⑬札幌のお笑い市場の現状と課題【第6章他の地方との比較/6.1 福岡の特徴/6.2 福岡のお笑い】

第6章   他の地方との比較

 ここまでの研究からわかるように、札幌ではお笑い活動が盛んではないようだ。しかし、「地方地域」という環境下であってもお笑い活動が盛んに行われている場所は存在している。中でも条件的に札幌と類似しているにもかかわらず、お笑い産業が発展している地域がある。本節ではそのような他の地方地域と札幌の比較を行い、分析していくことによって、その地域で行われているお笑い環境の現状やお笑い産業が成り立っている背景には一体何があるのか、またそれを生かして札幌でも同じような試みができるかなどを明らかにしていく。
 ここで比較対象とするのは「福岡県」である。中でも、札幌市と同じ政令指定都市である福岡市には類似する点が多く見られる。面積は札幌市が1,121.26km2(74)、福岡市は343.46km2(75)と差があるものの、人口総数は札幌市が1,973,432人(76)、福岡市が1,603,043人(77)と日本の市の人口数としては並んでいる。また、世帯数は札幌市が973,821世帯(76)、福岡市が832,635世帯(77)である(札幌市、福岡市ともに2020年9月1日現在)。
 以上の通り、札幌市と福岡市は土地の規模としては類似する点が多い。しかし、これらの2つの都市は、お笑い産業という観点から見ると大きな差がある。福岡市は札幌市と比較してはるかにお笑い文化が発展しているのである。

(74) 札幌市公式HP「札幌市のあらまし 位置と広さ」、https://www.city.sapporo.jp/city/aramashi/index.html(2020年12月17日閲覧)。
(75) 福岡市公式HP「推計人口・登録人口 福岡市推計人口」、https://www.city.fukuoka.lg.jp/soki/tokeichosa/shisei/toukei/jinkou/jinnkousokuhou.html(2020年12月17日閲覧)。
(76) 札幌市公式HP、https://www.city.sapporo.jp/(2020年11月1日閲覧)。
(77) 福岡市公式HP、https://www.city.fukuoka.lg.jp/shisei/toukei/index.html(2020年11月1日閲覧)。

 ここで大きなポイントとなるのは、都市内に「お笑い専用の劇場」が存在しているか否かである。劇場があることで芸人は日常的に客前への出番が確保され、そこで自身の芸を磨くことができる。そして、芸を磨くことによって周囲から才能を認められテレビや営業などの仕事獲得に繋がるのである。そして何よりも、お笑いの専用劇場が存在しているということはその地域で運営が成り立っているということになる。これは地域内でお笑い産業が求められている、つまりお笑い文化が確立されているということになるのである。
 規模が大きく恒常的に運営されているお笑い専用劇場は吉本興業が所有している場合が多く、その劇場の多くは全国各地に複数存在している。吉本興業が専用劇場の進出を行なっているということはその地域のお笑い市場に勝算を見出しているとも言えるだろう。
 表2は、吉本興業が所有している劇場の一覧である。

表 2 吉本興業が所有している専用劇場の一覧

表 2 吉本興業が所有している専用劇場の一覧

※順不同。
※2020年12日1日より大阪で新たに「森ノ宮よしもと漫才劇場」が開設された。既存のホールである「COOL JAPAN PARK OSAKA SSホール」を借用する形での運用となる。

 この中で東京を中心とした首都圏・関東地域と大阪を中心とした関西地域から遠く離れた場所、つまり地方地域に所在している劇場は福岡県にある「よしもと福岡 大和証券/CONNECT劇場」と沖縄県にある「よしもと沖縄花月」の2つである。
 そこで本章ではお笑い専用の劇場を所有し、お笑い文化が発展している福岡県に着目し、札幌市との比較を交えながら実情について述べていく。なお、以下の記述は参考資料とともに後述するインタビュー内で得られた証言を一部使用して構成されている。また、項目によって福岡県、福岡市、北海道、札幌市の名称を組み合わせて取り上げているが、本稿では明確な定義を持って使い分けているわけではない。

6.1 福岡の特性

 ここでは、福岡のお笑い事情に切り込む前にこの地でお笑い産業が発達している理由に繋がると考えられる福岡の特性から述べていく。
 最初は「人口流動」についてである。福岡市と札幌市を比較すると人口総数・世帯数ともに類似する点が多いが、土地に訪れる人の流れについては大きな差があるようだ。北海道は人口のおよそ3分の1を札幌市が占めており、人口が偏っている。また、北海道は離島であるため基本的には飛行機がなければ他の地方からの人の移動は困難である。一方、福岡市は人口だけでいうと札幌市より若干少ないものの、アクセスの良い都市が隣接しており、新幹線などの利用によって他県から人が集まりやすい。その上フェリーによって韓国など海外からの人の往来が可能な点など、国際性においても地理的に有利である。そのため、福岡は人口の流動が活発であり、街として活気づいているのである。
 次は「県民性」についてである。福岡県民の特性として、「血の気の多い人が多く、熱量がある」ことが挙げられる。第5章のインタビュー内での証言によると、そこには祭りとの関係性が考えられるという。福岡県には「博多祇園山笠」と呼ばれる伝統的な祭りが存在している。これは700年以上続く櫛田神社の奉納神事であり、毎年7月1日から15日まで開催され、無形民俗文化財としても登録されている祭りである。この祭りは大量の人が一斉に押しかけるため怪我がつきものであり、ときには死人が出ることもあるというまさに命がけの祭りなのである。このような背景から、福岡県には「喧嘩文化」が存在しているのだという。一方で北海道民は「シャイで熱量が低い」という特性を持っているため、「喧嘩文化」などとは程遠く、比較的落ち着いた土壌だと言えるだろう。
 最後は「経済状況」についてである。まずは札幌市と福岡市の総生産を確認する。データはともに2017年度のものを使用している。札幌市内総生産は69,157億円、福岡市内総生産は78,043億円と約1,000億円の差が出ている。中でも、テレビ局などを含む情報通信業の区分を見てみると札幌市は4,046億円、福岡市内は5,935億円と約1,900億円の差が出ている(78)(79)。
 2015年3月23日発行の『日経ビジネス』内ではこのような福岡市の経済発展の裏には「人口増加」が要因としてあると述べられている(80)。先述した通り、福岡市では人口流動が活発であるが、人口減少が進む日本の中で市内の人口自体も増加しているのだという。現在、面積では大きな差がある札幌市と人口数で並んでいるが、記事内では「人口が5位の神戸市(154万人)を抜くのも時間の問題と見られている」と記載があることからわかるように、ここ数年で急増していると思われる。

(78) 札幌市公式HP「市民経済計算・産業連関表 市民経済計算 『平成29年度札幌市民経済計算』結果の概要」、https://www.city.sapporo.jp/toukei/sna/sna.html(2020年12月18日閲覧)。
(79) 福岡市公式HP「市民経済計算 平成29年度 福岡市民経済計算の概要」、https://www.city.fukuoka.lg.jp/soki/tokeichosa/shisei/toukei/shiminkeizaikeisan/shiminkeizaikeisan.html(2020年12月18日閲覧)。
(80) 「スペシャルリポート 成長する都市 福岡市が示す日本経済再生への道」『日経ビジネス』、2015年3月23号、50-57ページ。

 このような成長力を牽引する一つの力となっているのは“独自の経済モデル”にあるという。福岡市の業種別市内総生産について、記事では「『卸売り・小売り』『サービス」『不動産』『情報通信』の4業種が全体の67.5%を占め、『製造業』はわずか4.7%」だと指摘している。つまり、福岡市はこれらのような“非製造業経済”で人口増と経済成長を達成しており、この「非製造業」の存在が人口増加の要因となっているのである。
 この「非製造業」には「コンテンツ産業」も含まれる。記事内では、「ゲーム産業だけを見ても、福岡市には妖怪ウォッチで子供たちに絶大な人気を博したレベルファイブや、漫画・NARUTOをゲームにしたサイバーコネクトツー、スマホ向けのゲームなどで成長するグッドラックスリーなど、全国ブランドやそれに次ぐ会社が数多く存在する。(中略)コンテンツを含む情報通信産業全体の従業員数は4万7481人(2012年)で、札幌、仙台、広島市の1.5~2.6倍にもなっている」と述べられている。福岡市の人口増加のもとになっている雇用増加は、こうした産業の拡大が担っているというのである。
 記事内では、上記以外に大学や専門学校が多く、九州を中心に各地から若者が集ってくるため「若者の集中度が高い」という点や、元来存在していた住環境の良さに加え、近年の「インターネット環境の充実化により東京との差を縮めた」という点などが福岡市の成長の要因として挙げられていた。
 会社ひとつとっても、札幌は支社の存在が目立つが、福岡は会社の本店が多く存在している。この点も福岡市が札幌市と比較して経済的に優位に立っていることを表す要素の一部であると言えるだろう。
 すでに福岡市ではさまざまなコンテンツ産業が盛んであると述べたことからわかるように、このような経済的な余裕はお笑いなどのエンタメ産業にも大きく関係していると言って良いだろう。その影響で地元のテレビ局が制作するローカルの自主制作番組の数も多いという。この自社制作の多さについてはインタビュー内でも繰り返し指摘されていた。

6.2 福岡のお笑い

 先述した通り、エンタメが栄える福岡にはお笑い活動を行うのに適した環境が存在している。ここからは、福岡のお笑い事情について述べていくこととする。
 福岡に進出しているお笑い事務所には、まず「吉本興業福岡支社(以下、福岡吉本)」がある。福岡吉本の代表的な出身者は現在全国区で活躍しており、『R-1ぐらんぷり(現・R-1グランプリ)2006』の優勝者の博多華丸を擁する「博多華丸・大吉」や『M-1グランプリ2011』の優勝者である「パンクブーブー」などがいる。
 中でも札幌に対して優位に立っている点は先述した通り「専用劇場が存在している」ことである。福岡吉本が新たに設けた「よしもと福岡 大和証券/CONNECT劇場」は2020年7月31日に新しく開業された吉本の専用劇場である(81)。この劇場には福岡吉本に所属する芸人が数多く出演しており、彼らの鍛錬の場として活用されていると言える。さらに、ライブには日常的に東京や大阪から芸人を頻繁に招致しており、ライブの豪華さや集客面でも優位に立っていると言える。この劇場に対して「博多華丸・大吉」の「博多大吉」は「東京、大阪だと舞台に立てないような段階の若手が福岡だとこんなに素晴らしい舞台に立てる、これは福岡でしか育ちようのない芸人がこれから出現するということだと思っています」と期待を込めた感想を述べている(82)。

(81) BOSS E・ZO FUKUOKA公式サイト「『よしもと福岡 大和証券/CONNECT劇場』でオープニングセレモニー!」、2020年7月31日、https://e-zofukuoka.com/news/yoshimoto/20200731670/(2020年12月18日閲覧)。
(82) お笑いナタリー「博多大吉『福岡でしか育ちようのない芸人』の出現に期待、吉本13館目の新劇場」、2020年8月1日、https://natalie.mu/owarai/news/390079(2020年12月18日閲覧)。

 また、その他に福岡に進出している事務所としては「ワタナベエンターテインメント」がある。ワタナベエンターテインメントとは、渡辺プロダクション系列の芸能事務所であり、九州事業本部が福岡県福岡市に存在している。福岡では福岡吉本と福岡ワタナベがお笑い事務所の二大勢力として君臨しているが、優勢なのは後者のほうだという。
 実際に福岡で名を馳せているのはこのワタナベエンターテインメント九州事業本部(以下、福岡ワタナベ)に所属しているお笑いコンビ「パラシュート部隊」とピン芸人「ゴリけん」である。両組が揃って出演している2009年9月放送開始の『ゴリパラ見聞録』(テレビ西日本/TNC)は2020年現在に至るまで福岡で人気を誇っている。当放送開始当初は番組の1コーナーだったが、徐々に人気を得るようになり単独の番組として独立したという経緯がある。その人気は番組内で何度か行われたイベントの中で、2017年4月16日に行われた「ゴリパラ☆サンダーランド in かしいかえん」で最終的に約6,500人もの来場客を集めたほどである(83)。番組の内容としては日本全国に一泊二日の日程で旅をするという、北海道でいうところの『水曜どうでしょう』のようなバラエティ番組である。そのため、当番組は「九州の水曜どうでしょう」という異名も持っており、過去には両番組のコラボレーションが実現したこともある。
 また、『ドォーモ』(九州朝日放送/KBC)というも福岡で人気のある番組の一つである。月曜から木曜までの深夜に帯番組として放送されている当番組は1989年から続いている長寿のバラエティ情報番組である。番組の初期から現在に至るまで福岡のローカル芸人であるピン芸人の「コンバット満」がレギュラー出演者の1人として起用されている。また、2019年4月から構成を変え、現在は月曜日から木曜日までのそれぞれの曜日に「田村淳」、「ロバート」、「千原ジュニア」などをレギュラーに迎え入れた番組構成となっている。
 その他の番組では、「博多華丸・大吉」の冠番組である、『華丸・大吉のなんしようと?』(テレビ西日本/TNC)の人気も高い。特に福岡での「博多華丸・大吉」の人気は絶大であり、インタビュー内では彼らが若手の頃に行っていた生放送も絶大な人気を誇っていたといい、福岡県のお笑い文化の起点は彼らによるものではないかという話もあった。

(83) テレビ西日本「ゴリパラ見聞録四大都市ツアーファイナルは6500人のかしいかえんで有終の美!」2017年4月18日、https://www.tnc.co.jp/sp/information/archives/298(2020年11月15日閲覧)。

 上記で述べたように、福岡では地元芸人が出演する番組が多数存在している上に、東京から有名な芸人を呼んで番組にレギュラー出演させられるほど番組制作にコストをかける余裕を持っているのである。
 一方、北海道では道内全域で知名度があるローカル芸人は存在していない。唯一CREATIVE OFFICE CUE所属の「オクラホマ」は夕方ワイド番組である『イチオシ』(HTB)にレギュラー出演しており、比較的主婦層からの知名度は期待できるであろう。しかし、当番組はニュースや情報番組のジャンルに位置するため、バラエティ番組で一定の認知度を得ている福岡の芸人とは異なる。
 また、札幌には『どさんこワイド179』(STV)という夕方ワイド番組があり、こちらも道内で知名度の高い長寿番組である。しかし、こちらの番組でも地元芸人が出演する機会は滅多になく、時折ワンコーナーにゲスト出演する程度に留まっている。一方、福岡にも名前の似た『めんたいワイド』(福岡放送/FBS)という夕方ワイド番組が存在しているが、こちらではリポーターに多数の地元の芸人が起用されている。そのため、日常的に地元芸人の活躍の場、そしてそれによる視聴者に対しての周知の機会が用意されているといえる。
 また、先述した通り、福岡には地方事務所が複数存在しているため、それによるライブ文化も活発であると考えられる。一方でどこのお笑い事務所にも所属していないフリーの芸人が集まって結成された「非所属お笑い芸人業組合 NACU」という組織も存在しており(84)、独自のライブ文化が発展しているようである。
 ここまで述べたとおり、福岡には常設劇場が存在することで地元の芸人が高頻度でネタを発表できる場所が用意されていたり、地元芸人を起用するローカル番組が多く存在していたりと、お笑いというエンタメを産業として成り立たせる要素が数多く存在していることがわかった。

(84) 非所属お笑い芸人業組合 NACU 公式HP「NACUとは?」、https://sites.google.com/site/owaraikyusyufree/home/nacutoha(2020年11月17日閲覧)。

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