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永訣の時刻に

 ただいま、お亡くなりになりました。
 医者が聴診器を外して告げた。
 
 なぜ君はひとりで逝ってしまったんだ……。 
 夫は泣き崩れた。そして妻の躰を強く抱きしめた。
 医者は黙礼すると病室を出ていった。看護師は残り、見守ってくれていた。
 泣き止んでも離そうとはせず、抱いたまま腕をゆっくり擦っている。
 
 深い薫りがする。お香が焚かれたのだ。
 まだ温もりの残る躰からいま魂が離れたのだと告げられたように思った。
 これが死別というものなのか、そんな冷めた思いが浮かぶ。
 夫は静かに躰を起こし、亡き妻の顔を眺めた。
 あれほど苦しんだ人のものとは思えぬ穏やかな表情を浮かべていた。
 
 病室の窓に深い闇が貼りついている。
 なにも見えない。月の光もなくただしんとしている。

 宮沢賢治の「永訣の朝」の詩句が浮かぶ。
 妻は私になにも頼まなかった。
 賢治の妹は、自らの避けがたい死を自覚し、死に逝く前に残される兄の哀しみをいくらかでも軽くさせるために、あのお願いを口にしたのだ。自らの欲求からではなく、残される者のために頼んだのだ……。
 残された者はそれを叶えてやれたことで無念さを軽くさせることができる。
 妹はそれが最後に兄にしてやれるただひとつのことだと思ったのだ。

 死ぬといふいまごろになつて
 わたくしをいつしやうあかるくするために
 こんなさつぱりした雪のひとわんを
 おまへはわたくしにたのんだのだ
 ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
 わたくしもまつすぐにすすんでいくから
    (あめゆじゆとてちてけんじや)
 はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
 おまへはわたくしにたのんだのだ
  銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
 そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
 
 妻はなにも頼まなかった。頼めなかったのだ。
 ただ穏やかな死に顔だけを最後に私に残していってくれた。

         *

永訣の朝

けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう陰惨(いんざん)な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜(じゆんさい)のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀(たうわん)に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系(にさうけい)をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   (うまれでくるたて
     こんどはこたにわりやのごとばかりで
     くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが兜率(とそつ)の天の食(じき)に変(かは)つて
やがてはおまへとみんなとに
聖い資糧をもたらすことを
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ
         (1922・11・27)
                  ――『春と修羅』

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