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榴弾砲のキホン・基礎編

榴弾砲(りゅうだんほう)とは、名前の通り「榴弾を発射するための大砲」だ。それでは「榴弾」とはいったい何なのか。

旧ソ連で開発され、ロシア・ウクライナ両軍で使用中のD-30・122mm榴弾砲
引用元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/62/%D0%9C%D0%B5%D0%BC%D0%BE%D1%80%D0%B8%D0%B0%D0%BB_-_%D1%8D%D0%BA%D1%81%D0%BF%D0%BE%D0%B7%D0%B8%D1%86%D0%B8%D1%8F_%D0%B2%D0%BE%D0%B5%D0%BD%D0%BD%D0%BE%D0%B9_%D1%82%D0%B5%D1%85%D0%BD%D0%B8%D0%BA%D0%B8._%D0%90%D1%80%D1%82%D0%B8%D0%BB%D0%BB%D0%B5%D1%80%D0%B8%D1%8F._201206261852_IMAG0522.jpg

 大砲から発射される砲弾のうち、主として相手に直接ダメージを与える目的で発射されるものには大きく分けて2種類あり、一つは戦車やトーチカなど堅固な目標の防御を打ち破るための「徹甲弾」で、もう一つが人間・建物・車両などを目標とするこの記事のテーマとなる「榴弾」である。

▲米軍のM795・155mm榴弾。重量47kgでそのうち10kgは内蔵されたTNT火薬だ
引用元:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/2/24/11th_Marine_Regiment_Desert_Fire_Exercise_130423-M-VH365-119.jpg/800px-11th_Marine_Regiment_Desert_Fire_Exercise_130423-M-VH365-119.jpg?20150326183739

 榴弾は鋼鉄製の弾殻の中に炸薬(砲弾を爆発させるための火薬)が入っている構成だ。着弾すると炸薬の爆発力によって弾殻は破裂し、小銃の弾丸くらい(5gほど)までバラバラになり、鋼鉄の鋭く尖った手裏剣のような小さな破片という、重さはほぼ同じでも小銃の弾丸よりはるかに致命的な物体が散弾銃のように周囲に高速(秒速2000m前後)で飛び散って人馬を殺傷する。一方で炸薬の爆発による爆風(衝撃波)は、一般建造物や非装甲の車両などを破壊する。
 こういった人員・民間を含む非装甲の車両(トラックやジープ含む)・広く一般の建造物など、防御が施されていない目標を「ソフトスキン」という。

 2022年のロシア侵攻以来、ウクライナのゼレンスキー大統領が戦車やF-16などとともに再三にわたり供与を求めている砲弾というのは、じつはこの榴弾砲に用いる榴弾の事だ。戦争を続けるためには、戦車やF-16のような目立つ兵器と同じくらいにこの地味ともいえる榴弾が必要とされている。


▲M777榴弾砲で射撃中の米海兵隊。右から二人目の兵士がひもを引くと発射
引用元:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bundesarchiv_Bild_183-E0406-0022-012,_Sowjetische_Artillerie_vor_Berlin.jpg#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Bundesarchiv_Bild_183-E0406-0022-012,_Sowjetische_Artillerie_vor_Berlin.jpg

 上は榴弾砲の射撃のもようを撮った写真だ。大砲の周りに取り付いている兵士たちをよく見るとある特徴がある。それは:

(1)兵士たちが発射した砲弾の行く末を見ていない
 ゴルゴ13なり次元大介なり、ふつう人が銃を撃つ場合、目標をよく見て狙いをつけるものだが、榴弾砲を取り扱う兵士たちは誰一人として砲弾の行く先を見ていない。
 つまり砲弾の飛んでいく先は他の場所・手段で決められていて、砲身の角度などは無線などで指示される。極端な話、この兵士たちは自分たちが何を狙っているのかすら知らない可能性もある。

(2)大砲の砲身には上向き角が付けられていて、直接目標を狙っていない
 (1)と同様、ふつうなら銃器を発射する際には目標を直接狙って撃つものだが、榴弾砲の場合は砲身が上を向いており、発射された砲弾は野球でいうところのホームランや外野フライのような弓なりな弾道を描く事になり、直接目標を狙っているわけではない。
 この大砲で撃った砲弾がどれくらい飛ぶかは試射などで最初から分かっているので、やみくもに撃っているのでもない。

(3)兵士であるにも関わらず、兵士たちは銃を所持していない
 兵士であるならば、現代だとアサルトライフルを肩に吊っているのが普通だが、そういった武器が見当たらない。彼らは榴弾砲を扱うのに特化した訓練を受けた兵士で「砲兵」と呼ばれ、一般の銃を持った兵士とは役割が異なる集団だ。もちろん一般の兵士と同様に銃を撃つ訓練は一通り受けているが、榴弾砲の操作の邪魔になるのでみんな銃を所持していない(ゲリラや特殊部隊の浸透に備え武装する場合もある)。当然この状態で敵と出会えば全滅は必至なので、砲兵は(つまり榴弾砲は)最前線からは一歩(数~数十km)下がった位置に配置されるのが普通だ。

 このように、榴弾砲の射撃はふつうにイメージする銃器のそれとはややおもむきが異なる。大前提として、弓なりな弾道を描いて飛ばすという事は、直接的な目標への命中はとりあえず問われていないという事だ。
 砲弾の飛んでいく先の近くには無線機を持った友軍の「観測班」が進出しているのがミソで、撃った砲弾がどこに着弾したか(どれくらいズレたか)を報告してくるので、もちろん適当に撃っているわけでもない。


 直接目標に当てる事を目的としていないなら、榴弾砲は何を「仕事」にしているのか。それは「制圧」だ。

 こちらが敵軍に対して攻勢をかけようとした時、ただやみくもに兵員や車両を前進させたら、地雷があったり待ち伏せを食らったり、それこそ敵の榴弾砲(の観測班)に見つかれば砲撃されて、敵に打撃を与える前にこちらが大損害を受けてしまうかもしれない。
 また逆に、敵が攻勢をかけようとして兵員や車両を整列/待機させている事を察知できれば一網打尽にするチャンスだ。それでなくても敵の地上戦力がこちらへ向かって来るのが分かったのならどうにかして勢力を削いでおくべきで、何もせずただ待ち構えるのは得策ではない。

 そういう時、こちらが攻勢をかけるならこれから進軍していくルート上を榴弾砲でしたたかに叩いておき、進軍の障害になりそうな建物を破壊したり、敵の待ち伏せ隊を壊滅させるか最低限でも友軍が十分に接近できるまで銃を撃たせないよう頭を上げさせずにその場で固めておきたい。

 敵が進軍してくるなら、その集団の中に砲弾を撃ち込めば命中→破壊まではさせられなかったとしても、隊形を乱したり進軍速度を鈍らせたりして敵の攻撃力を減殺させる事はできる。うまくタイミングを合わせて敵を味方の最前線の手前で混乱させられれば、反撃のチャンスにもなる。

 そういった、直接命中を狙わず砲弾の雨を降らす事で敵のリズムを崩して──あわよくば混乱させて──やるのが「制圧」だ。

 当然、一門の榴弾砲でポツポツと撃っていてはほとんど効果がないわけで、榴弾砲の数とそこから発射される砲弾の数はなるべく多いに越した事はない。だからゼレンスキー大統領は「弾をくれ」と言っているのだ。
 反対に、ロシアのウクライナ侵攻のような国家が策定した大がかりな作戦ともなれば数千門におよぶ榴弾砲が準備され、進軍前に砲撃が続く時間も数時間から数日に及ぶ場合もある。

▲第二次大戦中、ドイツ軍に向けて砲撃中のソ連軍砲兵
引用元:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bundesarchiv_Bild_183-E0406-0022-012,_Sowjetische_Artillerie_vor_Berlin.jpg#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Bundesarchiv_Bild_183-E0406-0022-012,_Sowjetische_Artillerie_vor_Berlin.jpg

 榴弾砲についてはこの記事を基礎編とし、応用編も書きたいと思っている。

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