音程が甘かった。また、特に最初の方はフィドルとアコーディオンのリズムが少しずれていた。しかし、その完璧じゃない所が「つるつる つるり」を醸し出しているとも言える。本人たちも気づいているだろうそういう部分に焦った素振りを全く感じさせない。むしろ、逆手に取って楽しんでいる。全然、頑張っていない。これが、えも言えず格好良い。    

 普段、私は二言目には「ノリ」だ、「ビート」だなどとボヤいているわけだが、そんなことが恥ずかしくなって来る。今、目の前で繰り広げられている演奏は、良質なセンスと長い経験に裏打ちされている確固たるモノなのだった。 

 敢えて「ビート」的に言えば、この人たちはそれぞれに自分の中に確かなビートを持っている。しかし、それは、3人ともそっくり同じものを持っているわけではないようだ。それが、曲ごとに、フレーズごとに誰が先頭を切るか瞬時に刻々と変化する。3人は瞬時にこれに対応しているのだ。決して混乱は見せない。これはフリージャズのアドリブに近いスピード感だ。アイリッシュはメロディを崩すという奏法が無く基本的にユニゾンの応酬だから、それほどのスピード感でジャズで言う所のアドリブ能力を発揮しているなんて、ぱっと観は誰も気が付かないだろう。  それが、証拠に、一緒にポンポンと拍を取りながら聴いてみると、びっくりするような意外に早いテンポなのだ。これを、「早い」と感じさせず、3人がそれぞれのビートを隠し持って、全体が「つるつる つるり」と流れるのだから、これを何と表現したら良いものか。  

 ある意味、この3人でのリハーサルは不足していたのだろう。しかし、これでリハを重ねれば、それこそアドリブ能力を発揮するまでもなく、それぞれのビートを収束させたり拡散させたり自由自在に操るようになるのだろうかと思うと、まさに、身の毛がよだつ。そんな演奏はオカルトの域だ。いや、国宝級だ。  

 そこへ、新メンバーの2人が加わった。ギターとコンサーティーナ&フルート。原口氏はイーリアンパイプとホイッスルとマンドリンを持ち替え持ち替え、 赤澤氏もフィドルとブズーキを持ち替え持ち替え、豪華なアンサンブルが続いて行く。  

 新しい2人が加わってからというもの、さすがにこの2人は緊張感いっぱいなのだが、逆に、本家3人はますますリラックス度が上がって来る。ある意味、 緊張感いっぱいの2人に任せて遊んでいるというかサボっているというか。何よりも、楽しんでいるのがズンズン伝わって来る。「つるつる つるり」がいっそう滑らかになる。こういうの、計算して出来るものだろうか? 

 でもやはり、恐らくこの新メンバーを引き入れたのが三先生達なのだから、この2人を加えれば自分たちはこういう具合に楽しめるという所は確信犯なのだろう。 つまり、メンバー選出から名人芸は始まっていたのだ。 

 そして、恐ろしく長い中休みを経て、第二ステージが始まった。驚きを持っ て観た第一ステージ。楽しみ方を心得て観た第二ステージ。

 そう。5人は一様に静にたたずんでいるのだ。この一見地味なたたまいは観客の方の脱力をも誘う。構えを解かせておいて、しばしば突然に強烈なビートが飛び出してくる。各人から何種類ものビートが順次飛び出してきて、音の中心がクルクル変化する。時折、新メンバーにその中心を預けておいて、おじさん達はそれなりに手を抜いたり遊んだりして、うしろで、きゃっきゃと遊んでいる。    

 そうなのだ。ロックバンドのように、客席に中指を突き立てて「ノリ」を煽るような音楽ではないのだ、アイリッシュというのは。 この心地よさは、長らく忘れていたものだった。  

 最後の曲が終わった。アンコールの拍手がわき起こる。吉田氏はマイクに向かってぼそぼそっと何かしゃべった。え?今、何言うたん?  

 そこらここらで、楽器を持ったお客さんが自分の楽器をケースから出し始めた。そして、バンドがアンコール曲を演奏する。そこらここらで、客席からも それぞれの楽器の音が鳴り始める。みんな少しづつステージ側ににじり寄って、 3曲目あたりでは完全にステージの5人を中心とした大セッションになっていた。バンドはアンコール曲を演奏したのではなかったのだ。  

 こんな光景・・・・初めて見た。バンドがステージにそのままの状態で、ライブの続きで、気が付いたら店内これ大セッションだなんて!

 吉田氏が最後にマイクでつぶやいたのは  

「楽器持ってる人たくさんいるみたいなので、セッションしましょう」  

だったらしい。

↑Si-Folkのコンピレーションアルバム「longing time」

<すざき・かずひこ:Irish pub field のおやじ・人生経験とか人間性とか、 そういうのはそのまま音になってしまいます。>



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