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甲子園が春夏ともに中止になりました。

皆さん、こんばんは。

残念ながら中止になってしまいました。

中止になる直前に2つのnoteを書いておりました。

1つは、放映権が無料であること。

もう1つは、そもそもなぜに放映権が無料になっているのか。(歴史を遡るとわかる)

両方とも結局は、スポーツビジネスの根幹とも言える「お金/稼ぐ」についてを記載しております。

夢だけでは食べていけませんし、運営もできません。

何をやるにも「お金」は必要です。

そもそも甲子園は朝日新聞社が新聞を売るための販促(プロモーション)として始まっております。つまりは、お金を稼ぐために始まっているということです。

いつしかアマチュアリズムが強くなり、稼ぐことをやめてしまい、今に至っております。そのプロセスには様々な議論があったのだと思いますので、特に何かを申すこともございません。

アマチュアリズムについては、先ほど私のnoteを引用して頂いた方がいらっしゃったので引用させて頂きます。

ただ全ては、稼げないと始まらないのは、事実です。

プロ野球選手会でも「お金」の会話になっております。

「寄付」を検討とのことです。

もしかしたらそもそも「寄付」は常に募っていても良いのかも知れません。

下記は、団体への寄付ではないですがアメリカの寄付金は、日本の大学の寄付金とは、比にならないほどの寄付金を集めることに成功しております。

日本です。

高校野球にお世話になった関係者は数知れず。

仕組みを構築すれば多額の寄付金が毎年入ってくることが可能かも知れません。(法律などの理解がない中で書いております。仕事が忙しくて調べることを後回しにしております。申し訳ございません)

話しを寄付からスポーツビジネス、スポーツの産業化に戻します。

いつしかこのモンスター級のコンテンツがスポーツの産業化として、新しく生まれ変わることがあれば、それはそれでわたくしは、そんな未来がみてみたいとも思います。

もしかしたらNCAAのように高校野球ではなく、大学野球で実現されるかも知れません。その場合、NBAのように高校生から直接ドラフトにかかることができない。などのルールをNPBが設けないといけないかも知れません。

何かをおこすことは大変な作業であり、パワーがいります。

これを機に「何かが起こる」ことを期待してしまう自分がいます。

私自身は、甲子園を目標にするような高校で無かったですがそれでも「最後の夏」への想いは少なからずありました。それは試合に勝つこともそうですが2年半一緒に時間を過ごしてきた仲間との時間を「試合」で終わらすことであったかと思います。

強い弱いとかは関係なく様々な想いがある。

17歳~18歳の子がこの現実を直ぐに「はい。わかりました」とはいかないとも思います。本当にかける言葉がないというのはこのような時なのだと思いました。選手へ私みたいな人間がかける言葉はないですが日大三高の小倉監督の言葉には共感する部分があります。

全文です

今日、どんな結果になろうとも、選手たちに伝えたい思いはただひとつ。今もそしてこれからも、一生懸命だぞ、ということ。君たちがやってきたことは絶対にプラスになるんだってことを話したい。

大会開催の可否で、気持ちが揺れ動いていることだろう。もし、中止になったら…。自分がやってきたことは、意味のないことなのかな? いいや、そんなことは絶対にない。小さい頃から、甲子園出場を目標に野球に打ち込んできた君たちにとって、きっと目の前の目標がパッと消えて、何に向かって歩いていいのか、分からなくなるかもしれない。でも、大会があってもなくても、甲子園を目指して頑張ってきた日々は、みんなの人生のプラスになるんだ。

自分は関東第一で監督をしてから、1度、野球を離れた時期があった。その時も、いつかもう1度、高校野球の現場に戻りたいという思いだけは持ち続け、今がある。そう、人生はあきらめちゃダメなんだ。どういう結果になろうとも、今こそ、勇気を持って前向きに1歩前に出る。今日は、そんな大切な日になるはず。指導者としては、選手と同じ目線に立ち、同じ気持ち、飾らない言葉で声をかけてあげたいと思う。

今、大事なことは、選手たちの将来。そして命をどう守るのか。選手たちは元気でも、その後ろには家族がいる。どこで感染するか予想ができないことも、考えなくてはいけなくて本当に難しい。命ばかりでなく、こうして子供たちの希望も奪う。見えない敵との闘い。コロナ…本当に…憎い。

先日、日大三野球部では授業で使っているオンライン会議システム「Zoom」を使って、1年生の自己紹介をして2、3年生と顔合わせをした。新入部員たちは、皆、口々に「日本一になるためにここに来ました」と元気に話してくれた。2、3年生も「うちは上下関係がないから、安心して。一緒に野球をしよう!」と1年生に語りかけてくれた。みんなと早く練習をしたい。思い切り練習させてあげたい。そんな思いにさせられた。だから、チームが再開した時には、いい顔をしてグラウンドに集まってくれ、と話をしたばかりだ。今日、どんな結果になっても、選手たちとはいい顔で、ともに汗を流したこのグラウンドで会いたい。そう願っている。

人生は長いです。

でも今は受け入れられなくて良いと思います。

大人が改革をする時です。

なんか兄貴もコメントだしていたので貼っておきます。

正直、開幕の3カ月前の決定は早すぎるという思いはありますが、中止という重い決断をされた日本高野連、主催者の方々は、議論を尽くされた上での決定だと思います。

決断をもっと遅らせることも出来たのかもしれませんが、「夏の甲子園」と代表校決定の「地方大会」はセットでしょうし、学校自体が再開されていない現状では仕方がない事だと思います。

センバツに続き、夏の甲子園の開催が無くなった事。もし、自分がその立場に身を置いた事を考えると選手の皆さんに掛ける言葉は正直、見当たりません。本当の苦しさは当事者にしか分からないですから。事実をどう受け止め、次に向かうかという問いに答えも見つかりません。甲子園というものは、それだけ大きな存在です。

ただ、選手の心に寄り添い、アイデアを出し、実行することは大人に出来ます。「出来ない」ことを決めるだけではなく、「出来ることは何か…」を考える。従来の形の地方大会でなくとも、仲間と積み上げた日々を証明する舞台を用意してもらいたいです。

今、ラグビー界では高校3年生の選手支援へ、プレー動画をSNSで拡散する「#ラグビーを止めるな2020」のプロジェクトが話題を呼んでいると聞きます。選手個々や、学校が独自で発信することがルール上難しいのであれば、例えば各都道府県の高野連が許可した上で各学校から送られた動画をのせる。投手ならブルペン投球、野手なら打撃練習、紅白戦の様子でもいいと思います。

球場を使えず、移動のリスクがあるならば、学校のグラウンドでの取り組みを「インターネット上のグラウンド」で紹介することは出来ないでしょうか。地方大会を見ることも出来ないプロ、大学、社会人の関係者も目にすることが出来るかもしれません。

これは1つのアイデアであり、本当にちっぽけなことです。願わくば、新型コロナウイルスの感染が終息し、選手たちが1試合でも多くプレー出来ることを祈るだけです。

読了ありがとうございました。

松坂恭平

note継続109日目/133記事目


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