③札幌のお笑い市場の現状と課題【第3章 札幌におけるお笑い/3.1 札幌お笑い界の経歴/3.1.1 札幌吉本】

第3章   札幌におけるお笑い

 ここでは先行文献をもとに、札幌という地でのお笑いの経歴を述べていく。情報が限られるため、後述するインタビューでの証言も交えて述べていく。ここではまず年代ごとの出来事を掲載してから、事務所ごとの経歴を深掘りして述べていき、最後に札幌お笑い界の賞レースの成績について述べるとする。

3.1 札幌お笑い界の経歴

 1)  1994年
 吉本興業株式会社(以下、吉本興業)が札幌に進出し、「吉本興業札幌支社(通称、札幌吉本)」が誕生する。進出に関して桂枝光と笑ハンティングが招致された。札幌吉本の1期生は北海道文化放送(以下、UHB)によりテレビでのオーディションライブ方式で募集された。これによって「タカアンドトシ」や「アップダウン」が所属となった。これ以降、札幌吉本はUHBとの関係性を深めていく。

2)  1997年
 CREATIVE OFFICE CUE設立(個人事務所として創設されたのは1992年)。現在、「大泉洋」を擁する演劇ユニット「TEAM NACS」やお笑いコンビ「オクラホマ」が所属している。所属の大半が俳優やタレントではあるが、大泉洋のキャラクター性や大泉が出演している北海道テレビ放送(以下、HTB)制作のバラエティ深夜番組・『水曜どうでしょう』の影響もあり、お笑い的側面でも絶大な人気を博している。

3)  1999年
 「小樽吉本」が開設。これは小樽築港駅に建設された「マイカル小樽(現ウイングベイ小樽)」開業にあわせて開業された、吉本興業の専用劇場の通称である。

4)  2002年2月
 演劇専用小劇場BLOCHにてお笑いライブ「バクブロ」がスタート。第1回目は2月10日と11日に各1公演ずつ行われたものであり、当時のタイトルは「爆笑BLOCH平成14~コントバトル~」だった(11)。このライブによりインディーズライブの存在が台頭し、これに続くように「がんばるんばライブ」「がんばるんばR」などのインディーズライブが始まる。現在、ラジオ番組・『エレ片のコント太郎』(TBSラジオ)の放送作家として有名な「川尻恵太」もお笑いコンビ「1・2・DON」や「劇団ギャクギレ」などとして出演していた。

(11) 断面図公式HP バクブロ「爆笑BLOCH平成14~コントバトル~」、http://danmens.fc2web.com/stage/bakuburo/bakuburo_contents/bakuburo01.html、(2020年11月7日閲覧)。

5)  2008年
 教育文化会館にて札幌市が運営するお笑い養成講座「13丁目笑劇場」が開始する。現在は「13丁目笑劇場一座」という名称で劇団として運営されている。また、13丁目笑劇場を卒業したみちおと札幌吉本を退所した布川によって「トム・ブラウン」が結成されたのもこの頃である。

6)  2011年8月
 芸能事務所「夢カンパニー」設立(12)。もともと人材派遣会社として運営されていた夢カンパニーにお笑い部門が追加される形で誕生した。現在、サンミュージックプロダクション所属の「Yes!アキト」が所属していた。

(12) 株式会社夢カンパニー 公式HP「会社情報 会社概要」、https://www.yumecompany.co.jp/profile.html

7)  2013年
 お笑いライブ「笑RAPS」開始。

8)  2014年5月
 大喜利とプロレスを融合したイベント「札幌オーギリング」のプレ旗揚げ公演が開催される。以降、定期的に開催され、2017年で一度休止し2019年に再始動公演が開催された。

9)  2016年
 太田プロエンタテイメント学院(現・太田プロエンターテインメントカレッジ)札幌校開設。

10)  2017年5月
 太田プロエンタテイメント学院(現・太田プロエンターテインメントカレッジ)札幌校1期生卒業。1期生として卒業した「36号線」「まごのて」「ちゃぼ」は2020年現在も札幌で活動している。また、開設に合わせて東京から「センチメンタル」が招致された。

11)  2019年12月
 笑RAPSが約7年間の歴史に幕を閉じる。

12)  2020年2月
 NSC札幌校が1期生の入学を募集(13)。

(13) Twitter「NSC札幌(@nscsapporo)」、2020年2月4日、https://twitter.com/nscsapporo/status/1224591148695474177?s=20(2021年1月21日閲覧)。

3.1.1 札幌吉本

 2020年現在、札幌お笑い界でもっとも古い歴史を持つ事務所は「吉本興業」である。吉本興業が札幌に進出したのは1994年であり、現在も「吉本興業札幌支社(通称、札幌吉本)」という名称で複合商業施設であるサッポロファクトリー一条館3階に事務所が所在している。札幌吉本の1期生には、現在全国区で活動している「タカアンドトシ」や「アップダウン」などが存在しており、現在「錦鯉」として東京で活動している「長谷川雅紀」が過去に組んでいたお笑いコンビ「まさまさきのり(上京後は「マッサジル」に改名)」なども含まれる。また、所属に関しては後述するNSC札幌校が開校されるまで、長年「笑道」というお笑いライブでのオーディション制をとってきた。笑道は形を変えながらも2020年3月までUHBで放送されており、UHBとは親密な関係を持っている。なお、1期生を募集するためのオーディションはUHB制作のテレビ番組内で行われた。

 1999年には複合商業施設であるマイカル小樽(現ウイングベイ小樽)の開業に合わせて「観光名所小樽よしもと(通称、小樽吉本)」が設立された。なお、この「小樽吉本」とは支社の名称ではなく、あくまでの札幌吉本が所有する小樽に配置された劇場の通称である。これは道内初の常設劇場であり、施設内にはライブを行うための劇場だけではなく吉本芸人のアトラクションや立て看板などが設置される「小樽よしもと記念館」など、マイカル小樽内の目玉施設として建設された。
 ライブ公演には吉本芸人が毎日3組ほど出演し、その内2組が札幌吉本の芸人、1組が東京吉本から招致された若手芸人という構成だった。なお、東京から招致された若手芸人は1~2ヶ月間ほど小樽に住み込みながら小樽吉本のライブに出演し続けていた。当時、お笑いコンビ「線香花火」として活動していた現「ピース」の又吉直樹もその1人だったという。
 しかし、マイカル小樽本社の経営破綻により客足が鈍っていき。年間50万人ほどだった来客数は2002年頃には12万人程度へと激減していった。この煽りを受け、劇場は2002年7月1日から休業に入り、それ以降は30人以上の団体予約のみ受け付けるという形態に変わった(14)。また、晩期にはマイカル小樽で買い物を行った客は無料で観覧できるような形態に変わっていったという。最盛期には年間約55万人もの客を集めた小樽吉本であったが、2004年に幕を閉じることとなる。
 しかし、この小樽吉本は2000年1月に発行された木村政雄氏の著書『笑いの経済学 ―吉本興業・感動産業への道』(2000)内では“成功したビジネス”として書かれていた。当時、吉本興業にて常務取締役大阪本社制作本部長を務めていた木村政雄氏は小樽吉本を「吉本興業の持つソフトを他業種との連携において提供し、成功した例」だと述べている(15)。中でも「小樽よしもと記念館」はタレントそのものがいなくても十分に楽しめるアトラクションであり、タレントのキャラクター化の幅が広がったという点を高く評価していた。また、当書によるとオープン半年間で年間目標売上をクリアしており、マイカル小樽の集客に貢献しているという点も評価されていた。

(14) 小樽ジャーナル「お笑いの“小樽よしもと”が休業!」、2002年7月4日、https://www.otaru-journal.com/2002/07/post_106/(2020年11月8日閲覧)。
(15) 木村政雄『笑いの経済学 ―吉本興業・感動産業への道』、集英社新書、2000年1月23日、73ページ。

 さらに、同書内では北海道に吉本興業の事務所を作った理由についても触れられていた。「全国吉本化計画」に乗っ取り、北海道や東北には笑いが少ないと感じたことから早い時期に事務所を作ったのだという。その真意としては大阪の笑いを無理やり全国に広めようというわけではなく、吉本の持つノウハウを利用した上で北海道ならば北海道のタレントが発掘されることを望んでいるのだという(16)。
 その他に小樽吉本と時期を同じくして札幌吉本が所有していた劇場としては「電車通り8丁目スタジオ」が存在していた。

(16) 木村政雄『笑いの経済学 ―吉本興業・感動産業への道』、集英社新書、2000年1月23日、110-111ページ。

 先述した通り札幌吉本では長らくオーディションライブを通して所属芸人を募集していたが、2020年2月からNSC札幌校の2020年度入学生の説明会を開催しており、養成所としてNSC札幌校が開校された。道内では太田プロダクションに続いて2つ目の養成所開校となる。

 事務所ライブとしては、月に数回開催されている「笑道」というものが代表的なライブとして位置づけられている。「笑道」とは札幌吉本所属芸人によって年間を通して毎月開催されているネタバトルライブであり、観客投票によって決められた順位に応じて各芸人にポイントが与えられるというものである。ライブ内では上から「黒帯」「白帯」というランク分けがなされており、成績によって入れ替え制が取られている。そして、与えられた年間合計獲得ポイントの多い上位6組は毎年3月頃に行われる決勝戦のライブに出場する資格を得ることができる。なお、NSC札幌校が開校される以前はオーディションライブとしての役割も担っており、ライブ内で実力を認められれば札幌吉本所属の芸人となることができる(ただし、年度によって採用の基準は異なる)。
 その他のライブとしては、2019年から開始された「札よしと○○のお笑いライブ」というものが特徴的な試みを行っている例として挙げられる。このライブは、東京もしくは大阪から吉本興業所属の芸人をゲストとして札幌に招いて行われる合同ライブである。2020年11月現在までに招かれた芸人は、「金属バット」(2019年5月)、「ニューヨーク」(2019年6月)、「空気階段」(2019年7月)、「チーモンチョーチュウ」(2019年9月24日)、「やさしいズ」(2019年11月25日)、「レインボー」(2019年12月19日)、「ジェラードン」(2020年1月9日)、「マヂカルラブリー」(2020年2月)である。なお、2020年2月以降は新型コロナウイルス(COVID-19)の影響で中止となっている。

 テレビでの展開としては、札幌吉本に所属する芸人が出演する番組は放送終了済みのものも含めると、『よしもと笑いの缶づめ』(UHB)、『エンプロ』(HTB)、『笑道』(UHB)、『土曜プレゼンアワー』(UHB)、『ブラキタ』(HBC)、『ジンギス談!』(HBC)などがある。
 『よしもと笑いの缶づめ』は2009年4月30日から2011年3月31日まで放送されていた深夜のバラエティ番組である。
 『エンプロ』は2011年4月から2017年9月27日まで放送されていた札幌吉本芸人のみがレギュラー出演するバラエティ番組である(17)(18)。

(17) エンプロ公式HP、https://www.htb.co.jp/k/i/pg/enp/about.xhtml(2020年9月15日閲覧)。
(18) HTBアナウンサーズ「めぐみ横丁(大野恵)」、https://www.htb.co.jp/announcers/ohno/2017/09/26_140520.html(2020年11月25日閲覧)。

 『笑道』は2006年頃から2020年3月26日まで放送されていたバラエティ番組である。先述したネタバトルライブの「笑道」に関する内容を放送する番組であり、時期によって異なるが番組内ではライブで上位の成績を収めた芸人のネタやロケなどが放送されていた。
 『土曜プレゼンアワー』は2014年10月4日から(19)2020年3月28日まで放送されていた情報バラエティ番組である。札幌吉本所属の「ゴールデンルーズ」がMCとして起用され、土曜日の昼帯に道内の情報を伝えていた。

(19) Twitter「ゴールデンルーズ 有馬敬希(@arimaaaaa)」、2014年10月1日、https://twitter.com/arimaaaaa/status/517177229629861890?s=20(2020年11月8日閲覧)。

 『ブラキタ』は2020年7月25日より放送が開始された後、月に1回の頻度で昼帯に放送されている情報番組である。メインMCは「よゐこ」の「有野晋哉」であり、札幌吉本芸人は一部コーナーにVTR出演している。
 『ジンギス談!』は2017年4月18日から放送されており、2020年現在も放送中のバラエティ番組である。MCのタカアンドトシと東京から北海道のスタジオに招かれた吉本芸人がテーマに沿ったトークを行う。札幌吉本芸人は毎回スタジオ芸人としてメイン出演者の後方に座り、撮影に参加している。なお、2020年8月29日には『ジンギス談!地元愛芸人の逆襲』として当番組に出演経歴のある札幌吉本所属芸人のみでの独立番組が、2020年11日6日には『特別編!タカトシ先生』と題して札幌吉本芸人3組がメインとなる回が放送された。
 ラジオでの展開としては、札幌吉本所属の「すずらん」がメインパーソナリティを務める『ティーンリスナー獲得プログラム!ワンチャンレディオ』(HBCラジオ)などが現在放送されている主な番組である。
 SNSや動画サイトでの展開としては、2020年4月頃にYouTubeにて公式チャンネル「さつよしTV」を開設している。2020年9月15日現在、登録者数は1,010人である(20)。当チャンネルでは札幌吉本所属芸人自らが企画・撮影・編集を行っており、動画投稿は毎日1本ずつ行い、加えて生配信などの活動も盛んに行っている(2020年11月1日からは週3回投稿に改定(21)。登録者が1,000人を突破するまでは細かく登録者数の目標を定め、所属芸人自らSNSなどで精力的に宣伝活動を行っていた。また、2020年10月1日より同YouTube内の映像が札幌のエリア放送局「ことにTV」にて放送されることになった(22)。

(20) YouTubeチャンネル「さつよしTV」、https://www.youtube.com/channel/UC2CqgauXXXgXB7fpwgVliDA(2020年9月15日閲覧)。
(21) Twitter「スクランブル としき(@scramble11216)」、2020年11月1日、https://twitter.com/scramble11216/status/1322866741676920834?s=20(2020年12月14日更新)。
(22) Twitter「スキンヘッドカメラ 岡本(@yuyaokamoto1984)」、2020年9月30日、https://twitter.com/yuyaokamoto1984/status/1311234745007616000?s=20(2020年12月29日閲覧)。

 また、その他に札幌吉本と関連する吉本興業本社の取り組みも存在している。吉本興業では「あなたの街に住みますプロジェクト(以下、住みますプロジェクト)」というプロジェクトを行っている。これは地域活性化を目的とした、地域密着型プロジェクトとして2011年4月27日から開始されたものである。この住みますプロジェクトで任命された芸人の名称は「住みます芸人」といい、2020年現在北海道の住みます芸人としては3組の芸人が任命されている。北海道の住みます芸人は北海道全域での地域に根ざした仕事を担当している(23)。北海道全域の他には七飯町(24)、下川町(25)、秩父別町(26)などの限られた地域にて期間限定で住みます芸人として任命されるという形での活動も存在している。

(23) よしもと住みます芸人47WEB 北海道住みます芸人 HP、http://www.47web.jp/hokkaido/(2020年7月29日閲覧)。
(24) よしもと住みます芸人47WEB 北海道 北海道住みます記者より「七飯町住みます芸人【つちふまズ】」2019年3月15日、http://47web.jp/hokkaido/2019/03/post-313.php(2020年6月20日閲覧)。
(25) よしもと住みます芸人47WEB 北海道 北海道住みます記者より「下川町住みます芸人【ゴールデンルーズ・つちふまズ】」2019年3月4日、http://47web.jp/hokkaido/2019/03/post-299.php(2020年6月20日閲覧)。
(26) よしもと住みます芸人47WEB 北海道 北海道住みます記者より「北海道秩父別町住みますPR 始動」2018年8月24日、http://47web.jp/hokkaido/2018/08/post-212.php(2020年6月20日閲覧)。

 さらに、2016年から北海道が毎年8月8日を「道民笑いの日」と制定し、「笑いの力で健康長寿を目指す」という取り組みが始まった。それをきっかけとして、2016年から吉本興業がイベント「みんわらウィーク」を主催。イベントは毎年8月上旬に開催され、3~8日間程度行われる。2020年現在までに4度開催されている(27)。また、2018年7月2日に北海道下川町とSDGsの推進で連携協定を締結する(28)など、吉本興業では北海道を通じた社会的な取り組みが数多く行われている。

(27) みんわらウィーク HP、https://min-wara.com/(2020年6月20日閲覧)。
(28) 「吉本興業と下川町がSDGsで連携協定 「エンタメ力」で地方創生」『日経ESG』、2018年09号、10-11ページ。

 その他の関連事項として、新さっぽろARC CITYのカテプリ(Qualite Prix/イオンモール)に出店していた「よしもとエンタメショップ新さっぽろ」が約4年間の営業を終え、2020年12月13日に閉店となった(29)(30)。
 以上の通り、札幌吉本は北海道のお笑い界の中では長い歴史を持っており、さまざまな活動を行っていることがわかる。また、吉本興業本社が行っている地域創生や環境問題などの取り組みに関連したイベントなどによって、少なからず恩恵を受けている部分もあるようだ。しかし、所属芸人が出演する番組が軒並み放送終了に追い込まれていたり、関連のエンタメショップが閉店してしまったりと、北海道に根付いたお笑いとしての活動は活性化できていない状態にあるようだ。

(29) Twitter「よしもとエンタメショップ新さっぽろ(@yes_sinsapporo)」、2020年11月13日、https://twitter.com/yes_sinsapporo/status/1327080870528786434?s=20(2020年11月27日閲覧)。
(30) Twitter「よしもとエンタメショップ新さっぽろ(@yes_sinsapporo)」、2020年12月13、https://twitter.com/yes_sinsapporo/status/1338090704589897732?s=20(2020年12月14日閲覧)。

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