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京都便利堂「便利堂のものづくりインタビュー」第6回

第6回 制作担当:白水絵耶子 (写真右) 聞き手:社長室 前田(写真左)

落ち着く「インクの匂い」

───なぜ職人になろうと思ったのですか?

「私は京都の美術大学を卒業しました。大学では版画を専攻したのですが、版画にはいろんな技法があり、幅広く面白い体験ができそうだったからです。便利堂を知るきっかけは求人広告にあった『コロタイプ』の文字です。大学で『タイプ』が印刷技法を指す言葉だと習ったので、コロタイプのことは知らなかったものの『これはきっと変わった印刷だ』と興味がわきました。昔から手を動かすことが好きだったので、手を使う仕事がしたかったんです。求人には『まず工房見学へ』と記載されていて『見てみたい!』と思いました。」

───見学してどう思いましたか?

「古い大きなプレス機が何台も並んでいてかっこいいなあと思いました。工房に漂うインクの匂いは、版画をやっていたこともありすごく落ち着く感じがしました。」

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機械のくせ、紙のくせ

───版画とコロタイプは同じ仕組みですよね。

「基本的な仕組みは同じですが、ガラスの版を使うことや薬品については知らない事ばかりでした。そこで、大学で学んだことは一回全部とっぱらって、まっさらな気持ちで取り組むようにしたんです。まずは助手として『紙差し』のやり方を学ぶのですが、最初のうちは印刷に使う紙の枚数を扇状に開いて読む(数える)こともできませんでした。」

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───コロタイプは、プリンターの「機長」と、印刷する紙を一枚ずつ機械に差す「紙差し」、2人一組での作業が基本ですね。

「はい。『紙差し』は差すときに印刷がずれないように位置合わせ(見当)を行いますが、少しの力加減でも位置がずれてしまいます。その加減や差す位置を覚えるのは手の感覚だけです。機械もそれぞれくせが違うので身体で覚えていくしかありません。紙にもくせがあって、それによって差し方が変わります。こうしたら位置が合う、こうすると紙のくせがとれてやりやすくなると、毎日試し試しやっていくうちに、ふと気づいたら少しずつですがわかるようになっていました。」

心のなかでプレス機に「がんばれ」

───だんだん感覚が養われていくんですね。

「この仕事は見て触わって覚えないといけない繊細な部分がとても多いです。マニュアルはあるようでないですし、たとえば不具合が出ると、版がわるいのか、機械の調子がよくないのか、それともロ─ラ─か?とチェックする要素がたくさんあります。毎日触っているからこそちょっとした変化に気づくことができるんだと思います。」

───機械や版と心を通わせているみたいです。

「プレス機は朝のうち、まだきんきんに冷たいんですよ。冷たいと調子が出にくいのですが、ちょっとずつ動かしていくうちにだんだんと温まっていきます。調子が出る前には、つい『がんばれ─がんばれ─』って心のなかで話しかけてしまいます。恥ずかしいし先輩から笑われるのであんまり言いたくないんですけど…。」

───職人の方はみんな話しかけているのかと思っていました。

「先輩のなかには『機械じゃなくてそんなもん自分の技術やから』っていう人もいれば、『(機械に)祈れ!』という人もいます。わたしは『お願いします』心の中でつぶやいたりしています。」

長く続けることのすごさ

───白水さんが一番好きな道具をおしえてください。

「わたしはもう断トツでプレス機です。あれが並んでいる様子は本当に恰好いい。整然としていて、小さなパ─ツや細部にいたるまで全てが恰好いいです。」

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───堂々としたたたずまいですよね。ところで白水さんは入社して何年ですか?

「8年目です。正直、もっと早い段階で本格的に印刷させてもらえると思っていましたから、ここに至るまでに何度も心が折れそうになりました。」

───そんなときはどうするんですか?

「ああいやだなと思いながらも続けているとまた楽しいことがあって、その繰り返しです。沈んでも浮かび上がるときがちゃんとくるから、続けるってすごいことだなあと思います。先輩はみんな勤続20年以上の大ベテランの方ばかりなので、わたしもくじけないように、息抜きを上手にしながら続けていきたいです。」

―――息抜きは大切ですよね。8年間でよかったことも聞かせてください。

「これまで少しずつ刷ってはいましたが、それと並行して紙差しや検品作業もしてきました。機長がチェックした作品の刷り上がりを、さらに手作業で一枚一枚確認します。それを長く経験したおかげで、どんな刷り上がりを目指せばいいのか勉強になりました。」

雰囲気を生み出すプリント

―――いまは機長として印刷を担う立場ですね。

「機長はヤレ(印刷の不具合)を瞬時に見極めてよける必要があるんですね。目に見えて濃いとか、見当がずれているものを短い時間で判断します。印刷機がゴロンと回り、すぐまた次が回ってくる。そのわずかな間に、印刷された絵の調子や見当のずれ、傷がないかを全部見ないと、もしおかしなところが一か所でもあればそのまま刷り続けると全部ヤレになってしまいます。ただ、これが瞬発力が必要な作業で難しいので、今は少しずつ刷って確認しながらすすめています。」

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───気が抜けませんね。

「そうですね。刷っているとどんどん集中力が上がっていくのがわかります。どの作品でも正解の形は必ず決まっていて、そこに出来る限り近づけるように努力しています。精度を上げるのはもちろんですが、お客さまが作品に求める雰囲気を生むこともプリンタ─の仕事なんです。」

───一枚一枚、手作業で同じものを刷り上げるには大変な技術がいるではないですか。

「前に、先輩が話してくれましたが、100%できたと思ったことはこれまで一回もないと。90点くらいはとれても100点にはたどりつけない。だからどうやったらもっとよくなるんだろうといつも考えながら仕事しているとおっしゃっていました。それが職人の姿勢なんだと思います。」

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───近道はないんですね。

「少しずつ技術を上げたい、身につけたい、みんなそんな気持ちで仕事にとりくんでいるはずです。工房にいる一人ひとりがこだわりや愛着をもって作業している、近くで見ているとそれがよくわかります。」

手を動かして塩梅を知る

───発売されたフランスの写真家ロベール・ドアノ─のポ─トフォリオは白水さんがプリントされました。

「プリントしているときは、目指す先がはっきりわかっているのにどうしたらそこにたどり着けるのかわからない苦しさと葛藤がありました。どの薬品を使えばどうなるかなどの塩梅は経験しないと覚えられませんから、先輩から技術的な細かいアドバイスをもらいながら手を動かす毎日でした。今も毎日切磋琢磨しています。ドアノ─の作品は、一つひとつにお話しがついていそうなドラマ性があって本当に素敵ですよね。」

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───ドアノ─のポートフォリオはオンラインショップでの販売は夏頃を予定しています。

「コロタイププリントは職人が手作業で一枚一枚仕上げていくため、ほかの印刷と比べるとどうしても時間がかかります。ぜひ発売を楽しみにしていただきたいですね。」

ていねいに作業できる職人になりたい

───これからの目標を教えてください。


「今はまだ目の前のことしか考えられませんが、例えばインクの色の出し方ひとつ取っても、この仕事にはすごく力が必要なんですね。だからこの先どれだけ経験をつんでも、きっとわたしには男性の先輩たちと同じようなスピ─ドでは刷れないと思うんです。でもスピ─ドがゆっくりであっても、女性ならではの繊細さや優しさ、温かみが作品に出せる、ていねいに作業できる職人になりたいです。」

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───それは白水さんの個性ですね。やってみたいことはありますか?


「便利堂には、自分の作品をコロタイプで作りたいというア─ティストの方々が国内外から来られます。作家さんとお話ししながら作品を一緒に作っていく作業も楽しそうですよね。『こんな風にしたい』と言われたことをすっとできるようになりたいです。そのなかで、これまで美術を勉強してきた経験も活かしていけたらいいなと思います。」


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