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ロックンロールトハシヌコトトミツケタリ。

さて、これを書いている2022年の10月3日。

先日の週末は円楽師匠にアントニオ猪木さんも亡くなるという、国民的に有名なお二方が亡くなられた。


長くなるが少し身の上話をする。

僕の家庭は母親が教育ママタイプで、とにかく子供に影響が悪いのは見せたがらない。

だから学校なんかでもクラスメイトがプロレスの話で盛り上がる中、肩身が狭い思いを少ししていた。



さすがに僕が成長するとその規制も少なくなり、ゲーセンでは格ゲーブームもあって昔から興味があったプロレスにもハマッていく事となる。

プロレスに詳しくない方に簡単に解説すると当時も団体は色々あったが主に大きい二大勢力はジャイアント馬場さんの全日本プロレス。

そしてアントニオ猪木さんの新日本プロレスだった。

特に派閥があるわけでもないのだがプロレスはわりと信者のように1団体を追いかける人が多く、僕はどちらかというと地味に見えた全日よりは華やかな新日の方が好きになった。

お茶の間にも出て来る有名なレスラーが多かったし東京ドームとかの大きい会場でやるのは新日だったし。

例えば猪木さん、それからいいともとかによく出て来る橋本真也さん、ガキ使の年末ビンタでも有名な蝶野さん、最近で言うなら長州力さんとかがいた団体だ。





僕がプロレスにハマる頃はアントニオ猪木さんはもう試合をしている年齢ではなかったがやはり新日本プロレスのトップという事もあり神様のように尊敬してた。

ところが時代が21世紀になる頃世間ではK-1や格闘技が流行り始め、プロレスはどんどん景気が悪くなりもともと格闘技やガチ志向が強い猪木さんの新日はどんどんそのカラーになっていった。

今までプロレスしかやってなかったような選手たちがグローブをはめてレスラーではなく格闘家たちと試合を組まれ始めた。

僕は一般人でもトレーニングしなくてもできる殴る蹴るといった事より、空中を飛んだりすごい投げ技をする一般人にはとても簡単に出来ないようなプロレスが好きだったから、なぜ自分の団体をそんなに壊すんだ、なぜプロレスだけしてくれないんだと猪木さんがだんだん嫌いになっていった。

実際にその関係の本を何冊も読んだが不満を持っている選手も沢山いたらしい。

余談だが母親に読書をよくしてもらっていたので僕はいまだに読書が好きでそれこそ猪木さん関係の本も何冊も当時買った。

好きな人なら深層まで知りたいしね。

まあ読む限りは確かに良くも悪くもいろいろ強引な人ではあった笑




またちょうどその時代から暴露本というのが出始め、実はプロレスにはシナリオがある、ガチ(真剣勝負)ではないという話も出回り始め、僕はまだ子供心にプロレスはガチだと思っていたのでどんどんプロレスから離れる事となる。

そしてスポーツ観戦はプロ野球へと没頭していく事となる。真剣勝負を見たかったからだ。(もちろんプロレスも人間や興行の勝負なので真剣勝負ではあると今では思っている)

もともと野球は好きだったしやっていたし、親も野球までは子供の時から規制しなかったからね、影響に悪くないから笑



それから少ししてジャイアント馬場さんが亡くなられたが、全日も人気は落ちつつプロレスをまだちゃんとしてくれていたから猪木さんの方が*ねば良かったのに、なんて思っていた時期もあった。

でももうプロレスは見ていなかったのでどちらでも良かったが。



猪木さんの弟子でもある蝶野さんの当時のコメントで

離れていれば神。触れれば悪魔。

というセリフがある。



前置きが長くなってしまったがでもやはり猪木さんというのはそれだけ良くも悪くも人に影響を与える事が出来るのであったと思う。

間違いなく伝説であり偉人である。

もっと生きてほしかったと今は思う。


さて話はここで少し変わるが笑点でも有名な円楽師匠も亡くなられた。

僕たち世代の笑点メンバーと言えばやはりこれではないだろうか。

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笑点は子供の時は何が面白いのかわからなかったが、大人になるとそれがわかった。

先日ツイッターにも書いたのだけど



日曜日の夕方に特に毎週見ているわけでもないが、なんとなくテレビをつけて大笑いするわけでもないけどニヤニヤしながら今夜の飯を考えたり明日からの仕事を考えて憂鬱になったり。



それこそが日本の平和らしさの一つでもあると思うんだよね。

今の僕は土日が休みのようなお仕事ではないし、テレビもないからもう何十年と笑点も見ていないが笑




さてこの猪木さんと円楽師匠、ニュースを見ていると共通点があった。


猪木さん

現在の猪木氏が闘病中の自身の様子をYouTubeなどで発信することについて「カッコ悪い部分も見られるが、それでいいよと。しかし、ファンからの手紙の中に“カッコいい、カッコいい”と書いてあり、何がカッコいいんだ、と思う。でもファンの人たちは本当にありがたい。背負っている以上は頑張る」と語っていた。


円楽師匠

 リハビリ中だった円楽さんは2022年8月12日、国立演芸場の8月中席で203日ぶりに高座復帰した。涙をぬぐいながら「みっともなくてもいい。死ぬまでやります」と宣言、大きな拍手を受けた。

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お二方に共通するのは今の自分はみっともない事。

しかし今まで自分がやってきた事をまだ続けていく事、それを人に現わすことである。



命の最後の灯まで自分を燃え尽きさせ、貫く。

しかも世界に、または国民的に有名な色々な事を成し遂げられてきた方たちがみっともないと言っている。

この生き方のどこに、誰がみっともないと言えようかと思うのだ。





僕は今までも言ってきたように死ぬまで音楽道を貫いて死んでいくと決めている。

だから昨今のコロナも最初から全く気にしていなければ自分の生活も変えていない。

例えばライブハウスが潰れましたとかそういう点では生活は変わってしまったけどね。

マスクや消毒がうざいくらいにしか2年前から思っていないし、マスクも最初から極力していない。ワクチンも打っていない。

ま、そもそも義務なので強制ではないのだからこんなことは胸を張って言うような事でもないのだが笑


もちろん必要な場所ではマスクはきちんとするし(その場所に入りたければその場所のルールに従うべきだからだ。嫌なら入らなければいいしそもそも入る権利がない)死にたくはないが、怖いのは自分のやってきた事が出来なくなることだ。

それがなくなると自分が自分でなくなってしまうからだ。




猪木さんの最後の動画。

病魔と闘う様子をYouTubeで発信することについては、

「だいたい見せなくないでしょう、こんなザマを。みんなに見せたくないでしょう、普通」

「こういう状況が分かって、みんなに見てもらって弱い俺を……しょうがないじゃん」

「誰にも見てもらいたくないよ」

「何もない」「何の欲もない。金銭欲なのか女なのか、いろいろ。そういう生きてること自体が何であるか」

「毎日毎日この3年近く天井を見上げて、話し相手もいない」

一時期は政治家にもなった猪木さん。

常に誰かを巻き込み、事業や新団体を立ち上げ、失敗しては挑戦していた。



最後の闘い、最後の人との会話がYou Tubeだったのだ。

円楽師匠は落語。

生きるための最後の挑戦。

お二方ももしかしたらそうではなかったのだろうかと思う。

僕はお二方に比べればこの世界でミジンコのような存在だし、実際死にかけたらうわーこええええええ死にたくないよおおおおって思うのかもだけどね笑



ただ一つ言えることは自分もみっともなくても死ぬまでやるという事。

自分とてそう若くはない。時間は有限である。

そして強制的に消費させられるものだ。

ならば自分からどういう消費をするかである。

クソみたいに時間の排泄をして垂れ流したくはないなと思う。



未来の日本の子供達に、なんて極東アイセキ計画。みたいなご大層な名前を付けているが自分も音楽にそういう何かを付けたいのかもしれないな、何かを残したくて。

そしてその子供たちが成人する頃や今の僕の年齢になったりすると僕はもう円楽師匠や猪木さんのようなお歳のおじいさんだ。

コロナで活動が止まってしまったバンドをいくつも知っているがもう2年半も経ってしまった。僕はこのようなものに時間を奪われている暇はとてもない。



改めてお二方の死に、ロックンロールとは死ぬ事と見つけたりと思っている。ご冥福をお祈りしたい。




今回もお読みいただきありがとうございました♪

極東アイセキ計画。サイト
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