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はじめの一歩によりそうコーチ

【現在】

はじめの一歩によりそうコーチ石川きょうこです。
これまで小学生から99歳の方まで、幅広い世代の方々2万人以上の「はじめの一歩」によりそってきました。
現在はフリーの講師で、講師歴は20年以上になります。
一般社団法人日本マインドワーク協会の認定講師として、行動変容のための心理プログラム、マインドワークをお伝えする活動に力を入れています。

【20代から30代の頃】

20代の頃の私は、それなりにやりたいことを楽しんでいたつもりでした。
だけど、いつも何かに焦って、いつも誰かと比べて、100%ご機嫌にはなれませんでした。今思うと、自分の人生を生きてなかったんだなって感じます。
いつも誰かのせいにして、いつも言い訳をして、いつも誰かの目を気にしていました。
パートナーと出会い、子供を授かってからも、それは変わりませんでした。
 

【コーチング、NLP、カウンセリングとの出会い、学んだこと】

私はパートナーとのコミュニケーションに課題を感じていました。
ある時、イベントで知り合い名刺を頂いた方から、「コーチ」という職業を知り、コーチングに興味を持つようになりました。
コーチングの基本は、相手が持つ答えを引き出すことだと知り、「これで家族ともうまくやっていける」と確信したのです。
これまで子どもがやりたいことに対しては、お金も時間も惜しみませんでした。
でも自分にお金をかけることには、罪悪感があったのです。
でもこの先何があっても自立していけるように、手に職をつけたいとの気持ちもありました。
 
数か月迷った末、コーチング体験レッスンを受けて、受講スタート。
当時の私には大きな出費で、一大決心でした。


結局コーチングを学んでも、パートナーとの関係にはうまく生かせませんでした。
 
一方で、子供に対してイライラすることはほぼなくりました。子どもが成長するに従って、やる気を引き出せるようにもなってきました。
 
コーチングを学んだことで、子どもとの向き合い方には大いに役立ったと実感しています。
 

【母との関係とマインドワーク】

 幼少期の私は、長女として聞き分けの良い、しっかり者で、反抗期も特になく、いわゆる「いい子」でした。
 
「お姉ちゃんだからしっかりしなさい」と言われ続け、「どうしたらいい子に見えるか?」「どうしたら褒めてもらえるか?」そんなことばかり考えていました。
 
いい子じゃない自分、褒められない自分は愛されないと思っていたのです。
 
学級委員長に立候補したこともありました。
中学1~2年生の時には、クラスで盛り上がっていた合唱コンクールの伴奏者に名乗り出たこともありました。この合唱コンクールは、中学3年生の時は、音楽の先生もしくは、音大を目指すような人ばかりが伴奏を担当していたので、正直いって気乗りしなかったのです。
 
でも母に「立候補しなさい」「伴奏をやりなさい」と言われて、仕方なく挙手したのです。
 
本当は気が進まないことも、褒めてもらいたくて一所懸命やってきました。
 
他にもいろんなことが口に出せないまま、ガマンし続けていました。
 
自分の本当の声を聴かないまま突っ走ってきた中で、何度も繰り返してしまうパターンに気がつきました。
 
本当はもっと甘えたいのに甘えられない、本当はこっちを見てほしいのに言い出せない、本当は気が進まないのに断れない自分。
 
本当は…本当は…って心の奥に押し込めてしまっていたのです。
 
会社員時代に自己啓発セミナーやネットワークビジネスによく誘われました。断れなくて行ったものの、「もうこりごり」と思ったのです。その後も度重なる連絡がありましたが、うまく断れなくて、結局、疎遠になってしまいました。
 
ある日いっぱいいっぱいになり、プライベートな人間関係が崩れたり、体調を崩したりして、強制終了するパターンを繰り返していました。
 
マインドワークで取り組んだのは、周囲の人に甘えられない自分と向き合うことです。
 
マインドワークを始めた当初は、ワークの対象は仕事関係の相手だったり、ママ友さんだったり様々でした。
 
ある日、ワークでご一緒した方の共有から、あることに気づいたのです。
 
それは、「私、もっとお母さんに甘えたかった」ということ。
 
「もっと甘えたかった」ことに気づいてからは、ワークの対象はもっぱら母になりました。
今までも人間関係のもつれは、親子関係に起因すると、いろんな人に言われてきました。
マインドワークを通じて、そのことが腑に落ちたのでした。
結婚して実家を離れてから、たまに帰省すると喧嘩ばかり。
実家住まいの頃に我慢していた、帰宅時間や生活態度への口出し。
離れて暮らすようになってから久々に体感すると、とても煩わしくストレスに感じました。
ある日いつものように母に口うるさく文句を言われたときに、こんなことを言ったのです。
「私はお母さんに笑ってほしいのに。お母さんを幸せにするために生まれてきたのに、どうしていつも、そんな怖い顔をしているの?どうしてもっと笑ってくれないの?私はすごく悲しいんだよ」
 
なんでそんな言葉が自分の口から出たのかわからず、自分自身が一番びっくりしました。
母もその時はぽかんとしていました。
 
この時から明らかに、母娘の距離感は変化したのです。
 
やっと本音が伝えられた3か月後、母は急性大動脈解離で急逝しました。
とても元気で、その日も出かける支度をしていた途中のようでした。
 
実感がわかないまま母の葬儀を執り行い、遺影に向かって出た言葉は
「私たち、よくやったよね。がんばったよね。やりきったよね。」でした。
 
母もまた、私と同じく、甘えたいのに甘えられないキマジメさんだったのです。

 【未来】

私には「みんなで成長したい」との思いがあります。
 
成長とは、今までできなかったことができるようになることです。
例えるなら、まだ見たことがない景色を見にいくこと。
 
階段を一段昇ると、今まで見えなかった景色が見えてきます。
成長するためには、行動を起こすことが大切です。
 
そうはいってもかつての私のように、いっぱいいっぱいになってフリーズしてしまう方もいるかもしれません。
 
心に重しを抱えていると高くまで飛べないこともあります。
私はワークを繰り返していくうちにフリーズの原因を見つけることができました。
 
ちょっとずつちょっとずつ心の中の岩のような塊が崩れて、心の中で重しになっていたものが、だんだん軽くなっていくのを感じました。
 
心がぽきんと折れてしまう前に、心のしなやかさを身に着けて、軽やかな気持ちになる人が増えることを願っています。
 
みんなで成長して、みんなでまだ見ぬ景色を見にいきましょう!


石川きょうこ リザストページ


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