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妻として、詩友として

 コズエの所属する劇団が福岡公演で採り上げたのが、郷土の高名な詩人が娶った三人の妻の物語。
 最初の妻は奔放で、自由気ままな性格。二番目の妻は、才色兼備。三番目が、良妻賢母型で、一男一女の子を儲けている。
 この『妻として、詩友として』と題した演目は、歌人でもある二人目の妻にスポットを当てた戯曲・演出になっている。コズエは、この主役級の二番目の妻役に抜擢されていた。
 とかく男は、一番目の妻のような、自由奔放で、気まぐれな美女に惚れやすい。魅力に憑りつかれ、振り回されやすい。我を忘れて入れ込んでしまいそうな危険な愛人タイプとでも言おうか。
 で、理想の妻として考えがちなのが、やはり三番目の妻のような、安心して家庭を任せられ、よき母として子どもにも充分な愛情を注ぎ育んでくれる賢母タイプであろう。
 詩人はその最後に娶った妻のおかげで、心身ともに安定した暮らしを手に入れ、詩人としてさらなる輝かしい業績を残した。
 詩人の実弟は語っている。二番目の妻がいてくれたからこそ困窮から脱することができ、羽ばたくことができた、と。礎となってくれた、と。
 彼女は文字通り物心ともに身を捧げる女性だった。生活が苦しいなか自分の着物を売り払い、知人(三番目の妻)に借財するなどまでして支え、詩的影響を与え続けた。
 極貧生活を潜り抜け、まさに報いられんとする矢先に離婚することになる。彼女に不運がつきまとう。復縁を乞うが叶えられず、その後再婚するも破局し、出家後の晩年には精神を患い帰郷する。家人は彼女の存在をもてあまし、座敷奥に閉じ込め、外出を許さなかった。
 彼女が詩人の死を知って、ひとつの歌を残している。  

 ひとときの 君が友とて 生まれ来て
 女のいのち まことささげつ 

 妻としての色合いはなく、詩友として、女としての真心を捧げたと歌っている。
 近親者以外とほぼまみえることなく、詩人の死の四年後、寂しく身も心も衰弱し尽くし、この世を去っている。枕もとには、読み古された、思い出深い詩人の歌集一冊が置かれていたという。

 コズエの演技は、期待を遥かに超えて高く評価され、演劇界にとどまらず世間の喝采を浴びることとなった。仕事のオファーも殺到した。
 次は世界での活躍を、と劇団関係者をはじめ、多くの人が期待を膨らませていたのだが……。


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