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便利堂ものづくりインタビュー 第10回

第10回:(株)大入 大入達男さん 聞き手・社長室 前田

新品が最低。40年50年を経て育つものづくり

───大入さんの「経師」というお仕事について教えてください。

「奈良時代から続く和本装幀の専門職です。その技術を文化財の修復や保存、複製を作ることなどさまざまに活かしています。「手工」ですから何をするにも手を使うので機械のようにはいかず時間がかかります。失敗も許されません。わたしらのものづくりはにんべんの「作」る仕事なんです。創造の「創」るではなくにんべん。人の手が生み出すんですね。」

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───一人前になるにはどのくらいかかりますか?

「一生修行です。とにかく基本をしっかりやって、全体的にじわーっと仕立ての方法を覚えていってもらうんです。そうするといつの間にか全部作ろうと思ったら作れんこともないかな…という風になっていく。基本が大事ですね。最低でも10年でしょうか。」

───その技術を生かしたものづくりは、大量生産品と比べるとどんな風に違いますか?

「今、ほとんどの商品は新品が一番よい状態で、そこからは傷んでいく一方ですよね。しかしわれわれの作っているものは、逆。どんな商品であれ新品が最低です。いいものはそこから時を経て、人の手になじみ、何十年もかけてますます美しく育っていくんですよ。本当のものづくりというのはそういうものです。昔からの作り方を、今もなお同じように受け継いで、細かい部分までおろそかにせず、ちゃんとしたものを作る。そうしないといけないと昔から叩き込まれてるわけです。我々にはいいかげんに作るというのは無理ですから、この技術を残すのであれば、その形でいかに残っていくかということです。」

妥協のないものづくりの原点

───新品が最低とは…ものづくりのあるべき姿ですね。

「長いことやってますから、私たちが昔に作った品が「だいぶ前に買った」「誰かにもらった」と今も普通に出てくるんですよ。見せていただくと作り立ての頃よりもずっといい風合いになっている。育っているんですね。そういうものを見るとちゃんとしておいてよかったなと思います。ただ、そんなきちんとした手仕事のことを今の人たちがわからないというのは大きな問題です。正直な話、京都のいい職人さんたちはみんな厳しい状況にあります。技術を護り、丁寧な仕事で真面目にものづくりをしているところほどお商売を続けていくことが難しくなっているんです。そんなんおかしいですよね。それは買う時だけよければいいという安物が世の中にあふれているからです。残念なことに安いものは儲かります。でもそうじゃないんだ、妥協したらあかん、ちゃんとしたものを作っていかなあかんとわたしに教えてくれたのは、ほかでもない便利堂のみなさんなんですよ。」

───といいますと?

「うちの会社が昔から大事にしてきたのは、お客様から頼まれたら必ず応えるという姿勢です。初めて取り組むことであってもお客様からのご依頼は決して断りません。たとえばこの縮小屛風はうちの親父と便利堂さんが作ったもので、それまではどこにもありませんでした。親父はなんとかせなあかん、ああしようこうしようと試行錯誤していましたね。わたしはその時まだ小さかったので糊を塗って手伝っていました。縮小屏風を初めて作ったというと2枚の紙をくっつけただけと思う方もいるかもしれませんが仕立てるというのはそういうこととは違う。我々が仕立てるものはどんなものであれ、それは40年先、50年もっと先まで見据えたものづくりということになります。」

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便利堂のロングセラー商品 縮小屏風シリーズ

望まれる以上の品を届けるために

───どんな風に形にしていくのですか?

「注文をいただいたら希望をお聞きしてそれをそのまま形にするというのがひとつ。けれども担当者の方とお話ししていると「こう言わはるということはおそらくこんなものを望んだはるんやろうな」というのが経験から見えるわけです。だから言われた通りのものと、それより先を見据えたものの二つを作ります。そんな風に「よりよいもの」を作ろうとすることで鍛えられてきたんです。わたしは18歳で会社に入るもっと前から便利堂さんへお使いで出入りして、そこで働く人たちの姿を見てきました。「こうじゃない」「もっとこんな風に」と当時の方にたくさん叱ってもらったからこそ今のわたしが出来たんと違うかな。」

───縮小屛風のほか、こちらの縮小絵巻物もたくさんの方にお求めいただいています。

「便利堂さんのコロタイププリントには味のあるすごみがありますね。わたしは昔からコロタイプで写真を刷ったら最高やろうなと思っていたから、今販売されているミニポートフォリオ、あれは本当に素晴らしいと思います。この縮小絵巻物もそのコロタイプのよさを引き立てる仕立てです。あくまで主役はコロタイプなのでわたしたちの仕立てでは決して余計なことをしません。ただ、これもまた何度も手に取って眺めてもらうことで、人の手と時間がさらによいものに育ててていく商品なんですよ。」

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どんな品も「むっくら」と

───力を合わせてものづくりに取り組んでいただいていることがよくわかります。

「だからあなたも目利きにならなあかんよ。いいものかそうでないのか見分けがつくようにならないとあかん。値段ではなく人の手でちゃんと作られたもの、もちろん機械でもいいけどきちんと作られたものをみて「そらそやわな」とわかるようにならないと「便利堂からこれを出すのか?」ということになってしまうでしょ?あまり手を抜いた安物は見ない方がいい。とにかくいいものをたくさん見ることやね。」

───大事なことですね。

「先代の親父はよくできたものに対して「むっくらしている」と言うてました。出来上がった品が、いずれも歪みもなく、すべての素材がぴしっと組み合わさってきれいに仕上がったものはえも言われん温かみ、丸み、やわらかさ、そんな雰囲気をたたえているものやと。つまりそれが「むっくら」なんです。われわれが作るものは価格帯によって仕様が変わっても、どれも「むっくら」するよう仕上げています。そのためには素材の理解やそれを扱う技術が必要ですが、それこそが経師という仕事で培われたものなんです。」

いいものを作るのも人、育てるのも人

───大入さんには毎年「国際コロタイプ写真コンペティション - HARIBAN AWARD受賞展」のカタログもお作り頂いています。今年は7回目を迎えました。

「このカタログね。和本の場合は閉じてある箇所が等分ですが、これは間隔が狭いでしょう?唐本の仕立ての形を元にしたオリジナルのデザインです。生地がほつけてこないように仕上げ、康煕(こうき)綴じと呼ばれる綴じ方をしています。表紙の布はなぜか毎年やりづらいものばかり選ばれますが、まあそういうもんですな。これも人の手が触れて育っていくもののひとつです。」

───作るのも育てるのも人ですね。美しい一冊です。

「ね、デザインがなかなかね。」

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初めて仕立てた両面屏風

───さて、大入さんには、2015年の尾形光琳筆「風神雷神図」・酒井抱一筆「夏秋草図」屛風コロタイプ復元里帰りプロジェクトでもお世話になりました。

「両面屏風ね。初めてこのプロジェクトの話を聞いたときには、そらもう正直「えー…」と思いましたよ。というのも基本的に屛風は片面のものですから両面にすると潰れてしまいます。つまり裏と表があるから成立してるんですね。打ってある縁にも裏と表があって、表をきちんとして裏で逃げるということをします。基本、ものづくりというのは何でも表があって裏があるものです。しかしこれは両方表だから逃げ場がない。大変です。」

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───「風神雷神図」と「夏秋草図」。この二つはもともと一つの屏風の表と裏でしたが、今は別々の作品に仕立てられています。このプロジェクトはコロタイプの複製で屛風の両面に描かれていた元の姿を再現し、京都に里帰りさせることを目的として立ち上げたものです。つまり大入さんには今やどこにもない、失われた両面の屏風を仕立てていただいたということになります。

「両面の屏風というのは普通、ありません。わたしたちもこの時に初めて仕立てました。」

最高の材料で挑んだ一発勝負

───ご苦労がうかがえます。どうやって完成までたどり着かれたのでしょう?

「必ず表裏がある屛風を、どちらも表で作るとなれば構造が違います。となると、これはもう材料から何度も吟味を重ねてぴし─っと作っていく、それしかありません。材料は必ずいいものが来るとは限らないんです。だから普段なら、われわれは材料に合わせてものを作ります。表裏の屏風であれば、あなたは表向いて、こっちは後ろへなどと材料でいわゆる「調整」がつくわけです。でもどちらも表となるとそんな調整はつけられません。つまりそんな調整のいらない材料のみでのぞまないとあかんわけです。当然紙蝶番(かみちょうばん:紙で作られた「ちょうつがい」のこと)のところも最新の注意を払ってやらないといけない。紙や骨、材料から吟味しないと決してできません。それを見極められるか、ポイントはそこですね。費用で言うと両面やからと言うて倍ではとてもききませんでした。」

───これは何度かやり直されたんでしょうか。

「そんなもん一発や。一発でやらないと。」

───出来上がったときのお気持ちは?

「うんうんうんうんうんうん…。わたしにしたら絵は二の次三の次です。ああこれでなんとかちゃんともってくれるやろ、よしよしどうもないと。絵にしたって照りのときの反応の仕方や映り方などを見ます。「夏秋草図」は余白が多いから気をつけないとちょっと何かあったらすぐわかるでしょ?そういうところはやはり気を使います。これもまた出来たときが最低。何十年ももっと先までどんどん時が経つにつれてより良くなっていくんです。わたしらがいなくなったずっと先の時代の方が見ても、きちんと作られていることをきっとわかってもらえるはず。私たちが目にする文化財も、昔のひとが手を抜かずにやっていたからこそ今まで残っているんですよ。」

文化を護るため変わり続けていく

───作る、仕立てるほか、大入さんは修復にも取り組まれています。

「経師の技術は貴重な文化財の修復や保存にも活かされています。修復は作品の制作者、そして過去にその作品を修復した人など、作品を通して過去の人物と対話をするようなところがあります。絶対に失敗ができないという苦労はありますが、製作者の意図が垣間見えるのは面白いものです。所蔵者の目的に応じて活用できる状態にするのがわれわれの考える修復で、それはいわば未来へのバトンのようなものです。文化をずっと先へ長いこと残していく。そのために昔から伝わる技術はもちろんですが、X線や赤外線、高精細スキャナ─など進化を続ける現代科学も大いに活用しているんです。お客様からの依頼は断らない、その姿勢はわたしたちの技術と経験の引き出しを大いに増やしてくれました。一つの方法であきらめず、その引き出しをいくつも開け閉めすれば必ず方法は見つかりますから。」

───伝統を守りながら新しい技術も取り入れているんですね。

「横へ横へと広げていくことによって真ん中もより充実していくからね。昔からの技術と新しいことはわれわれの両輪です。そうしないと絶対に時代から取り残されていく。以前、伝統芸能の「能」にたずさわる方にこんなことを聞きました。「600年を超える歴史の中、能は変わっていないように見えて実はずっと変わり続けてきた。変わらないものは残っていかない。何事も変わり続けていかないと残らないんだ」というお話しでした。わたしも全くその通りやと思います。」

かけがえのない技術を未来へとつなぐ

───最後にこれからのものづくりについて聞かせてください。

「これからどうやって文化を残していくのかということは、それにたずさわる人々が本当に考え続けていかなくてはならないことです。職人は他の人には決して真似できない技術をもっていても、それを売る、人に届けるという術がない場合が多いんですね。時が経つほど美しく育つものづくりができる京都の職人をこの先へ生きながらえさせていくためには、職人側と、便利堂さんはじめそれを扱うところが一緒に動いていかないとあきません。職人の技や文化を護っていくことはわれわれだけでできることではありませんから。」

───本日はありがとうございました。「新品が最低」というお話しに、これまで受け継がれてきた大入さんの技の本質を見せていただいた気がしました。変化を恐れず新しい技術を取り入れながら、伝統を守る姿勢に深く共感します。これからも時とともに美しさを増す、ほかにはないものづくりをご一緒させていただければと思います。ありがとうございました。

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