⑭札幌のお笑い市場の現状と課題【第7章 課題と今後の発展可能性】

第7章   課題と今後の発展可能性

 今回、大学生へのアンケートならびに現役で活動している芸人や構成作家のインタビューなどを通じて、札幌でお笑い活動を行っていく上でのさまざまな課題が明らかになった。はじめに、札幌でお笑い活動を行う上で発生している課題点をまとめていく。
 まずは「環境」について述べていく。ここでは、地域の特性や住民の特性などがお笑い産業と合致していないことで不調和が発生している「地域環境」とお笑いを行う上で直接的に発生している課題点である「お笑い環境」の2つに分ける。
 最初は、「地域環境」としての課題点である。北海道自体の特性としては、「(エンタメに回す)経済力がない」などが、道民の特性としては、「シャイ」、「知らないものに対しての拒絶感が強く、受け入れるまで時間がかかる」などが挙げられる。これらの要素はお笑いなどのエンタメ産業とは相性があまり良くないと言えるだろう。
 次に「お笑い環境」としての課題点である。インタビューなどで実際に出てきたものを軸にまとめていくと、「ライブ数が少ない」、「ファン数が少なく、客の循環が少ない」、「芸人の数が少ない」、「経済力がないため、テレビ局が自主制作番組に回す金がない」、「市からのバックアップがない」、「常設劇場がない」、「ネタで実力を出している者がいない」などである。これらのように、お笑い環境として無視することのできない致命的な問題が数多く散見された。
 以上のような課題点から「札幌は芸人活動を行うのには不利となる要素の多い地域である」ということがわかった。では、札幌で活動する芸人たちは東京などの広くチャンスが得られる場所に活動拠点を移すしか方法はないのだろうか。しかし、これは“現時点の札幌”についての結論である。インタビュー内でも“発展途上国”と称されていたように、今後札幌のエンタメが“発展”できる余地は残されているだろう。

 では、このような状況下で札幌という地に居ながらどのようにして成功を目指していけばよいのだろうか。アンケートやインタビューを行った結果から考察していくが、ここでは「お笑い環境の改善方法」と「芸人の活動方法」の2つの道筋にわけて述べていく。
 まずは「お笑い環境の改善方法」についてである。これはつまり、“札幌という地の環境そのものをお笑いなどのエンタメ活動を行っていくのに適したものに変えていく”というものである。長年を通してそこに存在し続けている環境に手を加えるということは大掛かりかつ長期間の戦いとなることは避けられないであろう。しかし、札幌でお笑いが発展していくためには「お笑いという文化」そのものを広く認識させ、最終的には根付かせる必要があるだろう。
 『笑いの経済学 ―吉本興業・感動産業への道』(2000)内でも、このような内容が「テーマ・シティで環境を変える」という題で語られていた。当書の中で筆者である木村氏は「環境が悪いとしたら、それをつくり出す街を変えるという手があると思います。街が変われば人も動き、経済も活性化するのですから」と述べている(85)。
 木村氏はそれに続けるように、アメリカのラスベガスが酒・女・博打の“三悪”が揃った悪いイメージから家族で楽しむことができるテーマ・シティへと変貌を遂げた事例を紹介している。この際にラスベガスが行った改革こそが、“街そのものの大改造”である。具体的にはラスベガスの中に文化的で美しいヨーロッパの街の一部を複製・再現したというが、このような大掛かりな改革によって街にやってきた人々がこれまで感じていたマイナスイメージを根こそぎ変えていったのである。

(85) 木村政雄『笑いの経済学 ―吉本興業・感動産業への道』、集英社新書、2000年1月23日、168ページ。

 札幌でもここまで大掛かりな改革を行おうとするのはとてもではないが難しいだろう。しかし、一度“お笑い”が象徴となるような場所や空間を作ることができれば、そこからお笑い文化を根付かせることも可能になるのではないだろうか。そのためにも「常設劇場」の存在は外すことはできないであろう。インタビュー内で田井氏が述べていた、“札幌の産業であるインバウンド需要と結びつけてお笑いという文化を発展させていく”という構想を実現するためにも専用劇場の存在は必要不可欠である。そもそもライブなどの舞台がなければ芸人は育つことができない。主軸である芸人が育たなければ環境を変えても意味がない。そういった意味でも、常設劇場の必要性はとても重要であると言える。
 新規の常設劇場ではなくとも、すでに札幌にはいくつかの演劇用の劇場やライブハウスが存在している。ランダムな場所で単発かつ不定期に行うよりも、特定の場所で集中して定期的にお笑いライブを行うことができれば、お笑いという文化圏の外にいる者にもそこが「札幌のお笑いのホーム」というようなイメージを植え付けることができるのではないだろうか。北海道民は「知らないもの」に対しての抵抗感が強い。しかし、そこが一度道民にとっての「ホーム」になってしまえば強い味方となる。そこを逆に利用することはできるのではないだろうか。

 木村氏は先ほどのラスベガスの事例を指して「こうした、街づくりはこれからのいわゆる『町おこし』やわれわれが考えなくてはいけない感動産業のあり方に大いに参考になると思います」と言葉を続けている。しかし、その一方で「通常、町おこしなどで手っ取り早く効果の期待できるものとして、イベントがあります。これは、短期的には効果がありますが、持続性に欠けます。いうなれば、打ち上げ花火のようなものです。その最大規模が万博とオリンピックでしょう。(中略)その点、テーマ・シティという考え方は恒久的な街づくりそのものにもかかわることですから、非常に興味深いものがあります。個人でもテーマを持つことによって、やる気や広がりが違ってきます。街にテーマがあるというのはおもしろいことです。」というふうに、“町おこしのための単発イベント”と“テーマ・シティ”との違いについて述べている(86)。つまり、効果が限定されていて短期的な「ただの町おこしイベント」で終わってはいけないのである。これらの取り組みなどを通して、客に「帰属意識」を根付かせることで持続的な発展が望めるだろう。
 このためには持続的な活動が必要となる上に相当なコストが必要であるが、なにより参加する者たち全員が同じ方向を向いていなければならない。つまり、運営側の「当事者意識」が必要となるのである。コスト感だけではなく、それを成り立たせようとする者たちの努力が必要になってくるのである。

(86) 木村政雄『笑いの経済学 ―吉本興業・感動産業への道』、集英社新書、2000年1月23日、169-170ページ。

 次は「芸人の活動方法」についてである。芸人として成功していくには「自分自身の力」で活路を見出していかなければならない。それはお笑いに適した環境がなく、誰かにすくい上げてもらえるような機会に恵まれない札幌では特に顕著となる。
 これには第5章のインタビュー内で出てきた手法が有効となるだろう。その内容を再度述べると、「自分独自の特技をYouTubeやSNSで披露し、それに直接食いついてもらう」という方法と「自身のコンテンツでマネタイズ化を行い、テレビに出なくても良いような収入を消費者から直接貰う」という方法である。
 これらの方法を実行するにあたって活動拠点や在住場所は一切関係ない。インターネットを介して公開することで、全国どこからでも、さらには全世界どこからでも見てもらうことが可能である。ただこれらもすべて“持続的な活動”として行なっていかなければならない。つまり、活動を毎日のように繰り返し、続けていくことでそこに人が集まり次第にファンコミュニティが形成されていくのである。
 このように自分自身をアピールできるような媒体を持ち、持続的な活動を続けることで札幌の地に身を置きながらもチャンスを掴むことができる可能性がある。チャンスに恵まれた東京では“ライバルが多いから”という理由が行動を起こす動機となるだろうが、札幌は“チャンスがないからこそ”挑戦するべきではないだろうか。インターネットならば全国どこからでも注目を集めることができるため、ある意味平等である。
 活動の拠点や最終目標をテレビではなく、別のプラットフォームに置くという「戦略」は札幌だけではなく今後の芸人界でさらに有効になっていくのではないだろうか。

 北海道には“地方であるからこその強み”も存在している。現代はSDGsなどの環境問題や地方創生などといった社会問題系のキーワードが注目されている。地方地域である北海道は他ならぬ当事者である。そのため、当事者側からの情報発信など、行える活動は幅広く、外部の者にも大きな価値があると思ってもらいやすいだろう。
 たとえば、吉本興業では2021年12月を目標に「よしもとチャンネル(仮)」というBSチャンネルを開設することを発表している。そんな「よしもとチャンネル(仮)」内では、特に全国各地域の魅力発信や地方創生、地域活性化につながるコンテンツを積極的に展開していくという構想がなされているのだ。そこには地方で活動している「住みます芸人」などを起用し、各地の話題を伝える番組を制作していくことも考えられているという。
 これはBSのチャンネルであるため、視聴可能地域は全国である。つまり、全国区の視聴者に地方芸人を知って貰える機会が生まれるのである。このことについて吉本興業ホールディングスの代表取締役会長である大﨑洋は2020年1月16日に行われたトークイベントにて、「大阪が頑張って、地方を元気にして行きたい。疲弊している農業や、後継者のいない商店街や、問題が山ほどある地方を、応援できるチャンネルにしたいんですよね。吉本が作る放送局やけど、売れているタレントは一切出ませんっていう感じにして。もちろん、地方で『住みます芸人』やってる若い子たちには出演してもらうんやけど。そしたら、他の放送客ともバッティングせぇへんし、地方も元気になるし、吉本としても新しいことができる。ウィンウィンにできるんちゃうかな、と思っています」と語っている(87)。
 また、現在は見逃し配信などのサービスが発達しており、地方のローカル番組が他の地域に住む人間でも手軽に見ることができるようになってきている。地上波であっても地元の特性を生かした番組が全国から注目を集めるなどということも夢ではない。北海道発信で全国的に注目を集めているローカル番組はすでにいくつか存在しているが、予算をかけられないからこその低予算番組が今後人気を集める可能性もありえるだろう。
 このように、お笑いというジャンルにも地方創生が絡んだ取り組みが数多く存在している。北海道のように地方地域に住んでいる芸人はその地の“生きた知識”を持っている。これは世の中で社会的な活動が活性化していくにつれて有利に働くと考えられる。

(87) 大﨑洋・坪田信貴『吉本興業の約束 エンタメの未来戦略」、文春新書、2020年8月20日、64-65ページ。

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