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【食エッセイ】胃が底なしだった20代を思い出し、彼に愛しさを感じた日「国分寺 梨花苑」

 昨日は彼と付き合って丸3年。ということで、地元の焼肉店に行ってきた。

 国分寺駅南口から徒歩2分ほどの所にある老舗焼肉店「梨花苑」。我が地元・国分寺はチェーン店が少なく、個人店や地元企業の飲食店が多い。良心価格のこだわりグルメが身近に集まっていて恵まれている。こちらも個人店のようで、今年で33周年を迎えたとのこと。以前、地元仲間の飲食人に国分寺で美味しい焼肉屋はどこかと聞くと、全員からこちらを勧められた。それ以来ずっと行きたくてしょうがながった。

 しかし、アラフォーになるとすぐに焼肉とはならない。食べたくても胃がすぐに悲鳴を上げるため事前準備が必要だ。今は数ヶ月に1回が限度に加え、彼がそこまで焼肉好きではないこともあり、私の要望が採用される記念日ディナーで行こうと前々から決めていた。

 同店に行くと隣には美味しいと評判の「ちどり鮨」が。南口とは聞いていたけどここにあるとは知らなかった。通りの一番奥には小学生の頃から母と通う中華レストラン「オトメ」がある。商工会主催「国分寺お店大賞」の飲食部門グランプリに輝いた店だ。短い通りだが他にも飲食店が軒を連ね、実はグルメストリートだと気づく。この通りは「オトメ」に行く時しか通らないから他の店が目に入らなかった。もっと早く知っていればと悔やまれる。

 記念日ディナーだからと彼が仕事を早く切り上げてくれるとのことで17時に予約した。念願の店で美味い肉を食うとなれば昼食は粗食がマスト。いつもならモリモリ食べる昼食も前日に作った野菜スープと卵焼きにとどめ、胃袋に余裕をもたせて出陣した。

ピリ辛やっこ
ユッケ

 席だけ予約だったので目についたものをどんどん注文する。最初にやってきたのはナムルの盛り合わせ、ピリ辛やっこ、韓国海苔。まずは繊維質と豆腐で胃を慣らそうと思うや否やユッケ様の登場なり。口の中で脂と旨み、甘みがじわっと広がる。ん〜至福。間違いなく日本酒にも合うだろう。残念なことに店に日本酒はないので、日本酒とのマリアージュは妄想で我慢した。

タン
タン先
上ロース
上はカルビ、下はハラミ

 焼肉といえばのタンを筆頭に、希少部位らしいタン先、上ロース、カルビ、ハラミをオーダー。脂のノリ、歯応え、旨みとどれもパーフェクトで、地元仲間が口を揃えて勧めてくる理由がよく分かる。タンはサッと焼いてレモン汁をつけるだけで美味しいが、彼考案の韓国海苔を巻くスタイルで食べるとベストマッチで驚いた。よく考えれば海苔・塩・レモンが合わないわけがない。タン先は薄くて食べやすく淡白。個人的にタンとの違いがあまり分からなかったので次回再チャレンジしたい。

 この年になるとカルビより脂が控えめなロースを選ぶことが多い。しかしこのロースは脂がのっていて、かといってしつこくないからスルッと食べられる。その一方でカルビは脂が十分なものの、特有の重たさはない。どちらもレア加減がおすすめ。うん、これは飲める。ハラミの脂はライトで口直しにちょうどよく、ロースとカルビの合間に食べた。

 味もさることながら提供時間が早いのも良い。焼肉は席に運ばれてきたらすぐさま焼いてパクパク食べるのが鉄則。これを忠実に守るかのように心地よいテンポで運ばれてくる。非常にありがたいのだが、あまりの美味しさに我ら食いしん坊は食べるスピードがいつもよりも速い。このままではディナータイムは1時間ももたなそうなので合間にアルコールで喉を潤し、前菜をつついて時間を調整した。

 〆に頼んだのはカルビ麺。店員さんから醤油ベースのピリ辛味と聞き、即決した。

カルビ麺

 麺は冷麺の麺で温麺。この麺で温かいとは想像つかなかったが、ツルッと喉越しの良い麺にスープが絡んでスルスルいける。スープはコクがあるもののさっぱりしていて、辛さレベルは一番辛いのに品のある辛さ。一口食べたら止まらない。中盛りごはんを食べてギブアップ宣言していた彼もぺろりした。2人で一つを分け合ったが独り占めしたいくらいだ。と、彼に言うと「それは食べすぎでしょ」と言われた。中盛りごはんの後に食べた人に言われたくない。とにもかくにも、夢中になる美味しさで個人的に一番ヒットした。

 席は2時間制だったが、会計をお願いしたのは入店して1時間半後。年をとったと実感した。20代なら終了時間ギリギリまで食べていたのに、今は箸休めを含めてもこの時間で満腹になる。もっと食べたい気持ちがあるのに食べられない自分が悔しい。

 ふと、会社員時代の飲み会を思い出した。当時アラサーの私は酒よりも食事重視で、会社の飲み会でも遠慮なくバンバン食べていた。そんな食欲旺盛な私を見るなり部長は笑顔で「阿部ちゃんはよく食べるからいいね!」と太鼓判を押してきた。いい食いっぷりなのは分かるけど、なぜここまで上司が楽しそうにしているのかが理解できなかった。

 しかし、今ならよく分かる。自分が食べられない分、威勢よく食べる若い世代を見ると嬉しくなるのだ。自分は食べたくても胃が限界。でも食べられるなら食べたい。そんな行き場のない気持ちを肩代わりしてくれるかのように思いきり食べる若者は見ていて気持ちがいい。美味しそうに食べてくれる姿を見ると、食べたくても食べられないもどかしさが昇華される。中年にとって食欲旺盛な若者はかつての自分を見ているようで懐かしく微笑ましくもあり、ありがたい存在だ。ここ数年自分の老化に嘆き、抗うことにやけになっていたが、誰かが美味しそうに食べる姿を見て幸せになれるのなら、年をとるのも悪くないと思えた。

 アラフォーでこんなに食べられないのだから、この先もっと食べられなくなるだろう。10年後の記念日ディナーは居酒屋であん肝とお造りでギブアップするかもしれない。それでも、これからも記念日にはデートして、彼と美味しいものを食べたい。こういう時間を一緒に作りたいと思える人と出会えて良かったとしみじみ思った。彼となら赤提灯から高級レストランまでどこでも楽しめる。あなたといるから楽しくなるのだ。

 彼さん、これからも末長くよろしくね。

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