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【小説】想像もしていなかった未来のあなたと出会うために vol.63

★入院★

 「・・・栞里ちゃん、すごくいい子に育っているじゃない。尚美が良いお母さんの証拠だと思うよ」
突然、聡美に誉め言葉を投げかけられ、尚美は戸惑うばかりだった。身体中が熱くなり、全力で否定したくなる。が、それをしてきたからいけなかったのかもしれないと、ささやいている自分がいた。
「・・・褒められるなんて、慣れていないから、・・・なんて言っていいのか、困ってしまうわよ」
「わかる。・・・私も初めそうだったもの」
「えっ?」
「義母が、私のことを褒めてくれるのよ。・・・初めは、きっと自分の都合良いように私を使いたいからかな、なんて考えて、とても気持ちが悪かったわ。それに、そういうのって、謙遜しなきゃならない、って教わってたでしょ。だから、そんなことないです、って強く否定ばかりしてた」
「・・・そうよね」
「でもね。義母ったら、何をやっても良いところを見つけて、褒めてくれるの。・・・ウチの子どもたちにも、同じようにしてくれて。すごく良い手本になってくれて。・・・人の良いところを見つけるって、大切なことなんだな、それを伝えて、分かち合うと、気持ちいいものだな、って思うようになったの」
「・・・育児書などで、褒めて伸ばす、なんて言われるじゃない? でも、なんだか子どもに媚を売るようで、できないのよ。・・・言われ慣れていないからだと思うけど」
「そうなの。・・・褒められるという世界の真逆にいたからね、私たち。だから、褒められても、何言ってんの?って、受け止められなかったよ、最初の頃は。・・・でも、気持ちいいものだな、って思えた途端に、変われた。褒めることができる、って素敵だな、って思えて、真似したくなった」

 母のことがあって、聡美と一緒にいる時間が多くなり、聡美の振る舞いや言うことに接していると、愛に溢れていて、温かく心に沁みて、自然に受け止められた。聡美の話をもっと聞いて、自分も真似できるようになりたいと思っていた。
 しかし、穏やかな時間もつかの間、母の容態が急変してしまった。点滴や酸素吸入が必要になり、意識も朦朧として、会話もできなくなった。それから1週間もたたないうちに、母は帰らぬ人となった。

 東京に転院させたのが悪かったのだろうか、と思い悩む日々が続いた。四半世紀も疎遠を続けて、亡くなる直前、お看取りがでもできただけでも幸せだと思わなくては、と思いつつも、こんなことになるならもっと早く自分から実家に寄りつくんだったと、後悔ばかりが先に立つ。
 葬儀のことやその後の実家の片付けや相続のことも、聡美に任せきりで何もできなかった。むしろ母の最期だけ付き添って、大切のことをすっぽり落としてしまったのではないかという喪失感でいっぱいになる。
 尚美はずいぶん長い間、母を亡くした悲しみから逃れられずにいた。

 母芳子が亡くなって3年もたったのに、尚美はまだ母のことで思い煩っていた。聡美と共に看取りをして、穏やかに見送ってあげた思い出より、それまで四半世紀も疎遠を続けてしまった薄情な自分に胸が痛むのだ。そうなったのも幼い頃、とても厳しく躾けられたせいだからだと思い当たる。母からダメ出しばかりされ、自己肯定感が持てず、多くのコンプレックスを抱えてきた。今になってそこから解放されたいと思った。
 カウンセリングを受けたいと願い、そこでみくに出会った。

 尚美がみくのカウンセリングを受けるようになってから、13年くらいたつのだろうか。気が付くと、生き生きと自分の人生を楽しんでいる。言われたことを素直に受け入れられるようになっている。そんな自分に自信が持てるようになってきた。
「感謝しなきゃ、よね」
誰にともなく、尚美はつぶやいた。

 

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