⑧札幌のお笑い市場の現状と課題【5.1 道外出身の構成作家の視点による札幌お笑い界の評価/5.2.1~5.2.4】

5.2 道外出身の構成作家の視点による札幌お笑い界の評価

 日時:2020年10月26日 15:30-17:30
 場所:ドトールコーヒーショップ 札幌狸小路店
 対象者:構成作家 田井信太朗

5.2.1 経歴

 1989年10月6日出生。神奈川県横浜市出身。幼少期から芸人に憧れていたが、高校生のとき、部活動の後輩とともに先輩に対して芸を披露したのが始まり。その後、2008年に高校生の大会であるM-1甲子園に出場。身内以外でのネタ披露は人生初であったが地区大会で優勝を遂げる。優勝特典としてNSCへの入学を招待されたが、当時の相方が進学を優先し断念した。高校卒業後からフリーでの芸人活動を開始。2010年まで芸人として活動していたが、次第に自分自身が芸人には向いていないことに気づく。「自分のやりたいことを誰かに代わりにやってもらうことによって初めて満足のいくものを表現することができるのではないか」と考え、裏方へ転向。以降、構成作家として活動している。キングコング・西野亮廣やダイノジなどのライブイベントの手伝いを経験。また、ラスタ原宿の発起人としての活動も行う。2017年に結婚。結婚を機に2018年に活動拠点を妻の住居地である札幌に移すこととなる。

5.2.2 札幌でのエンタメ

 上記の経緯の通り、東京から突然札幌に移住することになった田井氏は札幌での活動をどのように考えていたのだろうか。
 東京時代はテレビ局やラスタ原宿の作家、スタッフとしてすでに生計を立てていたため、当初は自分の仕事を捨てることに抵抗感があったという。しかし、東京オリンピックが終わったあとの東京は飽和状態になるであろうと予測した。また、「札幌もエンタメに強い福岡のようにすることができるのではないだろうか」、「AKBグループも吉本興業の常設の劇場もない札幌にもエンタメを作ることができるのではないだろうか」と考え、札幌への移住を決意する。
 しかし、札幌に拠点を移した2018年は散々なものだったという。札幌でも作家の仕事を手に入れようとテレビ局に自作の企画書を送ったが、軒並み断られ続けたという。複数のディレクターから突きつけられた言葉は「構成作家はいらない」「東京に帰りなさい」といった言葉であった。その理由は、札幌では構成作家の役割をすべてディレクターが担っているためだという。一方、東京のテレビ局はディレクターに追加して構成作家など複数の人間の手でひとつの番組を作っていくのがセオリー。原因は札幌のテレビ局に構成作家にかけられる予算がないことにある。田井氏は「複数人が集まって番組作りをするほうがそれぞれの色が出てより一層面白いものを作ることができるのに」と当時の状況に苦言を呈した。これらのような札幌の不景気な現状の煽りを受け、最初の1年間は箸にも棒にもかからない状態だったという。
 また、一方でこれから仲間になっていく腹積もりであった芸人とも打ち明けるのにはかなりの時間を要した。田井氏曰く、「最初は芸人とも壁があった」という。先述した北海道民の「シャイ」な特性は演者側にも影響しているようだ。当初は周囲の芸人や関係者を頻繁にライブや食事に誘うことで信頼関係を勝ち取っていくことに尽力していった。そのような状況の中、当時唯一の仲間として認識できたのはお笑いコンビ「ゴールデンルーズ」の有馬敬希だったという。有馬氏とは現在も共に活動を続けており、当人のYouTube動画への制作協力も行っている。また、同時期に親しくなった「センチメンタル」のYouTubeの運営も行っている。
 そのような状況を乗り越え、2019年からは札幌お笑い界活性化のためにさらに精力的な活動を行っている。2019年の8月にはクラウドファンディングにチャレンジした。『札幌でお笑いライブを\1年間無料で!/開催したい!』と題し、1年間無料でお笑いライブを開催するというプロジェクトを立ち上げた(50)。結果的に目標額には達成しなかったものの、実際に2020年の1月、2月に無料ライブを開催した。しかし、以降の公演は新型コロナウイルス(COVID-19)により中止に追い込まれた。それに応じて、同年3月に札幌で2度目のクラウドファンディング『3月22日に札幌で【無観客!無料生配信!】お笑いライブを開催したい!』にチャレンジ(51)。受付期間が1週間という短い期間の中、目標額を達成し3月22日にYouTubeにて無観客での無料生配信を実現した。

(50) SHILKHAT「札幌で1年間無料のお笑いライブを開催して、最終的には「札幌=お笑いの街」にしたい!」、https://silkhat.yoshimoto.co.jp/projects/822#project_info(2020年11月17日閲覧)。
(51) SHILKHAT「3月22日に札幌で【無観客!無料生配信!】お笑いライブを開催したい!」、https://silkhat.yoshimoto.co.jp/projects/1242#project_info(2020年11月17日閲覧)。

5.2.3 札幌と東京との違い、札幌の特性

 演者としても裏方としても東京でのお笑いを数多く経験してきた田井氏に札幌と東京との違いについて尋ねた。
 まずは、ライブについてである。先述の通り、田井氏は東京時代に「ラスタ原宿」で長らくスタッフとして長らく携わってきた。本人曰く、そこで行われるお笑いライブは毎公演2、30組もの芸人が参加していたという。その上、1日に行われる全公演で出演者が入れ替わるというものであった。一方、田井氏は「札幌では主要メンバーが30人程度」であると指摘。札幌のライブシーンを見ている中で、とにかく活動している芸人の数の少なさを痛感したという。
 しかし、一方で良い意味での裏切りも経験したと語る。田井氏は札幌に移住する以前は札幌という“地方のお笑いの質”について疑念を抱いていた。言うならば「学生芸人のノリ」程度のものを想定していたが、実際にライブを見てその考えを改めたという。田井氏曰く、「東京にまったく劣らない。それどころか勝っているときもあると思った」。このような可能性を感じているからこそ、これを育てられるような場所の必要性を強く感じているという。実際に札幌市内で行われるお笑いライブの開催頻度は東京と比べるまでもないほどの少なさである。東京で活動している芸人が月に2、30本ものライブに出演している中で、札幌で活動する芸人の中にはライブの出番が月1~3本程度に収まるものが大勢いる。このような状況では賞レースなどで実力を出すことは難しいだろう。
 また、田井氏は「客の循環」に関しても言及していた。ラスタ原宿では1公演につき客が100人程度入り、さらにそれが各公演で入れ替わる。一方、田井氏は札幌の現状を「芸人の数が30ならば客も30程度」だと表現していた。これに加えて東京では来場客同士でのつながりも盛んだという。客同士で親しくなることによって、次に開催されるライブへも足を運びやすくなっているのだ。ただ、東京のように毎回すべての客が入れ替わるということは、その分定着せずに次々と流れていってしまう人数も多い可能性が考えられる。このような疑問に対し、田井氏は「全然問題ない。なぜなら1度知ってもらっているから」と返答した。

 田井氏は道外から移住してきた者として札幌市民の特性をどのように見ているのだろうか。すでに「未知の存在を受け入れがたい」「シャイ」などの要素が挙がっているが、田井氏の口からも似たような要素について言及があった。
 また、お笑い文化に対しても差があるという。東京都民にお笑いライブに誘うと来てくれる。一方、札幌市民は誘っても滅多に来ることはない。特に有名なゲストがいない場合は途端に興味をなくすのだという。その理由として、田井氏は札幌の人は「損を嫌う特性」があるのではないかと考えているという。田井氏は札幌市民の心の中で「絶対に外したくない」「ミスをしたくない」といった心理が働いているのではないかと考察していた。
 その中で、お笑いライブに来ている客のイメージを尋ねると「静か」と答えた。前説などの声出しや拍手をする場面で周りの様子を伺ったあとに少しずつやり出すという人が多いのだという。

5.2.4 札幌の現状と予想外の喜び

 ここでは田井氏が移住してきてから見てきた札幌の現状について述べていく。先述した通り、札幌のお笑いはかなり厳しい状況下に置かれている。しかし、最近は喜ばしい事例がいくつかあったという。
 1つ目は、札幌にお笑い事務所の養成所ができたことである。第3章で述べた通り、2016年には太田プロの養成所である「太田プロエンタテイメント学院(現・太田プロエンターテインメントカレッジ)」が、2020年には吉本興業の養成所である「NSC」が設立された。
 札幌の地でお笑い芸人になるためには、以前までは札幌吉本のオーディションライブで結果を残して所属の権利を勝ち取るか、フリーのままお笑いライブに出るなどの道しかなかった。もちろんその他にも事務所はいくつか存在しており縁があればそちらに所属することができる可能性もあるが、こちらはあまり正攻法ではない。その上、そもそも札幌には“養成所”というものが存在していなかったため、芸人としてのノウハウはすべて自力で学ぶ必要がある。そのため、一から芸人を志そうとする者にとっては少々ハードルが高かった。これらのような養成所ができたことにより、今後お笑い芸人を目指してみようと考える者が比較的足を踏み出しやすくなると考えられる。さらに、養成所ができたということは札幌という地でも少なからず卒業生のための舞台などが用意される可能性もある。そのため、多少なりともお笑いにつながるようなイベントが開催されやすくなるのではないだろうか。
 2つ目は、M-1グランプリ2020の予選エントリー数についてである。M-1グランプリの1回戦は東京や大阪の他にも毎年地方でも開催されており、その中には“札幌予選”の日程も用意されている。今年はその札幌予選のエントリー数が例年より多かったという。実際に今年のエントリー数を確認すると、60組のエントリーが確認できた(52)。過去のエントリー数を確認すると、2019年は43組(53)、2018年は37組(54)、2017年は33組(55)、2016年は31組(56)、2015年は42組(57)であった。これらの記録から見て、2020年大会の札幌予選のエントリー数は近年開催された6大会の中で最高記録となる。
 田井氏は特にアマチュア芸人のエントリーが増えていることに驚いたという。実際に今大会のエントリー数の大半はアマチュア芸人が占めている。もともと札幌にはプロ芸人の数が少ない。つまり、エントリー数の底上げをしているのはこれらアマチュア芸人の面々なのである。田井氏によると、最近はYouTuberになりたいという者は多くいるが、芸人になりたいという者がここまでいるということに安堵を感じたという。これは、将来的にプロの道に進む者が出てくる可能性が高まるとともに、将来への期待を感じさせる事例である。

(52) M-1グランプリ2020 公式HP「日程・結果 1回戦 8/29(土) [北海道] 札幌放送芸術&ミュージック・ダンス専門学校」、https://www.m-1gp.com/schedule/detail.html?id=339(2020年11月19日閲覧)。
(53) M-1グランプリ2019 公式HP「日程・結果 1回戦 8/4(日) [北海道] 札幌コンベンションセンター小ホール」、https://www.m-1gp.com/archive/2019/schedule/detail.html?id=259(2020年11月19日閲覧)。
(54) M-1グランプリ2018 公式HP「日程・結果 1回戦 8/4(土) [北海道] BFH HALL」、https://www.m-1gp.com/archive/2018/schedule/detail.html?id=191(2020年11月19日閲覧)。
(55) M-1グランプリ2017 公式HP「日程・結果 1回戦 8/5(土) [北海道] BFH HALL」、https://www.m-1gp.com/archive/2017/schedule/detail.html?id=132(2020年11月19日閲覧)。
(56) M-1グランプリ2016 公式HP「日程・結果 1回戦 8/7(日) [北海道] ルーテルホール」、https://www.m-1gp.com/archive/2016/schedule/detail.html?id=72(2020年11月19日閲覧)。
(57) M-1グランプリ2015 公式HP「日程・結果 1回戦 9/20(日) [北海道] MESSE HALL」、https://www.m-1gp.com/archive/2015/schedule/detail.html?id=28(2020年11月19日閲覧)。

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