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菌糸瓶に足りないのは発酵 - 2

 画像や動画から匂いが感じられるような技術は未開発ですから、こうして文語表現で何とかせざるを得ないわけですが、本当に、腐朽材から発散されるあの香りを一度嗅いだら、忘れられないと思います。それくらい芳醇で濃密なのです。そんな香りが枯れ木の中からしてくるなんぞ、思いも寄らぬことでした。そして、それが酵母菌による発酵臭なのだと確信できるにはかなりの時間を要しましたが、今や、わたしの手元にはその証拠である、単離培養液があります——ワイルド・オオクワガタ共生酵母菌(京極株)——です。

誤解、不理解、無理解

「オオクワガタ幼虫の居る材は発酵している——て、どういうことやねん?!」 
 と、前回の投稿記事を読んで、疑問と怒りがごった煮になってイラっとされた方が居られたかどうかわかりませんが、これを上手くシンプルに平易に解説するにはどうしたものかと頭を悩まして考えはしてみたのです。しかし結局は、文章での表現の制約上、ある程度は回りくどくなってしまうのは仕方がないと諦めました。
 それと、大凡、科学的な解説、論文というのはですね、そもそも文学的な素養に欠けた人が書いているとしか思えないような文章表現であったり、文語的表現に誤りが多かったりして読み難いし、結果、理解し辛いものが多いのですよね。なので、文学的なアプローチで以ってわたしは突き進めていきたいと思います。あくまで読者有りきの読み物として、面白味があって読んで楽しめる内容にしたいという思いを常に持って記事の執筆に励んでおりますので、その点は強調しておきたいと思います。急がば回れ、です。

 さて、発酵について、みなさんはどう理解されていますでしょうか? これも、ちゃんと一から解説しだすとかなりの長文になってしまいますので、ここは適当に端折らせていただきますが、簡単に括ってしまいますと、

  • 発酵 = 有機化合物(グルコース)の分解

  • 腐敗 = 有機窒素化合物(タンパク質)の分解

ということになります。
 早い話が、これは文語的表現による違いなだけであって、発酵というのは我々、人にとって、主には食用加工として有用なものが多いのですが、腐敗に至ればその殆どが有害であるということです。
 また、何れも分解に酸素は利用されないのですが、分解者である微生物の種類によって、好気性と嫌気性菌が居ます。ここも誤解を招きやすい点なので覚えておくとよいと思います。

クワガタ用発酵マットとは?

 そして、みなさんが面白味を無くされてしまう前に、ここで早々にクワガタ関連に話を繋げますと、クワガタ・ブリーダー界隈では、発酵といえば「マット」を思い浮かばせる方が殆どではないでしょうか。実際、「発酵マット」と、商品名としても付記されていたり、そう呼ばれていたりもしますしね。この「発酵マット」、その文語的定義はさて置くとして、実質的にはこれ、有機農業の世界では「ぼかし堆肥」と呼ばれるものとほぼ同じ物なんですよね。菌床・菌糸瓶だけでなく、実は、クワガタ飼育資材というのは、その殆どが実は農産物資材の転用品に過ぎないという業界裏話でもあるわけで、発酵マットに関しては、わたしとしてはそういう理解でこの先も話を進めさせていただきます。まあ、発酵マットで大きくなる種のクワガタ用に販売されている市販発酵マットは、実は有機肥料の「ぼかし」だったというオチなんですが、一般ブリーダーさまに於かれましては「知らぬが仏」ということもありますでしょうか。
 クワガタ用にマットを自作されたことがある方なら経験済みだと思うんですが、発酵マット製作に必要な最低限の材料は、容器、オガコ(炭素)(*樹種は針葉樹でも可)、水(塩素を含まない水を推奨)。あとは、大気の下、環境温度さえ最適であれば、これだけの材料をあとは攪拌するだけで即、発酵が開始されるのをご存知だと思います。
 しかし、この中には発酵に最も必要な材料が一つ欠けています。はい、微生物 = 菌です(*栄養素も足りないとのご指摘もあろうかと思いますが、それは高活性が必要な場合であって、発酵の開始自体には必ずしも必要はありません)。ところが、もう既に入っているんですよ、菌は。何故なら、大気中に自由に浮遊しているからです。当然ながら、高栄養価のマットを製作する場合、これらの材料を更に吟味して窒素源となる栄養素を付加するなどの工夫が必要になります。但し、あくまで原則的には必要最低限の材料はこれで完結できるということです。実際、わたしはこの方法で過去にカブトムシ用の発酵マットを作った経験がございまして、見事に発酵しました。しかも、ヒノキのオガを使用しました。
 この自然発酵法の場合の発酵菌なのですが、上記のように種菌を一切使用せずに自然発酵させる場合は、正確な特定はできませんが、おそらくは大気中に浮遊の納豆菌の侵入によって発酵が開始されるのだと思われます。納豆菌というのは大抵の日本家屋には常在菌として多く浮遊していると言われていて、活性能が高く、非常に強いんですよね。なので、水道水でも難なく増殖すると思われます。実際、有機ぼかし作りに於いても常用されている菌でもあります。自然発酵した場合、納豆菌が少なくともスターター菌だったと考えられるかと思います。

 菌種   活性温度帯  分解質      特性     最適pH値

  • 納豆菌  40 - 45℃  炭素、窒素    好気性    6.6 - 7.4

  • 乳酸菌  20 - 43℃  ブドウ糖、糖質  通性嫌気性  5.0 - 8.0

  • 酵母菌  15 - 28℃  糖類       通性嫌気性  4.0 - 4.5

上に、だいたい発酵に使用される最もメジャーな菌種の特徴を挙げておきました。

市販発酵マットにはオオクワガタ共生酵母菌は生きて居ません

 「ぼかし」も「クワガタ用発酵マット」も、スターターが納豆菌などの菌種の場合、好気発酵なので発熱します。最高は60℃を超えることもあるくらいで、それが落ち着くと、脱水して発酵が止まります。よく、一次発酵であったり、二次発酵であったり、もっと更に発酵を繰り返されることもありますが、これはですね、栄養素と水分を再度加えて攪拌することで、菌を活動させて再発酵させる操作のことで、これを「切り返し」と呼ばれます。それによって分解が更に進み、徐々に培地(マット)のC/N比が低くなってゆきます。つまり、高栄養価となってゆきます。クワガタブリーダー界隈的には、この仕上がり発酵熟成程度(C/N比)によって個体種の適正を見極めることが重要な飼育テクニックになっているようです。
 賢明な方ならばもうお解りでしょうか。がしかし、このような発酵マットにはオオクワガタ由来の共生酵母菌は生きて存在して居ません。居ると主張されている業者さんもいらっしゃるようですが、恥ずかしや、その方は非常に無知なようです。何故かと言いますと、酵母菌は40℃以上の環境下では死滅するからです。つまり、上記のような好気発酵操作に酵母菌は耐えられないのです。これだけでも、本来、オオクワガタは市販品発酵マット飼育には適していない種であることが理解されようかと思います。

「ちょっと待て。あんた、天然のオオクワガタ材は発酵してるって言ってたよね?」
 はい、申しましたとも。
 その続きは、また次回に有料で(笑)。

(続く)

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