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折々の絵はがき(21)

〈焔〉 上村松園 大正7年 東京国立博物館蔵

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◆絵はがき〈焔〉上村松園◆

 『源氏物語』に登場する六条御息所ろくじょうのみやすんどころが、恋人だった光源氏の正妻である葵上を、嫉妬のあまり生霊となって呪い殺そうとする――。美人画で知られる女性画家 上村松園が謡曲「葵の上」に着想を得て描いた異色の作品です。打掛に咲いた藤の花には大きな蜘蛛の巣がいくつも重なり、女の執拗な怨念が表現されています。

 彼女の全身から溢れる悲しみは辺りの音や色を飲み込んで、見ているこちらにまで静かに押し寄せてきます。残酷なことに、壮絶な悲しみこそが彼女の美しさをいや増しているようです。表情からはくやしさや嫉妬、愛しさ、どうしようもなさが浮かび上がり、自分で自分の心を扱いきれないとまどいも感じられます。途方もない絶望から逃れる術はもはやなく、思い浮かぶのは自らを手放して真っ逆さまに深い闇へと落ちてゆく姿です。しかし生霊となってもなお気品や気高さは失われず、それこそ彼女が光源氏から確かに愛されていた証といえはしないでしょうか。ゆらりと立つ姿は陽炎のようです。彼女はもうあの世とこの世の狭間のぎりぎりの場所にいるのでしょう。

 何層にも重なる複雑な感情をすくいあげてみせた松園は、生霊の恐ろしさよりも彼女の一途さに思いを寄せた気がします。髪を噛む姿は、次第に魔物へと近づく自分がまだ女でいることを確かめているかのようです。嫉妬で燃やしたはずの焔はいまや彼女自身を焼き尽くさんばかりに明々と燃えています。その焔に焼かれるならば本望だと、彼女の声が聞こえた気がしました。

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