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J2視覚化計画2023〈第38節〉

#J2視覚化計画2023

◎今節のアナリスト◎荘家久 まどか

※これまでのお話はこちら

第四章 エスパ・ルース

今も時々閃光のようにあの日の出来事が蘇ってきて寝付けなくなることがある。
不覚だった。あの日――ちょうど1年ほど前の10月、終了間際に痛恨の一撃を浴びてしまい、宿敵・ジュビリーと引き分けてしまった実技課題のことだ。あそこでフワッと気を抜いてしまわず、1ポイントリードのまま勝ちきっていればオレは王立高等第1学院から落第などしなかったはずなのだ。あの時、古川の鏡に惑わされてズバッとジャメ刀を入れられた右脇腹が、今もときどき痛む。

「ジュビリー家にだけは負けてはならぬ」。これはエスパ家代々の鉄の掟だ。30年前、“王国”と名高いシゾーカ地方を背負って立っていたのはオレの家なのだ。当時庶民の出ながら名門貴紳ひしめく「オリジナル10」に選出されたエリートなのだ。ジュビリー家は名門だったが、少しだけ入学が遅れた。その差は大きい。誇り高き王国の戦士として、オレは育てられた。

去年夏からオレを教えてくれていたゼリカ先生という家庭教師は、世界の王国・ブラジウの出身で、規律正しい紳士だった。就任するやいなや魔法のように勝ちはじめ、誰もが「エスパは高等第1学院に残留するだろう」と言ってくれていた。オレもそう思っていた。しかし9月になると勝てなくなり、ついに一度も勝てないまま落第した。最初から低迷していたジュビリーのヤツも一緒だった。

今年、オレは燃えていた。ゼリカ先生と一緒に中等第2学院を勝ち抜こう、と。サンタナ・ソードやゴンダ・アーマー、そして乾者の杖(けんじゃのつえ)など、ワールドレベルの装備もそのままだ。
ところが、蓋を開けてみると中等第2学院でも全然勝てなかった。3月にはジュビリーとの1度目の実技課題があったが、これも痛み分け。その後も勝てないまま、ゼリカ先生は免職となった。

執事の大熊が後任に選んだのは、アシスタントの秋葉だった。暑苦しさを丸めて手と足を付けたような男だが、話しやすい男だ。秋葉は、とにかく素晴らしい武器持っているのだから思いっきり振り回せと言う。攻撃を受けてもゴンダ・アーマーやオシノリの盾は硬くてダメージは少ないから、乾者の杖の導きに従ってひたすら攻撃しろ、と。何よりとにかくオレを褒めてくれる人だ。勝てば「This is エスパ!」と人前でも絶賛してくれる。ちょっと小っ恥ずかしいが、悪い気はしない。結果が出なければオレ以上に悔しがってくれるし、怒りをぶつけてくれる。そんな秋葉の姿を見ると気持ちもノッてくる。いつしかオレは秋葉と一緒に王立高等第1学院に行きたいと思うようになった。この人の笑顔をたくさん見たいと思うようになった。

第五章 ジュビリー再び

8月、首席ゼルビアンカとの“天空の決闘”に敗れた翌週のこと。ジュビリーは甲斐の武どう家・ワンフォーレとの実技には何とか勝ちきったが、他会場の速報を見て少し顔をしかめてしまった。「エスパが首席ゼルビアンカを下した」という。それは大きなニュースとして中等第2学院を駆け巡った。しかもゼルビアンカ自慢のエリックの槍が壊れてしまったという。エスパはあたしより順位は下だったけれど、いずれは倒さねばならない相手になるだろう。それは、あたしに課せられた運命なのだ。

今年は猛暑がいつまでも続いた。身体に溜まった疲れがなかなか抜けない自覚はあった。翌週、中位のジェフユナイトに前半から3ポイント奪われ、不覚を取ってしまった。武器・防具も消耗し、魔力を回復させる魔法石も手に入れられず、なかなか勝ちが拾えぬ日々が続く。だけど、家庭教師の横内はそんなに焦ってはいないようだ。王立高等第1学院を目指す首席争いは終盤を迎えているが、エリックの槍を失ったゼルビアンカにもひとときの勢いはない。次席の座は負け無しで調子を上げたエスパに明け渡してしまったが、エスパとの直接対決であたし自身が引きずり下ろせばいい。そのためにも、夏から引きずる疲れと、軽い不調を回復せねばならない。

「エスパがマイちゃんに敗れた!!」という驚くべき一報が舞い込んできたのは、上位にいるヴィヴィ・ファーレと組まれた実技前日のことだった。あたしやエスパと同じシゾーカ地方から現れた新入生のマイ・エフ・フジェーダが正面から堂々たる戦いを挑み、14戦負け無しだったエスパを叩きのめしたのだという。中等第2学院といえど厳しい世界だ。名門家を受け継ぐあたしは、追われる立場の苦しみをよく知っている。気は抜けない。

あたしはヴィヴィ・ファーレとの一戦に勝利した。横内の指示は「剛刀・フアン魔剣を抑えること」。粘り強く守りながら隙を突いて戦う夏前の感覚が戻ってきたような気がする。そしてマイちゃんに敗れたエスパから次席の座も奪い返した。
試合後、一通のレターが届いた。「ジュビリー、お前を倒すためにこれから1週間力を蓄えるから。首を洗って待っておけ」。果たし状とおぼしきレターの殴り書きの字は忘れもしない。幼い頃から一緒に遊び、何度も喧嘩をしてきたエスパの字だった。

第六章 秋風日本平

「この実技課題を制した者が高等第1学院に上がるだろう」。そんなことを囁く評論家もいた。エスパ・ルースとジュビリー、同郷の宿敵が昇格を賭けて相まみえる“シゾーカ・ダービー”の日を迎えた。舞台となる日本平闘技場は、開始何時間も前から両陣営の支持者が集まり、異様な熱気に包まれていた。

秋晴れの闘技場に詰めかけたエスパを支持するオレンジ色の観衆とジュビリーを支持するサックスブルーの観衆は、満員の18,871人。決戦は鍔迫り合いから始まった。お互いに守備への意識が強い。この一戦の持つ重みがそうさせたのだろう。それでもジュビリーは一瞬の隙を突いて自慢のジャメ刀抜いた。鮮やかな太刀捌きだったが、惜しくもエスパの脇腹を掠めた。
事なきをえたエスパはサンタナ・ソードを振り回して反撃するも、決定打には至らない。エスパが押し込みきれなかったと思った瞬間、左手に掲げた乾者の杖が輝き、ジュビリーを刺し貫く魔法の一閃を放った。闘技場がオレンジ色に揺れた。1ポイント先制だ。

前半をビハインドで終えても、ジュビリーは冷静だった。「ダービーといえど残り5試合の1試合。いつも通りで」が横内の教えだった。一方、エスパは滾っていた。「ダービーは特別。負けてアホになるか、勝って英雄になるか」と嘯いた秋葉の言葉に胸が震え続けている。
後半、追うジュビリーはジャメ刀を構えて攻勢に出るものの、エスパの守りは粘り強く隙がなく、容易には崩れない。繰り出す攻撃のほとんどが、オシノリの盾によって防がれている気がした。「冷静に。いつも通り…」ジュビリーはゼルビアンカとの“天空の決戦”の時のように飛ばしすぎず、残り時間でいつかはやって来る好機を待ち続けた。
エスパは、本心ではさらなる攻撃に出たかった。それが秋葉から叩き込まれたポリシーだ。だが秋葉は途中から5枚の防具を装着するように指示を出す。ジュビリーは切り札・若後刀で渾身の一撃を繰り出すが、エスパは寸前で耐えた。終盤にさしかかるところで、ジュビリーが怒涛の連続攻撃。ここでジュビリーはヤットの腕輪を装着し、攻撃の精度を上げる。6連続だったか、7連続だったか。それでもエスパの集中力は途切れなかった。

実技終了を告げる笛が秋空に響く。ジュビリーは1年前のように土壇場で追いくことはできなかった。この一戦に賭ける気持ちが足りなかったとは思いたくないが、エスパ陣営を指揮する秋葉のガッツポーズと咆吼をみると、熱量の差は感じてしまう。日月星の紋章が墜ち、吹き抜ける秋風が身に沁みる。

エスパは、喜びに沸くオレンジの観衆と一緒に勝利のラインダンスを踊る秋葉を横目に見やり、やはりこの男と共に高等第1学院に上がりたいという思いを強くした。それと同時に、秋葉が実技後のインタビューで振り切れるほどには興奮していなかったのが少し不満だった。オレは勝ってアホになる秋葉サンが見たいんだ。アホみたいに喜ぶ坊主頭の秋葉サンの顔を。だから勝ち続けたい。秋葉がクレイジーに沸騰する姿を全国民に見せてやりたい。「This is 沸騰坊主!!」


エスパ・ルース、ジュビリー、そしてゼルビアンカ。彼らの物語はどこまで続くのだろう。次なる舞台・高等第1学院には誰が進学できるのだろうか。
中等第2学院にはまだ、黎明の栄光を知る緑の騎士・ヴェルデや、雌伏の時を過ごす犬士(けんし)・ジェフユナイトといった「オリジナル10」として長い長い物語を紡いできた英雄たちもいる。

今年の物語の結末は、もうすぐやってくる。それでも、物語は続いていく。この物語はきっと100年先も続いていく。

《完》

荘家久 まどか(しょうかく・まどか)
1996年島根県生まれ。報われない者がもがく文学作品をこよなく愛す。陽キャは苦手。座右の銘は「犬が2部向きゃ尾は1部。昇格まだか?」


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