「学校に行きたくない」を受け入れることのメリット
15秒で分かる今日のポイント
●「心が疲れた…」という理由で学校をサボった娘
●「こうでなくてはいけない」と思うことについて、その理由を説明できないなら、それは固定観念かもしれない
●無理して学校に行かせるより「自分で自分の心や体のバランスを取る」ことを学ぶこと、「学校に行きたくない気持ちを受け止めてくれる(自分を理解してくれる)親」であることを伝えることの方が意味がある
■娘の仮病と学校サボり
先日、娘が2度目の仮病で小学校をサボりました。
朝から「お腹が痛い」と言っていたので怪しいなとは思っていたのですが、「ママは今日在宅勤務?」と言われ、確信しました。
あぁ学校に行きたくないんだな、と。
小学校2年生になってまだ3日目。初日は教室の場所がまだよく分からないから、といつもより10分も早めに出かけて行った娘です。
そう、いつもと違う環境に、結構ドキドキそわそわしているんですよね。ということは...心が疲れてしまうんです。
娘の特性として、「慣れた環境、慣れた友達や人」に囲まれていないと本質を発揮できないところがあり、「初めての場所」に慣れるのに少し時間がかかるので、おそらくものすごく疲れているんだろうな、と思いました。
娘「今日学校休んじゃダメ?」
私「どうしたの?お腹痛いんじゃないでしょ?」
娘「なんか疲れちゃった…教室も違うし」
私「そうかそうか、新しいクラスに新しい先生に、疲れることもあるわな。ママも時々会社休みたくなるから分かる気がするわ」
娘「ほんと?大人もそうなの?」
私「大人でもそういう日はあるよ。じゃあ今日はゆっくりしてエネルギーチャージしたら?」
そうすると娘は大喜びで絵を描いたり、本を読んだりし、普段は弟と取り合いになるバナナを一人で1本食べてご満悦。
そのうちベッドで昼寝してしまいました...
そこから起きてきて、「ママはお昼ご飯どうするの?」と言うので一緒に近くのうどん屋さんに行き、大人サイズのソバを食べてご機嫌でお喋り。
それから、「私、学童は行くわ!家にずっといてもつまんないし!今日はちょっと遅めに迎えに来て」だと!
そして元気に学童に出かけていきました...
■理由なき押し付けは「固定観念」のせいかも
私たちの子供の頃って絶対に学校休ませてもらえませんでしたよね?!
少なくとも我が家はそうでした。学校を休むなんて悪!言語道断!って感じで、学校は何よりも優先されるものでした。
私もその日上司に娘がサボったことを伝えると「すごいですね。うちの妻は絶対に休ませませんよ」と言っていました。
確かに、私の実家もそうだったなぁと。
なぜ休んだらいけないか、という「理由」って説明できますか?
勉強についていけなくなる?
出席日数足りなくなって卒業できなくなる?
友達ができなくなる?
成績が悪くなる?
色々あるかと思いますが、どれも相当日数休まないと起こらないことだし、1日、2日休むくらいで大きく支障が出ることってあるでしょうか?
実はそれって「理由なき思い込み」や「固定観念」じゃないのでしょうか。
私は「学校を休むことはいけないことだ。なぜなら…」がどうしても説明できないので、
娘の「疲れたから休みたい」という要望を優先させてあげたいなぁと思いました。
相当な理由があるなら別ですが、本来はその人の「心」が一番優先されていいんだと思うんですよね。
1日しっかり体も心も休めて、エネルギーが十分にチャージされたようで、娘は次の日元気に学校に出かけていきました!
そうやって「自分で自分のバランスを取る・整える」ことの大事さを身をもって知ることの方が将来的に彼女のためになるんじゃないかと思います。
それに、「そういう自分のSOSを親が受け入れてくれた」という事実も、これからの親子の関係性にプラスとなるのではないかと思っています。
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