専門家会議の「クラスター対策」の解説 ――新型コロナウイルスに対処する最後の希望
武漢で発生したCOVID19の爆発的感染拡大は、欧米での感染爆発に至り、とどまるところを知りません。日本では、武漢・欧米のような爆発的感染拡大(専門家会議は「オーバーシュート」と呼んでいます。)には至っていませんが、危うい綱渡りの状況にあります。
現在、日本のコロナウイルス対策の中心を担っているのは、厚生労働省の専門家会議とクラスター対策班です。この両組織は、一流の科学者を擁し、実効的な戦略――「クラスター対策」を立案・実行しているようです。クラスター対策は、日本が破局を避けながらこの災厄を乗り切るための最後の希望と言えるものですが、十分な広報活動にまで手が回らないようで、その全貌は明らかになっていません。
本稿は、素人である私が、公表資料(特に専門家会議の資料や記者会見、中澤港教授のメモ)を頼りに理解した、クラスター対策の内実と理論的根拠を解説するものです。対象読者は、相当程度の予備知識があることを想定していましたが、案外読めるかもしれません。ただし、𝑅₀(基本再生産数)は何か、COVID-19の病態とかは他で検索してみてください。
※本稿はCC-BYで提供します。建設的批判を歓迎します。
(医師の仲田先生による批判及びそれに対する対応を参照)
4月3日注記:
本記事は、3月末頃の情勢をアップデートできていません。
西浦教授がとても悲観的な見解を日経に出しており、非常に注目すべきかと思います。
近時のクラスター対策については、以下の2つのツリーが参考になると思います。
1. 失敗したら最低10万人が死にます
(1) オーバーシュート(感染爆発)したら何が起こるか
感染症対策の戦略は封じ込め(Suppression)と緩和(Mitigation)に大別されます。
封じ込めに失敗したら、感染症は指数関数的に広がり、最終的には集団免疫の獲得によって終息します。集団免疫は、集団の一定割合が感染して免疫を獲得することで、その集団内ではそれ以上感染症が広がらなくなることをいいます。集団免疫に要する個人免疫の割合は𝑅₀によって決まり、COVID19については40-70%と見積もられています。
既に封じ込めには失敗しました。
そうすると、新型コロナの感染拡大は避けられず、いずれ集団免疫の獲得に落ち着かざるを得ない(せめてそのダメージを緩和しよう)というのがセオリーです。ところが、封じ込めが失敗したにもかかわらず、感染拡大を避ける道があるという奇妙な主張をしている人がいます。それが専門家会議・クラスター対策班であり、その主張が「クラスター対策による封じ込め」です。これは新型コロナの奇妙な性質によって成り立つ奇妙な戦略で、「準封じ込め」とでも呼ぶべき戦略です。
まず、集団免疫に至るまでにどれだけの犠牲が生じるかを見ておきましょう。まずは自分で計算してみます。
日本の人口が1億人、40%が感染すると、4000万人の患者。
4000万人のうち、20%=800万人が重症化し、5%=200万人が重篤化する。
日本の病床数は160万床とかで、通常8割9割埋まっているので、到底これだけの需要には対応できない。
感染者の致死率は0.6-0.3%と推定されているので、最小で12万人の死者。武漢では死亡率は3.8%で、これは、医療機関のキャパシティを超えると死亡率が10倍に跳ね上がることを意味する。そうなった場合、3%とすると120万人の死者が出る。
もうちょっとマトモな推計を見てみましょう。最新の専門家会議の資料です。
【以下は吉峯の解釈】だいたい10万人あたり、高齢者220人、若年者50人くらいの重篤者が出る。つまり270人/10万人だから、1億人だと27万人ですね。これは重症者じゃなくて重篤者(要するにICUで管理しないと死んでしまう人)の数です。それで、人工呼吸器が8台/10万人、8000台くらいしかない。しかもこのグラフは、新規感染者(3500人/10万人だと1億人でみると350万人)や重篤者の数を示しているようなので、25万人というのは累積ではない。
私の理解が間違っているかもしれないけれど、さっきの私の素人計算の重篤化200万人と、人工呼吸器で救命できるキャパシティーの上限(人工呼吸器をつければ救命できるというものでもない)は8000人✕回転数しかないことを組み合わせると、200万人くらいが死亡するということになるのかもしれない。
なお、中澤教授は、クラスター対策が失敗したら「15万人が亡くなるという最悪シナリオが現実味を帯びてくる。」とされています。これは、前述の10倍効果や人工呼吸器の制約を勘案していません。
※追記:世界の動きについて、分かりやすい解説で必読です。英語版の方が図がキレイです。
(2) 奇妙に低い日本の𝑅₀
また、日本の𝑅₀が諸外国と比べて低かったという事実を押さえておく必要があります。これはとても不思議なことですが、おそらく事実です。欧米なみの𝑅₀だったら、なすすべもなく2月の段階で武漢や現在の欧米のようなオーバーシュート(感染爆発)の状況になっていたでしょう。日本の感染者数・重症者数・死者数の推移は、1月から一貫して𝑅₀が低いことを示しています。
これに対して、検査を抑えているからではないかという疑問もあるわけですが、検査抑制は指数関数的増加を数日ずらすだけの効果しかなく、1月から一貫して緩い傾きが続いていること説明できません。
シンガポールや香港は極めて厳しい対策を取っているかわ分かるのですが、なぜ特段の対策も取っていないのに日本の𝑅₀が低いのか。これは謎ですが、詮索しても仕方ありません。
おそらく手洗い、マスクといった個人防護が根付いていること、握手やハグといった身体接触の習慣がないこと、引きこもりで二次元に生きるオタクが多いこと、などが原因でしょう(中澤教授の見解、)。
言うまでもなく、オタク云々は冗談です。思ったより多数の人の目に触れることになったので、無粋ですが注釈をいれておきます。
※3月25日追記(4月3日変更):
1月から積極的疫学調査による感染者のリンクの追跡と制圧は継続しており、その対策が奏功して感染拡大が抑え込まれていた可能性があります。「クラスター対策などの政府の施策は原因ではありません(1月からずっと存在している要因でなければならない。)。」と記載していましたが、誤りである可能性が高く、政府の対策を過小評価していました。
𝑅₀がもともと高め(諸外国並み)であれば、クラスター対策で𝑅₀<1にもっていく方策はおそらく実行不可能でした。
2. クラスター対策の理論的根拠
全体像としては、
Grantz K, Metcalf CJE, Lessler J (15th Feb 2020) Dispersion vs. Control.
が基本的なフレームワークで
Nishiura H et al. "Closed environments facilitate secondary transmission of coronavirus disease 2019 (COVID-19)
がそれに基づく具体的な方策を示しました。
(1) COVID19の伝播の特徴 ―― 𝑅₀の分散が大きい(Grantz論文)
Grantz論文は、コロナウイルスは𝑅₀の分散が大きいことを、武漢のデータから示したものです。感染者の多くは二次感染を起こさず、それなら感染力は低そうですが、そうならない。なぜ感染力が強いかというと、ごく一部の感染者が大規模な二次感染を起こすからです(下図の引用元)。
インフルエンザは感染者が平均値に近い二次感染を起こし、いわばじわじわと連続的に感染します。COVID19は、ほとんどの感染者が二次感染を起こしませんが、少数の感染者が大きな二次感染を引き起こし「飛び飛び」に伝播するのです。少数の感染者が引き起こす大規模な二次感染、これがクラスター感染です。
いわば、インフルは連続過程(に似たもの)ですが、COVIDは離散・不連続過程です。それだけに扱いづらい、予測が難しい面がありますが、うまく介入する余地があります。
理論上は、クラスター感染を何らかの形で抑止・制圧すれば、それ以外の感染は相対的に少ないので𝑅<1を達成できます。
(2) クラスター対策の発生要因の解明(Nishiura論文)
Grantz論文は、クラスター感染を抑え込めば、𝑅<1の状態を達成できること、すなわち流行を収束に導くことができることを示しました。
しかし、クラスター感染を抑え込む具体的手段がなければ、絵に描いた餅です。
その手段を示したのがNishiura論文です。中澤教授は「天才」と評しています。
この論文では国内で2/26までに発生した110の感染例(11のクラスターに所属)を分析しています。そのうち二次感染を引き起こした感染者27例の分布を示したのが引用の図表です(この図表自体は、解説を附記して厚労省ウェブに転載されたものです。)。
これらクラスターは、フィットネスジム、川沿いのレストラン、病院、雪祭りのテントなど、屋内環境での密接接触によるものです。グラフを図解すると以下のようになります。
灰色と青色が感染者、赤色がそれぞれ生じた二次感染者を示しています。
感染源が閉鎖環境にいた場合、そうでない場合より遥かに二次感染を引き起こすのです。閉鎖環境でなければ(灰色→赤色)、ほとんど二次感染は生じないし、せいぜい1~2名くらいです。閉鎖環境にいると、10人規模の二次感染を引き起こしています(青色→赤色)。すなわちクラスターの顕著な原因の一つは閉鎖環境です。閉鎖環境は、18.7倍(95%CI: 6.0, 57.9)のリスクがあります。
もっとも、この論文(査読未了)で示されているのは、閉鎖環境というだけです。閉鎖環境でクラスター感染が生じるのなら、東京等の大都市の満員電車は、クラスター感染の絶好の培養器です。とっくに爆発的感染が起きているはずです。傾向として、満員電車ではクラスター感染は生じていないのです。
(3) クラスター感染の三条件「密室・密集・密接」
クラスター対策班が様々なデータから(上記論文の2/26以降のデータも見ているでしょう)、経験も踏まえて導き出したのが「密室・密集・密接」の三条件です。おそらく精緻な数理モデルの解析はまだ完成していない状態ではないかと推測します。
3/9の専門家会議見解で明確に示されました。
これまで集団感染が確認された場に共通するのは、
①換気の悪い密閉空間であった、
②多くの人が密集していた、
③近距離(互いに手を伸ばしたら届く距離)での会話や発声が行われた
という3つの条件が同時に重なった場です。こうした場ではより多くの人が感染していたと考えられます。
密閉・密集・密接
密閉空間・密集場所・密接場面
換気が悪い密閉空間・多数集まる密集場所・間近で会話が発生する密接場面
この三条件は、満員電車でクラスター感染が生じていないこと(感染は生じているでしょう)の説明になります。満員電車は、密閉・密集の条件を満たしますが、人は対面して会話しません。密接の条件を満たさないのです。極めて直感に反する奇妙な性質ですが、これは事実です。
例えば、満員電車では、①と②がありますが③はあまりなされません。しかし、場合によっては③が重なることがあります。(3月9日専門家会議見解)
※追記:NHKスペシャルでマイクロ飛沫感染の紹介がありました。これによると、満員電車でもそれなりにマイクロ飛沫が漂いそうで、むしろ駅ごとの換気によって①密閉が解消されることの方が多いのかもしれません。
もし全ての市民が三条件を避けることを遵守できれば(それは武漢・欧米で実施されたロックダウン・都市閉鎖と比べると、極めて簡単なことです。)、Nishiura論文の図の灰グラフの閉鎖環境ケースの二次感染をカットできると期待できます。
すなわち、比較的容易な行動変容により、クラスター感染を予防し(感染の予防ではありません。この違いが本質)、コロナ感染の大部分を封じ込めることができるのです。
3. クラスター対策が奏功した状態
クラスター対策は2本柱です。
①既に発生したクラスターの早期検知・早期制圧
②行動変容によるクラスター発生の予防・抑止
公式見解では、以下の3本柱とされています。
①クラスター(患者集団)の早期発見・早期対応
②患者の早期診断・重症者への集中治療の充実と医療提供体制の確保
③市民の行動変容
しかし、②の後半は、やや異質なものですから、別枠で考えた方が良いでしょう。②の前半「早期診断」も、最善の治療を提供するという医療の観点よりも、クラスターを早期に検知するという公衆衛生的な観点から捉えるべきです。コロナ感染の診断がついても、対症療法しかできないのです。
クラスター対策による準抑え込みが成功せず、爆発的感染拡大に至った場合、医療提供体制は物理的に崩壊し、それは避けられません。
クラスター対策が奏功した状態とはどういうものでしょうか。
市民が三条件を避けるので、クラスター感染はほとんど発生しません。クラスター感染以外の感染(例えば職場や満員電車、その他)は生じますが、それは恐るるに足りません。クラスター感染を除外した単純感染だけでは、𝑅₀は1をはるかに下回り、先細りになるからです。クラスタ―対策は、感染の封じ込めではありません。クラスター感染の封じ込めです。
とはいえ新型コロナの感染者が市中に隔離されずにいますから(現在、日本には数千人の感染者がいるようです)、感染は生じますし、何かの間違いでクラスター感染が起こることもあるかもしれません。
起こってしまったクラスター感染は、早期に検知して、早期に制圧される必要があります。クラスター感染がクラスター感染を引き起こすと、爆発的な感染拡大に繋がりかねないからです
4. クラスターの検知と「往復1か月の時間差」
(1) PCR検査の役割
クラスターの検知は、重症者(=主に高齢者)のPCR検査が主要な手段です。
コロナウイルスは若年者は重症化する人が少なく、軽症・無症状で終わることが多い(高齢者は逆)という特徴があります。すなわち、若年者で構成されるクラスターは「見えない」のです。若年者クラスターは、軽症・無症状者が多く、本人の健康リスクは少ないですが、それだけに気づかないうちにクラスター感染の連鎖を引き起こし、気づいたら手遅れとなるリスクがあります。これが一番怖い。
クラスター感染に高齢者が含まれていたら、重症化し、PCR検査を受けることになりますから(そういう事例が比較的多い)、時間差はありますが、いずれクラスター対策班の検知網に引っかかります。
また、検知されたクラスターのデータは、解析されて、クラスター発生の条件の特定はより精緻・確実になります。検知・制圧と行動変容はこのようなサイクルとして実施される必要があります。
(2) 往復1か月の時間差 ※この部分は追記しました。
注意が必要なのは、検知のタイムラグです(図の引用元)。
この図は武漢のデータですが、右側の黄色の棒グラフが報告された感染症例の数、左側の灰色の棒グラフが、その症例が発症した日の記録です。灰色は実際に起こっていること、黄色が当局が知っていることです。感染、発症から、重症化、検査、報告に至るまで、概ね2週間の時間が必要です。我々が毎日見ている症例数のデータは、2週間前の現実なのです。
武漢では、症例数が指数関数的に増加し始めたことから、ロックダウン(都市封鎖)が実施されましたが、その時点で指数関数的増加は2週間続いていたのです。ロックダウンで増加は減少に転じますが、その効果が分かるのは2週間後です。2週間は既に生じている指数関数的増加が続々と報告されるのを見ているしかできません。
現在の欧米も同じ状況です。爆発的感染拡大が始まったことを見て、ロックダウン等の激しい手段に出ましたが、しばらくは既に継続していた指数関数的増加を受け入れるしかありません。これは確定した未来なのです。
このように、2週間前の過去しか観測できないのに、指数関数的な挙動を示す対象を扱うというのは、大変困難な、恐ろしいことです。
また、2週間前の現実を見て、何か施策を実施したとして、その効果が観測できるもまた2週間後になります。
2月末にクラスター対策を実施、3月頭に三条件を周知していますが、このときに見ているデータは2月後半のデータは、2月前半の現実を反映したものに過ぎません。そして、このタイミングの施策の効果が分かるのは、3月10日頃まで待たないといけないのです。「往復1か月の時間差」があるのです。
だからこそ、クラスター対策班は焦っています。なにか間違いがあっても、それが分かるのは2週間後だし、対策の効果が出るのはさらに2週間後です。そうこうしているうちに、指数関数的な爆発的感染拡大がコントロール不能となるかもしれません。
だからこそ、情報の流通をスピードアップする必要があります。検査能力を拡大してPCR検査をもっと早いタイミング(できれば軽症者も)で実施し、報告プロセスを効率化して時間のロスを抑え、接触者の追跡も迅速にする必要がある。そのための人手が必要です!
5. 検査強化で「見えないクラスター」を検知できるか
韓国の成功を見習って、検査強化を求める論調があります。
検査強化は必要ですし、政府や専門家会議もそう明言していますが、問題は検査を何に使うか(検査の目的)、検査戦略です。
検査を増やすか抑制するかという議論が盛んになされていますが、混乱しています。検査戦略を明確にせず、検査を増やす/抑制するという枠組みで議論をしてもあまり意味はありません。ウヨサヨ・嫌韓もノイズです。検査戦略を第一に考えるべきです。
(1) 検査戦略の選択肢
検査戦略は、以下の3つが考えられるでしょう。
(a)患者の検査
肺炎等を発症し、コロナ感染が疑わしくなった疑似症例者の検査
(b)接触者の検査
確定した感染者と接触歴を有す者を対象とする積極的疫学調査(サーベイランス)
(c)若年者大量検査戦略
若年者を主な対象として、軽症者・無症状者(すなわち希望者全員)を大量に検査する
(a)(b)が現在の日本政府が取っている検査戦略です。(a)重症者を中心とした患者からコロナ感染者を割り出し、(b)接触のリンクを辿って検査を実施して、クラスターの検知、制圧します。
これに対し、重症者の発生を経由したクラスター検知は迂遠であり、「見えないクラスター」を構成する軽症者あるいは無症状者を直接検査するべきだというのが、(c)の若年者大量検査戦略です。韓国を見習うべきだという論調が、漠然と想定しているように思われます。
(2) 若年者大量検査戦略はうまくいかない
しかし、(c)若年者大量検査戦略はうまくいきません。破綻します。その理由は以下の3点ですが、本質的には事前確率が低いことです。
※修正:(A)と(B)ひっくり返しました。
(A) 大量の偽陽性が生じ、ノイズが増え、クラスター検知が機能しない
(B) 偽陽性の発生により、医療又は隔離施設の負荷が大きい
(C) 戦略を実行できるリソースがない。あるいはあっても負担が大きい
具体的に計算してみれば、うまくいかないことは簡単にわかります。
1億人の半分の5000万人が対象の若年者とします。今日本には数千人の感染者がいます(公式報告症例数は892人)。1万人いるとして、0.01%。
5000万人の若年者のうち、感染者は5000人います。100万人検査するとして、100人の感染者と99万9900人の非感染者がいます。面倒だから非感染者100万人にしましょう。
PCR検査は感度80%、特異度99%とかだそうですが、サービスしてどちらも99%としましょう。注記:医師の仲田先生から感度40%、特異度90%程度であるとのご批判をいただいています。
100人の感染者のうち99人が陽性となり、1人は陰性(偽陰性)になります。
100万人の非感染者のうち99万人が陰性、1万人が陽性(偽陽性)となります。
そうすると、陽性が1万0099人もいるので、その中の99人の感染者が誰なのか、結局のところ分かりません(陽性的中率は1%)。
しかも約1万人の陽性者の処遇の問題があります。入院は論外だし、専用の隔離施設といっても負担は莫大です。自宅隔離といっても99%は無駄な隔離です。不安になった陽性者が病院に押しかけたら、現場は死にます。
このように感度・特異度が99%というスーパー検査を想定しても、(A)クラスター検知のために使えませんし、(B)医療機関や隔離施設に無用の負担をかけます。
しかも(C)100万人の検査をするリソース(特に検査技師)は、調達不能です。仮に調達できたとしても、無駄です。それ以外にやるべきことがあります。
要するに事前確率が低い検査はやるべきではないのです。
※追記:中澤教授の検査についてのコメントもご参照ください。感度・特異度の概念はなかなか難しいようです。あと、PCR検査の原理上、特異度は100%であるという主張も散見されますが、特異度の推定についてのアカデミックな議論を追うことは私の能力を超えます。
(3) 韓国はなぜうまくいったのか
しかし、韓国ではドライブスルー検査をはじめ、大量の検査を実施して、うまく流行を抑え込んでいます。なぜうまくいっているのでしょう?(※追記:韓国CDCからグラフを引用。どうして韓国がうまくいっていると書くだけで不信感を持つ人がいるのか……。もちろんこの先どうなるかは分かりません。)
まず、前提として、(C)に関連して、MARSを経験した韓国が事前に検査能力を強化していたという事情があります。日本が今から即時に検査能力を韓国並みに増強することはおそらく不可能で、可能であっても相当の無理が生じます。
次に(A)(B)の双方の関わることですが、韓国では特定地域の若年者において、事前確率が非常に高かったという特殊事情があります。l
韓国では、若年者を中心とする宗教団体の中でメガ・クラスターが形成されました。大邱地域の若者は、異例なほど感染者の密度が高かったのです。
韓国の事例で、3000件以上の若年者の陽性者がいましたが、うち感染者は半分もいなかったのではないかと思います(感染率1%という途方もない大きな値を想定してもその程度です。)。
※追記:ドライブスルー検査を日本で実施することについての、岩田教授のTweetも参照してください。
(4) 検査能力を増強し検査戦略は変えるべきでない
(a)重症者の検査や(b)そこから派生した接触者を検査するという、現状の検査戦略を変えてはいけません。
検査能力を拡大し、重症者の検査の範囲を広げ、理想的には軽症者まで広げていくことは、「見えないクラスター」の検知を早めることになるので、やるべきです。
6. 我々は何をすべきか
(1) 心配な現状(3月21日現在)
3月21日現在、クラスター対策による準封じ込めが成功する「最後の希望」が見えてきましたが、しかし爆発的感染拡大(オーバーシュート)に至る懸念も捨てられません。
現時点の大きな懸念点は二つあると思います。①大阪府・兵庫県の感染拡大が制御できるか、②自粛ムードの後退、です。
①に関連して、少し前に問題だったのは、北海道です。詳細は情報を追っていないのですが、雪まつりの開催をきっかけに、感染が拡大して、コントロール不能となりかけたようです。具体的には誰から感染したか分からない感染者(リンクなし感染者)が増加していました(これは、見えないクラスターが増加している兆候です。)。
しかし、北海道知事の決断により緊急事態を宣言し、クラスター対策班とも協力して、感染拡大の抑え込みに成功したようです(3月19日の専門家会議資料で詳しい説明があります。)。これを「北海道モデル」と呼んでいます。
現在、大阪府・兵庫県が、似たような状況となっているようです。クラスター対策班でも、対応策を議論しているようですが、大阪府知事・兵庫県知事との連携はうまくいっていないようです。あの大村知事・河村市長さえも仲良く連携しているのだから、平時の行きがかりは捨てて、一致協力してほしいものです。
安倍首相の一斉休校は、専門家会議・クラスター対策班の意見を聞かずに決定されたものです。専門家会議メンバーもかなり辛辣に批判していますし、中澤教授も「愚策」と評価しています。ただし、専門家会議の記者会見等では、それほど踏み込んだコメントはありません。政府と喧嘩するわけにはいきません。
私は、社会の意識を「これは大変な事態だ」と変えたのは意味があったのかもと思っていました。ところが、逆に一斉休校を延長しない決定が報じられたことで、「もう安心だ」と危機意識が弛緩してしまったようです。天気もよかったし、三連休の人出はかなりのものでした。大規模イベントも開催されるようです。
このような、自粛ムードの弛緩に伴い、新たなクラスターが続発するかもしれません。三条件はそれなりに普及したようですが、どこまで厳密に運用する必要があるのか、経験とデータが足りません。
(2) 双方向リスク・コミュニケーション
専門家会議・クラスター対策班の戦略の神髄は、「密室・密集・密接」の三条件の特定と、三条件の周知徹底による市民の行動変容という解を見出したことです。
このクラスター対策の理論が正しければ(さらにデータで検証されるでしょう)、我々一般市民が三条件を守ることができるかどうかに、日本の文字通り浮沈がかかっています。また、専門家会議・クラスター対策班の側から見ると、成功のカギを握るのは、一般市民とのリスク・コミュニケーションということになります。
しかし、専門家会議のリスク・コミュニケーションは、決して十分ではありません。
2月24日に「これから1~2週間が急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」とアナウンスされたとき、私は、専門家が言うならそうなのかなと鵜呑みにしつつ、1~2週間時間を稼ぐことにどれだけの意味があるのかと、疑問にも思いました。
この2月24日は、クラスター対策班の設置の動きがあり、翌25日に設置。三条件の特定は、2月26日までのデータを使い、3月2日~3日に情報が出ているので、この少し後です。明確な公式発表が3月9日。
つまり、クラスター対策班の設置、実戦投入、得られたデータを解析して三条件を特定、すぐさま広報活動という目まぐるしい動きをしています。奇蹟的なスピード感といってもいいでしょう。公表情報はありませんが、加藤厚労相がリーダーシップを発揮し、トップダウンで進めたのでしょう。
私がクラスター対策の情報に初めて触れたのは3月12日(今村医師のインタビュー)、13日には尾身先生と山中先生の対談動画(公開は8日)を見て、ようやく概要を把握、16日に中澤教授のウェブサイトに行きあたって、本稿に書いているような理解に至りました。
クラスター対策は、ウイルスの奇妙な性質を利用した奇妙な戦略です。従来のセオリー・常識に反した、理解しがたいものです。急ごしらえのクラスター対策班で実地にクラスターを制圧しながら、恐るべきスピード感で情報を発信していますが、それでも、一般市民への周知に必要な広報戦略の構築・実施には手が回っていません。追い追い広報体制も整備されるでしょうが、このウイルスとの闘いは、スピードが命です。
専門家会議・クラスター対策班は大変な重圧の中、限られたリソースで、ウイルスとの闘いを進めています。このような言葉を使うのは面映ゆいのですが、在野の知識人は、積極的に情報を咀嚼し、リスク・コミュニケーションを促進することで、ウイルスとの闘いを支援すべきでしょう。情報を待っているだけじゃダメです。
3月19日の記者会見、西浦教授の面持ちは沈痛でした。
失敗したら目を覆いたくなるような悲惨な状況になる。希望の光は見えてきた。「日本モデル」で、最低限の社会経済機能を維持、無駄な部分を省いて、皺寄せを受ける社会的弱者を救いながら、長期間持続可能なオプションを見出すことを模索している。そこには最適な解があると信じているが、国民にとって簡単に譲歩できるものではないかもしれない。皆さんで合意するプロセスが必要。(一種の意訳で、逐語的な文字起こしではありません。)
いずれ(あるいは今?)、国民は重大な決意を迫られる可能性があります。三連休は人出が多く、一部ハイリスクな行動も見られたようです。大阪府・兵庫県の現状が改善されなければ、関西広域の全面的ロックダウンさえ必要になるでしょう。
欧米の爆発的感染拡大により、この闘いは長期戦となることが確定したようです。国民の理解がなければ、クラスター感染に勝てません。何をどう制限するのか、我慢したあとにどういう見通しがあるのか。我慢しなかったら、何が待ち受けてるのか。単に手洗いをしろ、三条件を避けろと結論を言うだけでは、人は動かないかもしれません。
この長ったらしいNOTEを全部読んで、𝑅₀だ偽陽性だといった面倒な話をそれなりに理解できるあなたは、間違いなく国民の平均よりコロナウイルスを、クラスター対策を理解しています。「知識のクラスター感染」を担うことができるかもしれません。
別に私と同じ見解でなくとも良い。それぞれができることをして、国民全体の理解の底上げを図る必要があります。エンジニアはオープンソースプロジェクトを通じて貢献しています。医療や感染症コントロールの知識がない素人には厳しいものがありますが、それでも、社会的合意を構築するためには、文理を問わず、知識層が状況を理解することがまず第一歩として必要です。
コロナウイルスの議論は、政治的立場によって影響を多く受けていると感じることが多くあります。岩田教授がダイアモンド・プリンセス号に乗り込んで実情を暴露したとき、よく事情を知りもしないのに英雄扱いした人がたくさんいましたし、現場を混乱させてリスク・コミュニケーションを台無しにした闖入者と決めつけた人もたくさんいました。政治的な立ち位置によって、受け止め方が変わるのです。
爆発的感染拡大を避けることは、政治的立場を問わない共通の利益です。爆発的感染拡大が起これば、日本全体が一緒に沈没し、膨大な死者が出ます。この件は、政争やウヨサヨ/嫌韓談義にせず、冷静に事実を見つめる必要があります。
(3) 一般市民として ――三条件を守って破滅を回避しよう
コロナウイルスとの闘いは、ちょっと長くかかりそうです。アメリカやヨーロッパが大変な騒ぎになっているのは、ニュースでも分かると思います。今は戦時状態です。
一般市民ができることは2つです。①手洗いやうがいにより自分を守ることと、②人に感染させないように「密室・密集・密接」や50人以上の大規模イベントへの参加というリスクの高い行動を避け、しかしその範囲で経済を回す、バランスを取ることです。(ただ、感染が広まった地域では、外出自体がNGになったりします。)
欧米で爆発的感染拡大が生じていますが、日本はそこまで深刻になっていません。検査していないからという人もいますが、どんどん入院者が増え、死んでいたら、隠せるものではありません。どうも、日本人が真面目に手洗いやうがいをしていることも効いているようです。これからも、今まで通り、ますます手洗い・うがいを徹底しましょう。
もう一つは、人に感染させないための心構えです。特にあなたが若い人であれば、このことは重要です。コロナウイルスに感染しているのに、症状が出ないまま元気に活動する若者がたくさんいます。実はあなたもそうかもしれません。全員が、感染しているかもしれないと考えて、人に感染させないように気を付ける必要があるのです。
中国や欧米ではロックダウン(都市封鎖)といって、店は営業停止、市民は外出禁止のような非常に厳しい措置を実施しています。日本では、優秀な学者がデータを解析して、「密室・密集・密接」の三条件を避けることが、コロナウイルスの蔓延を防止に効果がありそうだということが分かってきました。
密閉・密集・密接
密閉空間・密集場所・密接場面
換気が悪い密閉空間・多数集まる密集場所・間近で会話が発生する密接場面
都市封鎖や爆発的感染拡大を避けられるなら、三条件くらいを守ることは難しくないですよね。
ただ、クラスター感染(特に大規模なクラスター感染)が生じると、取り返しがつきませんから、慎重に運用する必要があります。密閉・密集であっても、密接でなければ(例えばマスクをすれば)、理屈としては大丈夫かもしれませんが、やはり不安です。それに加えて換気をしたり、人の密度を減らして、3つとも避けるようにしましょう。
大規模なイベントは、仮に三条件を避けるように努力しても、クラスター感染が生じたときに、破滅的な影響が生じかねません。50人以上のイベントは無条件で避けるようにと、西浦教授は呼びかけています。
過度の行動制限や都市封鎖などで見込まれる経済的ダメージが起こらないように、50人以上の大規模イベントへの参加をやめ、2次感染が何度か発生した3条件の重なる場所(例えばスポーツジム、ライブハウス、展示商談会、接待飲食など)およびその他の機会(懇親会など)の接触を控えることができないといけません。
エンタメや飲み屋など、負担が大きくなる業界もあるけれど、うまく工夫すればクラスター感染のリスクを回避しながら活路を見出すことができるかもしれません。
色々工夫の仕方があるはずです。例えば、マスクをしながらでは飲み食いができないので、比較的小規模であっても飲み会はリスクがかなりあります。どうしても飲み会をやるなら、ハンカチやスカーフを覆面みたいにつけたり、フェイスベールを使ったりしてはどうでしょうか。接触感染があるので、料理はシェアしないで一人ずつ注文した方が安全です。
参考資料
本記事が依拠した資料のリンク集は、別記事に独立させました。
なお、冒頭の画像は3/2記者会見から切り取ったものです。