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【小説】想像もしていなかった未来のあなたと出会うために vol.61

★入院★

 聡美の「尚美はそばで看病してあげられないかな?」という言葉に、尚美は答えられずにいた。
「・・・親の介護や看護が大変だから、っていうだけじゃないのよ。・・・それも、もちろん、あるんだけど」
言い淀む聡美の気持ちもわかる。親が大変な時に、疎遠を決め込んでいては、責められても当然なのだ。
「・・・実はね、私。父さんが癌で余命宣告されて、病院に入った時、母さんと2人に、尚美に連絡をしよう、って言ったんだよ。でも、2人とも絶対に連絡するなの一点張りだったの」
聡美の話に息をのんだ。
「・・・父さん、みるみるうちに衰えていって、そのタイミングを失ってしまって。・・・亡くなってしまったんだけど。・・・その時、尚美は父さんの死に目に会えなくて、・・・私は悪いことをしたな、ってずっと後悔してたんだよ」
自分のしたことに、心を痛めていた人がいたと知ると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「・・・色々心配をかけて、ごめんね。・・・それを聞くと、申し訳なかったな、と思うのだけど。・・・私は実家を出たことで、お父さんやお母さんの死に目に会えないのは、どこかで覚悟はしてたよ」
「・・・そんな父さんのことがあったから、母さんの時は、後悔したくないな、って思ったの。・・・だから言うんだよ。尚美が、そばで見てあげられないかな、って」
聡美の言葉に尚美は強く頷いた。
「大変なことをずっと聡美に押し付けていて、ホントに悪かったと思う。今からでも間に合うなら、私もお母さんの面倒を見るよ」
「・・・良かった。きっと、母さんも喜ぶはずだよ。・・・ずっと気になっていたんだろうから。うまく20年の溝を埋められるといいね」
東京で、母の転院できる病院を探そう。そして自分が中心になって看病をしよう。尚美はようやく覚悟ができた。

 母芳子が倒れてから1か月ほどして、尚美の住まいから通いやすい病院に転院した。尚美は母の病状で受け入れてくれる病院を探し、転院手続きに奔走したが、それは聡美がターミナルになってくれたからできたことだった。芳子の身の回りのものを用意したり、お世話をしたりは、聡美が気を回してくれた。転院して落ち着くまでは看病したいと、尚美の家に泊まり込み、病院に日参してくれた。
「私がやるみたいに言ったけど、結局聡美を患わせてしまっているわね」
病院に一緒に行く時、ふがいない自分を顧みて尚美は言った。
「ウチの子どもたちだって、もう放っておいても大丈夫な年頃なんだもの。家庭を離れて、尚美のところに来て、息抜きになるのよ」
「そうは言っても、お母さんのことは、聡美がいないとわからないことだらけで、・・・なんだか申し訳ない」
「だからって、地元で転院させて、私が看病してしまったら、尚美が出る幕がないじゃないの。・・・私は、何かをやってもらいたかったわけではなくて、尚美に関わって欲しかっただけだから」
「そうよね。・・・聡美には感謝してる。ありがとう」
妹の優しさが身に染みる。事あるごとに感謝を伝えていこうと思った。

 芳子はずいぶん前から心臓を患っていたらしい。尚美にとって、いつも厳しくて尖っている印象しかない母も、身体の不調が出てくると共に角が取れていったと、聡美は言う。
「昔っから、我の強い人だったでしょう? はっきり人のダメ出しをするところもあるから、歳を取ったらどうなることかと心配したのよ。・・・でも、意外と、人の悪口は少なくなってきたんだよね」
聡美は母の容態のことを尚美に話す。
「この間倒れて、初めのうちは記憶もしっかりしているから、大丈夫かと思ったんだけど、入院したせいもあるのか、急速にボケて来ちゃったわよ」
「そうだよね。・・・倒れてすぐ病院に行った時は、ちゃんと私の事わかっていてくれたから、良かった、と思ったけど。・・・今じゃ、どちら様状態になっていて、ショックだったわ」
まだらボケ、というのだろうか。母の容態は、日によってかなり違っていた。でも、着実に衰えていくのがわかった。

 


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