壁から歴史が見えてくる。まちを歩いて壁を集めた「京島の壁採集」イベントレポート
2024年1月20日、京島共同凸工所はWALL JAPANと共同で「京島の壁採集」を実施しました。古い建物が残る墨田区京島という街をめぐり歩き、手仕事の痕跡が残る「壁」の写真を撮影し、一部は物理的に採集して持ち帰るという本企画。突飛なテーマながら、募集枠はあっという間に埋まり、10人ほどのメンバーで盛り上がった出来事を振り返ります。
WALL JAPAN / 壁採集とは?
イベントを主催したWALL JAPANとは、金田ゆりあ氏による個人プロジェクト。2018年ごろから日本各地の壁の写真を集め、Instagramのアカウントにアップロードしていました。2023年5月の文学フリマへの出展を契機に、本としてまとめられたことで一躍話題に。壁の本であることを伝えるため、廃棄するトタンを表紙にビス留めしたビジュアルが衝撃を与えました。
京島共同凸工所を運営する筆者も、そんなビジュアルに惹かれた一人。一度手に取ってみたいと思っていた折、地域のアートイベント「すみだ向島EXPO 2023」に金田さんが訪れた際に実物を目にして、改めてその存在感に心を奪われました。
そして、テンションが上がっていたのは金田さんも同じ。京島は30分もあればぐるりと一周できる地域ですが、その中には明らかに異質な「壁」が溢れていたからです。凸工所が90年前に建てられた長屋の中にあるように、戦禍や災害を逃れた建物が、少なからずそのままの形で残っているのです。
金田さんが壁に寄せる関心について、本人は「私は壁マニアというよりは、壁から見えてくる人の知恵や技術、日本が抱える土地所有の諸問題、空き家問題のこれからなどに興味があり、それらを壁を通して見つめられたんじゃないか」と語っています。
京島はまさに住む場所を改善する「人の知恵や技術」に溢れるとともに、スカイツリーを契機とした地価の向上や木造密集地域への対策として道路拡幅が進む「土地所有の諸問題」のホットスポット。課題と興味の折り重なった空間を舞台に、サイトスペシフィックな「壁採集」の実施が決まるのに時間はかかりませんでした。
京島の壁から見えるもの
ワークショップは初めて街を訪れる人に向けたツアー、参加者個人による街歩き、撮影した写真をシェアする3部構成。大雪の予報もなんとか持ち堪え、寒さが染みる中、京島や壁に関心を持つ10人の参加者が集まりました。
普段暮らす京島の街も、初めて訪れる人にとっては新鮮そのもの。一つの通りを歩くだけでもアレコレ興味を惹かれ、街歩きから想定の2倍くらいの時間がかかりました。
「人が壁に吸い寄せられていく」光景を見たのは、人生で初めてかもしれません。ここからは、参加者が撮影した写真をもとに、京島の特色ある壁をご紹介していきましょう。
水平方向に重なる地層
トタン一つとっても、その多様性は止まることを知りません。まるで印象派の絵画のように重なる錆や、上塗りしたペンキがめくれて地肌を晒す姿など。この街で流れる時間の長さが、地層のように壁に重なっています。
野生の職人たち
壁採集の醍醐味は「昔の知恵と技術が見えていたり、壊れゆくものに抗う人がみえたり、地域性があったり」すること。単なる素材の使い分けを超え、空き缶を広げてスキマを埋めたり、一斗缶をバラして並べた美学さえ感じるコラージュからは、そこに住まう人たちの美意識が伺えます。
表現空間としての壁
複雑に建物が入り組む土地の間には、曖昧な共有地のような場所も現れます。そこに放置された家電へのタギングからはしかし、縄張り争いを想起させる苛烈さは窺えません。ひび割れを直した軌跡や路上園芸の類も同列に、壁を通じた創造性の発露に見えてきます。
切り崩されていく建物と
京島では長屋として作られた建物が、時代の流れとともに「切り分けられる」光景をよく目にします。端や中央だけが切り取られて空き地となると、今まで人目に触れなかった壁があらわになります。屋根の先端だけがはみ出ていたり、垂直・水平で刻まれていたり。壁に現れる「端」を見ると、その先にあったはずの何かが想起されます。
壁と共に、場所の記憶を持ち帰る
参加者は小一時間ほど京島を漂流し、写真を撮影してから凸工所に帰還。それぞれが撮影した写真をポストカード形式に印刷したのち、グッときたポイントをシェアしていきます。
「草との拮抗がウォーキングデッドのようだった」
「イギリスの美術館みたいな壁があった」
「ガムテープに侵食されているエリアがある」
「壁に合わせて修繕の素材が選ばれている」
「地域のテロワールが感じられる」
etc …
まるで映画やワインの感想のようですが、これらは紛れもなく壁から見えたもの。壁を語ることで、その街に根付く意識やエリア的な特徴が現れることは、思いもよらぬ発見でした。
お土産としてポストカードセットのほか、希望者には京島で採集したトタンをお裾分け。友人が住む垂直のない邸宅や1922年創業の銭湯、55年の営業に幕を下ろした和菓子屋や、新たに命を吹き込まれようとしている古民家など4箇所からトタンを採集し、好みのサイズで持ち帰ってもらいました。
凸工所の機材を活かして、WS実施日をレーザー加工で刻むと、表面が削れて内側の表情が見えたり。トタン鋏を使った切り分けは思いのほか簡単で、トタンが空間構築に適した素材であることも体感できました。
この場所に住んでいる人も、初めて来た人も。壁という視点で京島の街を眺めたことで、ここに暮らす人たちの営みが垣間見えたのではないかと思います。現在進行形で変わりゆく街の、記憶の破片を持ち帰ってもらえたのなら、これ以上嬉しいことはありません。
最後に、WALL JAPANを主催する金田ゆりあさんから感想をもらいました。
工房長あとがき
金田さんとのワークショップを企画した翌月、近所の和菓子屋が取り壊しになることを知った。足繁く通っていたわけではないが、たっぷりのあんこやみたらしが乗ったお団子や、特異な存在感を放つドーナツなど、2023年に引っ越してきたばかりの新参者である僕にとっても記憶に残る存在だ。
貼り紙を見れば、55年の営業に幕を下ろすという。道路拡幅の影響はきっと行政の仕組みで、止めることはできないもので。「ようやく声がかかり」とマジックで書かれた文章に、どこかやりきれなさも感じられた。
店の方と直接関係が築けたほどではないのだけれど、どこかやりきれなくて、解体作業を進める現場の人に声をかけ、壁のトタンを譲ってもらった。工事現場の廃材をもらうなんて初めてのことで、怪しまれやしないかと思ったけれど、なんなら「こっちの大きいのじゃなくていのか?」などと気を遣われて拍子抜けした。場を畳む人も、それを壊す人も、決して悪意があるわけではないのかと、当たり前のことに気付かされる。
時は流れて2024年の2月。手書きの貼り紙もろとも防音シートで囲まれ、ショベルカーが頭をのぞかせる日々を経て、がらんどうな土地が現れた。まるでマジックショーみたいにあっけなく消えた建物を前に、押し寄せるこの気持ちをうまく言葉にできない。
「京島の壁採集」ワークショップが終わった後、書籍「日本の壁」に和菓子屋のトタンを留めた。ざらざらとした手触りで、切り分ける時に少し指がささくれだった。面影さえない土地を前に、この書籍を持ち続けることが、記憶を繋ぎ止めるせめてもの抵抗になるだろうか。
スペシャルサンクス(トタン提供)
・暇と梅爺株式会社 後藤大輝さん
・電気湯 大久保勝仁さん
・書店ものはいいよう 林光太郎さん
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?