見出し画像

18.学園祭とパット・オコナー氏

 2020年5月、Irish PUB fieldは休業を余儀なくされていましたが、そんな折り、2000年のパブ創業以来の様々な資料に触れる機会がありました。そこで、2001~11年ごろにfield オーナー洲崎一彦が、ライターのおおしまゆたか氏と共に編集発行していた月刊メールマガジン、「クラン・コラCran Coille:アイルランド音楽の森」に寄稿していた記事を発掘しました。

 そして、このほぼ10年分に渡る記事より私が特に面白いと思ったものを選抜し、紹介して行くシリーズをこのnote上で始めることにしました。特に若い世代の皆様には意外な事実が満載でお楽しみいただけることと思います。

 noteから得られる皆様のサポート(投げ銭)は、field存続のために役立てたいと思っています。

 今回は、fieldアイルランド音楽研究会のメンバーが大学の学園祭に呼ばれて演奏、その後行われたセッションで強烈な衝撃に襲われます──。(Irish PUB field 店長 佐藤)

↓前回の記事は、こちら↓

field アイ研の長~い1日 (2003年11月)

 さて、今月は『リバーダンス』関連の話題で持ちきりだと思うが、その『リバーダンス』大阪公演の頃、ワタシら fieldアイルランド音楽研究会(以下アイ研)のメンバーは突然舞い込んだとある大学の学園祭メインステージでの演奏依頼にあたふたと慌てていたのであった。というのも、日程的にアイ研メンバーの中堅以上の人々の参加が絶望だったからだ。頼みのお祭り人間イクシマぶちょーも没と来ていよいよ窮地に陥っていた。  

 「にぎやかにお願いしますねえ~」 なんて、女子大生に言われて、でへへへ~なんて安請け合いしたもんやから、 2~3人のユニットで行くわけにもいかん。こういう時のためにアイ研には「とにかく実行するぞ!」の実行委員長U君が存在する。さっそく、臨時実行委員会を招集! 

 うーむ、 実行犯はこれだけか・・・なんとか集まった7名の若き戦闘員(内おっさん1名)で作戦会議に入る。U君を中心に何とかかんとか60分のプログラムとチューンを組み立てて、さあ練習はどうする? 

 1回できたらええとこやな。それぞれが責任をもってリードするチューンを分担しておいて、誰かがコケてもそいつについていったら何とかなるという様にしとくというのはどうや? 等々色々な迷案が交錯したまま、本番当日11月某日を迎えることになった。  

 最近の学園祭ってすごい!! 本格的に組み上がった野外ステージにカクテル照明!! 出番は日没後だったので、そのとんでもない照明のお陰で客席は暗闇にしか見えない。お客さんがどれぐらいいるのかちょっとよくわからない ぞ! こんな広いステージ! 7人の侍は横1列に並ぶしかない。が、これは明らかに間違っていたのだ。いつもセッションで輪になって演奏している人間が1列になってしまっては、お互いの顔を見合う事もできないし、アイ・コンタクトができるのはせいぜい両横の人間だけ・・・。おまけに、この度の少年兵たちはただでも戦闘経験が乏しい。ヘタしたら初陣の奴もおったかもしれん。 自衛隊がイラクへ行くより厳しいぞ、これは。 

 しかし、ひとたび舞台に上がれば、死力を尽くして戦うのがわれわれの本分でアリマス。中だるみはあったものの、後半で一気にアホアホのリール攻撃をぶちかまして活路を開く。なぜ、アホアホなのかというと、普通のセットではだいたい一番ラストに持ってくるようなチューン(〈フェアウェル・トゥ・エ イリン〉とか〈グラベル・ウオーク〉とか)だけを5本連続でメドレーに組んだ。知った人が聴けば大笑いだろうが、一般の敵にはこれぐらいぶち込んでも効き目があるかどうかわからん。とまあ、こんな具合に死闘を終えてわれわれはセッションを1時間後に控えた基地(field)に帰還したのだった。  

 が、基地では、また別の事変が勃発していた。3Fのスタジオでは機材マニアのアニメ君がマイクやケーブルを抱えてあくせく動き回っている。あ、そうだった! 忘れていたわけではないが、今夜は、京都にいる友人氏に呼ばれて、東京にいたパット・オコナー氏が field STUDIO にやって来るのだ。友人たち数人集めてプライベート録音をするという企て。エンジニアのアニメ君はこの日のために用意したスペシャルなマイクを大事そうにセッティング。うん、これ は面白そうや。下ではセッションが始まってるが、ちょっとこの状況は見ていたい。ワタシも狭いコントロール・ブースにアニメ君と共にしばし陣取ることにする。  

 モニター・スピーカーから聞こえる英語の会話と各々の楽器の音。曲こそは違うが、さっきまでわれわれアイ研部隊が必死でやっつけてきたのと同じリールとは思えない心地よさ。快適さ。自然さ。特に小川のようにサラサラと流れるフィドル! 

 これは明らかにワシらがやっつけてきたのと同じ音楽ではない!  衝撃と感動と動揺。  

 しばらくして、階下のパブの片隅にたむろする疲れ果てた形相のアイ研戦士たちの下へ戻る。彼らは、だら~んとセッションを垂れ流していた。そう、まさに垂れ流していた。たぶん、よだれも流していた(うそ)。

 いやもう、上では凄いことになってるぞ!と実行委員隊長に報告だ。  

「あ、そう」  

 おいおい、誰もちゃんと耳を傾けてくれないぞ。こんな所でよだれ垂らしてないで、上をのぞいて来い! 

「あ、そう」  

 おいおい、誰も動かないぞ。  

 と、言ってる間に、上の連中がパブに降りてきた。そりゃあひと仕事の後はビールやわな。そしてそのままビール片手にアイ研軍がたむろっている一角へやってきて彼は楽器ケースを開けた。たぶんその時のアイ研軍は皆「え~、まだセッション続けるの~?」 って気分だったに違いない。そして、彼がフィドルを弾き始めると、彼らも条 件反射的にだらだら~と楽器を鳴らし始める。何曲か過ぎて、ふと気がつくと、 アイ研部隊は誰ひとり楽器を弾いていない! 各々がパットン将軍(パット氏) をうつろに見つめている。それこそ I 作君などは本当によだれを垂らしていたかもしれない。皆聴き入ってしまっている。そして、癒されている。

↑フィドラー、パット・オコナー氏とレオン・アグニュー氏のデュオ。

 何という恐ろしい光景なんだあー!  パットン将軍一行が去った後、残されたわれわれアイ研軍は全員楽器を放り出してため息ばかりついていた。  

「何なんや? 今のは?」  

「ワシらがやってたのがアイリッシュじゃないことは確かやな」  

「あんなに喉に引っかからないリールがあるのか」  

「ボウイングを真似ようと思ったけど、規則性も何も無かったぞ」  

「どうする?」  

「どうするって?」  

「ワシらこのままアイリッシュやってますって顔できるか?え?」  

「・・・・・・・」  

「無かった事にしよ」  

「え?」  

「さっきのは無かった事にするんや」  

「そうか・・・」  

「それしか助かる道はないな」  

 こうして、fieldアイルランド音楽研究会の長い1日が幕を閉じて行くのでありました。  

<洲崎一彦:Irish pub field バッテリーは古くなると充電できなくなるというのは本当だそうです。ということは、年寄りは休むだけ時間の無駄?ですか?>  

皆様のサポート(投げ銭)よろしくお願いします!