雨香る

 私の名前は、勝部あかり。29歳。 
 私にはいま、好きな人がいる。
 その人は、高橋勇也さんという名前で、旅行会社に勤めている。
 
 年末に会って以来、ラインのやり取りはしていたが、会うことは無かった。
「1月下旬に、静岡に行ってきます。寒いので、お体に気をつけてください。」
とだけ、ラインに書いてあった。
2月に入り、
「よかったら、お茶を飲みに行きませんか?」
と、ラインを貰った。

 ポカポカとした、暖かい午後。私は、高橋さんと会った。高橋さんは、茶色のコートに、白と黒の生地を使ったマフラーをしている。私は、グレーのコートに、高橋さんから貰った紺色のマフラーをしている。
 竹垣の路地を、二人で歩く。鳥の鳴き声が、しんと静まった路地に響く。雨上がりの空気は、澄んでいて気持ちいい。
「今日は、いいお天気ですね。」
と、高橋さんは笑った。
「でも、今朝は雨が降ってたから、少し心配でした。」
と、答える。
「あぁ、まぁでも、すぐに止みますから。」
「高橋さんは、雨の匂いというか、なんというか、これから雨が降るぞ、みたいな空気を感じたことがありますか?」
「いやぁ、実はよく分かりません。でも、雨上がりの後は、空気が澄んでいて気持ちいいと思います。」
高橋さんはよく、いやぁ、とか、まぁ、と言って笑う。きっと、高橋さんの癖なのだろう。だけど、本人は気づいていないようだ。
 しばらく、高橋さんと私は何も言わずに、2人で竹垣を眺めて歩いた。高橋さんといる時は、不思議と沈黙が気にならない。むしろ、とても心地よい。
この路地が、ずっとずっと続いたら良いのに、と思った。

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