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妖怪が「妖怪の孫」を観に行った話

6月1日。ついたち、そうそれは映画デーというやつ。といっても、毎週火曜日映画デーだったり、レディースデーがあったりでそこまで1日にこだわりもなく、ただ、1日あたりになるとなんか観たいのないかなーって探してたりする。「妖怪の孫」気になるーと思いながらも、見終わった後また暗澹たる気持ちになるし・・・安倍晋三かーはぁという感じが続いていた。この手の映画を摂取すると、やっぱ心が痛むというか傷ついちゃうのよね。どうしても。だからといって見たくない、見ないっていうのは違うくて。ちゃんとタイミングをはかって摂取したいっていうか。そんな思いもあり、ずっと保留にしていたこの映画。なんと6月1日とか2日で上映終了となっている映画館が多くてこりゃー、観に行くっぺと重たい腰をあげてみた。朝9時20分からで少し早めー(しかも@アップリンク吉祥寺ちょと距離ある)でも最近自然と5時起床という素晴らしい生活サイクルが保たれているため、スラスラと、なんだろーこの時間えーやんって感じで映画館に到着。余裕ぶっこいてアイスコーヒーまで飲んじゃったよ。映画終わったらトイレ直行だよね。ザッツ利尿作用!

率直な感想を。
最後観終わって「あ、これ観に来てよかったわ」という感想。最後の監督の映像(本人の声)すごくよかった。心に、そして頭にも体にもぐっときて響いた。ていうか、うるっときた。映画をつくるってすごいことだなーって思っているし、映画監督ときくと、自分と同じところに立っていないように思ってしまいがちなんだけれど、いち人間としての心の声、私の心の声とおんなじようなこと言ってて、あぁーそうだよね、そうだよね、具体的に何をどうしたらいいかわからない不安感。これ共通してんだなーって思った。うまく言えないけど。この不安が国民の不満となり、不満の声がもっと大きくなってくれたらよいと思うのは私だけか。むむむむむ。

妖怪(岸信介)の孫(安倍晋三)は、妖怪の孫か・・・
彼らがどんな人物かということに関しては、本だったり、過去の映画、そして国会中継をみてこういう人となりね・・と私なりの解釈があった。あぁ、なぜに安倍寛を目指さなかったんだろう、なんで戦犯の岸信介の「憲法改正」を目指しちゃったんだろう、なんで??となっていたが、改めて安倍ママ「洋子」の影響が大きいのだろうね、育った環境よ・・・とならざるをえない。世襲が力を持つ日本の政治界。それが結局のところ日本の社会構造、組織の仕組みをつくっているわけで。本当に恐ろしい。明治維新とかじゃない、もーーーっと昔からやり直した方がいいんじゃないかとかわけわからんことを思ってしまう。この、今の現状みて、自民党政権がリアルに「戦争」という道を築いてしまってることや、我々が考えてもいない悪い方向に向かっているのだということに気づいている日本国民は何%くらいいるのだろうか。思考停止の(厳密には思考停止させられた)教育が、いかに悪ーい方向にじわじわと向かっていることがまざまざと伝わってきた。急に戦争なんておきない、でも今、そういう芽がどんどんでてきている。芽というのは、結局のところ人(ここでは妖怪!)の心なんだよな。自分にもあるだろうな、そういう芽。不安定で陰な気持ち。自分と自分の周りだけが自分に都合いいようにできていればいいって思う心。それが執着になり、時に妬みと化していく。芽に気づいて刈り取っていく作業を他人には任せてはいられないなーって思う。そう、自分蒔いた種は自分で刈り取らねば。だから個々でできることってきっとあるんだろうなと考えさせられる。(考えてもなかなか答えにはたどり着かないやつですが)

映画の途中、妖怪の孫の答弁内容、その他の発言に加え、彼らのメディアの使い方を見てて、この人たちのやり方をきちんと見ておかねばと思う。このやり方は最低最悪なんだけれども、どこか意図的でなく、国民を無関心にさせたり、国民にあきらめを与えている。それが、ただのラッキー?かのようにも見えてきて、別のやり方があるとすれば、その方法で国民を目覚めさせられる?とか、ちょっとかいてて意味不明なことを考えてしまった。でもって、見終わった後もそんなことつらつら思いながら電車でゆーらゆら。自民党の議員(与党議員か?右派?保守か!)とにかく、自民党界隈の人々のおかしな行動発言が、我々を無力化させて、権力ありき金ありきの社会をなんとなーく、やんわーりやんわーりと助長させてるように見えて、まじめに生きるのがあほらしーってなるのは、戦略なのか?とかまた頭の中を迷路していた。ほんと、みんな自民党の体質知ってほしい。まぁ、この映画の憲法改正のくだりを観ただけで、「これやばいだろ」と多くの人は思うはずだけど。(だからほんとみてよ!)日本の、なんていうんだろ、政治が関係ないとこでも同調圧力っていろんなとこで存在してて、とりあえずみんな右むいてるし右向いとけば安全でしょっていう考え方が、今の自民党にとってものすごおおおく、うまあああく働いている気がしてしまう。安倍晋三という人はものすごく強運だったと思ってしまうくらい。いや、、実際はどうだろ?わからんけれど。私が思う安倍というと、めっちゃくっちゃ嫌いだけど、悲しい人という結論かな。生まれたときはきっとあっただろう「心」をいつの日からか置き去りにしたか、ないがしろにしてきたか、はたまたないがしろにされたか。そういう経験が積み重なって、人の気持ちを想像できない、人の痛みなんてわからない妖怪が育ってしまったのだから。彼一人のせいとは言い切れないというか。やっぱり、子ども時代の親から受ける影響は半端ないなぁ。妖怪の孫に腹立つ映画でありながら、妖怪の孫をつくりだしてしまった妖怪たちが重罪であるのは間違いない。もうどっから遡っていいのかわからないけど。そんな妖怪らが日本の政治を動かしていることが本当にYABAIです。政治家だろうがなんだろうが、元人間として生まれた妖怪たちよ、、、心を取り戻してください。そうだ!「心を取り戻す」という妖怪ポスターが必要なんだ!(冗談です)

嗚呼いい映画だった「妖怪の孫」。こんな映画を撮ってくれる人がいて希望だなぁなんて悠長な感想はもうもてないけれど。この映画を希望にしてる場合じゃねんだよ!って思うし。希望じゃあない、なんだろな。なんだろう?

最後に、この映画には「妖怪」がたくさんでてきたのだが、妖怪は不寛容、そしてお尻の穴が小さいとかかれていたことも印象深い。ケツの穴のちっちぇーやつ、そうそれは妖怪。ふむふむ、なるほど!

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