夜のラジオ
自分のこととか、将来のこととか、色々と不安に駆られる夜だったのでラジオを聴くことにした。
今夜は、たまたまふとほんの気まぐれで聴いてみたのだけれど、案外いい番組に出会えた。
ラジオって、自分でも予想外な出会いがあるところがあって、それがすごく好きだ。
ラジオの彼の声は、低く響く声で心地よく耳に入ってきた。真っ白な油画を描くという話から始まった。彼は色々と手広くやってる人らしい。
真っ白な油画。といってもほんとうに白い絵の具だけで描くのではないのだそうだ。赤と緑、青と黄色、それらをほんのちょっと気持ちだけ、うすく引き伸ばして使うらしい。そして、絵の具はモリモリに。仕上がった時にまるで厚くなった絵の具が山脈みたいになるくらい塗り込むのが彼の流儀らしい。
「九時か、薬の時間かな?まあいいか。」
そう言って彼は、何かの薬を飲んだ。
その後、岸田 衿子さんの「なぜ 花はいつも」の朗読があって、ぷつんと放送が途切れた。
しばらくザザァ...とノイズが走っていたけれど、
「Imagine there's no heaven.
It's easy if you try.」
彼が、くりかえしそのフレーズだけ弾き語り練習しているのが聴こえてきた。
そういえば、部屋の電波時計の液晶が消えたままになっていたのを思い出した。電池を入れ替えてやると、電源は付いたけれど、なぜか2008年の1月1日のまま時計の表示は変わらなかった。ちなみに、この時計は温度も表示される便利な機能があるのだけれど室温は10℃、とのことだった。嘘なのか本当なのか、よくわからない温度だった。
Imagineの弾き語りをしながら彼は、
「自分が心地よくないと、心地よい空間って生まれないですよね。」
言って、彼の放送はまた、ぷつりと途切れた。
ずいぶんと自由な放送だ、と思ったけれど、この気ままな雰囲気が妙に落ち着いたのでしばらくノイズを聴いて待っていると、
ザザ....ザザァ...
「...たぶん、このもの寂しい感じは、もうすぐ新月になるから。自分、その影響を受けるのでたぶん新月のせいかな。そういう時はあがかないで、じっとしている方がいいんですけど。活動したい人間なんで、ついつい色んなことをやりたくなっちゃう。数秒前に自分が喋ってたこと忘れちゃうから、もう何を話したのか覚えてないと思うんですけど。」
続けて彼は、
「いっそのことジャズを聴こうかな。」
その後、
「ビル・エヴァンスです。」
言って、ピアノの曲が流れてきた。
クラシック音楽のような、不思議な音楽だった
「落ち着くなぁ、、、ジャズってなんか落ち着くよね。」
落ち着くよね。うん、ジャズっていいね。
ジャズというより、この曲。ビル・エヴァンス。
ピアノの音って女のひとの歌声みたいだな。
何よりも彼の雰囲気が落ち着くな、と思った。
この周波数は、誰にも教えたくないな、とも思った。
「じゃあ、気が向いたら、また。」
その日の放送は、ほんとうに、それっきり終わった。
岸田 衿子、ビル・エヴァンス。
もうこの世にはいない人たち。
だけども、言葉と音楽は、まるで作者のことなんか知らんぷりして、今夜も生き生きとしていた。
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