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J2視覚化計画2023〈第30節〉

#J2視覚化計画2023

◎今節のアナリスト◎荘家久 まどか

第一章 ゼルビアンカ

あの男が私の父親になってから4年が経った。
一代で成り上がったIT経営者の彼は、「この子には西洋暦2021年には王立高等第1学院に進級、2024年には第1学院の首席を取らせますよ」などという野望を衆前で発表して、失笑を買った。ゼルビアンカという名前も、何ちゃらトーキョーに変えられそうになったことも覚えている。それは、支持者の反対で取り止めになった。

※画像はイメージです。

私の家は急にお金持ちになった。だれど私の成績はそんなに上がることもなく、相変わらず王立中等第2学院にいる。いい武器や防具も買い与えてもらったけれど、実技では勝てず、去年は22人中15位という凡庸な成績で終えてしまった。私は、あの男のことを怨んだ。高等第1学院になど合格できるわけがない。家庭教師のポポヴィッチ先生のことも好きだったけど、あの男はポポ先生も交代させた。やってきたのは、黒田とかいう田舎の教師だった。

「わっ!それすごい槍じゃん!昔、鴎の勇者マリー・ノースが使ってたやつだよ?ゼルビアンカで使いこなせるの?」
同級生のアルディアが羨望とも揶揄ともつかぬ言葉を投げ掛けた。今年、あの男はすごい武器を買い与えてくれた。かつて鴎の勇者が使っていたという“魔槍エリック”の切れ味は凄まじく、だいたいひと突きで相手を倒せた。他にもたくさんの新しい剣や防具が私のために用意された。それらは、執事の原という男が調達してくるらしい。
家庭教師の黒田からは、強い武器を装備して使いこなすための筋力トレーニングを課せられたが、小難しい呪文は覚えなくていいと言われた。ただし、間合いを詰める圧力のかけ方と防御の方法は入念に仕込まれた。黒田は私のために、とにかく実技で勝つためのドリルを作り、私はそれを必死で覚えた。そうして半年が経った今、中等第2学院の首席に座っている。

急に目立つ存在になったからだろうか、「あれだけ凄い武器を持ってればそりゃ強いよね…」などと陰口を叩かれるようになった。相手を身動きさせないほどに圧力をかけて、魔槍エリックを鋭く振り回すだけの根性と体力があなたたちにはあるの?と思ったけれど、私は言わない。私は強くなったから、何を言われても気にならない。あの男が口にしていた高等第1学院への進学はすぐそこに迫っているのだ。

次の実技課題の相手は、名門家出身のジュビリーさんだ。ジュビリーさんに勝てば、高等第1学院への進学は揺るぎないものにできるだろう。もしいい結果が出たならば、私はあの男に初めて感謝の言葉を伝えてもいいかも、と思ったりした。

第二章 ジュビリー

あたしは去年、王立高等第1学院を最下位で落第してしまった。「また中等第2学院なの?あなたの母親は王国の最高峰を何度も制覇したこともあるのに」と親戚から嫌味を言われることにもそろそろ慣れた。中等第2学院には、絶対に負けたくない相手がいる。同郷の幼馴染みで、一緒に落第したエスパ・ルースだ。今年の中等第2学院では、エスパの力が飛び抜けているだろうというのが衆目の一致するところだった。あたしの方はといえば、そんな期待をかけられることもなかった。それというのも、去年執事の鈴木が買ってきた“ファビアンの剣”に呪いがかかっていたらしく、今年の武器・防具等装備一式の購入禁止のペナルティが科せられた。そりゃ下馬評は低くなる。でも見ていろよ、と思った。

新しい家庭教師の横内という男は、かつて王立選抜軍の補佐官をやっていたらしい。「新しい武器が買えないのなら、素手での打撃や体術を学べばいい」と言いながら、古い武器を磨いて手入れしていた。職人みたいな家庭教師だ。魔法石の補充もできないため、覚えられる呪文も限られていたが、横内は「回復呪文」と「増幅魔法」を教えてくれた。小まめに自己回復を当てつつ、手持ちの武器にバフをかけて斬り込むのだ。徐々に武器と素手での格闘を使い分けながら勝つことが身についた。

いつしか席順は、大きな武器を振り回すことに悪戦苦闘していたエスパよりも上になり、「ジュビリーは負けない子になった」と校長先生からも褒めてもらえるようになった。自分でも、攻守に器用に魔法を使いこなして圧倒的強さを誇った魔導士の母とは違うタイプになったと思っている。それでも、1年で高等第1学院復帰を目指せる位置まできている。

次の実技の相手は、首席のゼルビアンカだ。首席独走に待ったをかけて進級レースを面白くするのは、名門家を受け継ぐあたしの使命だと思う。何より、ここで敗れてしまえば宿敵エスパが次席の座に迫ってくることになるのだ。

第三章 天空の決戦

首席ゼルビアンカと次席ジュビリーの頂上決戦とあって、山の上の町田天空闘技場には歴代最高1万1918人の観衆が詰めかけた。ゼルビアンカはいつものディープブルーの鎧、ジュビリーはゴールドのクロスを纏って入場。闘技場に炎が噴き上がり、決戦ムードが盛り上がる。

頂上決戦の火蓋が落とされた。序盤から両者は高い強度で拮抗したまま、ジリジリとした鍔迫り合いが続く。強い圧力で相手の身動きを封じるのがゼルビアンカの持ち味だが、むしろ逆にジュビリーの方がゼルビアンカの自由を奪わんばかりの圧力を見せていた。ゼルビアンカは窮屈なまま、自慢のエリックの槍を振るう隙もない。時折攻撃を繰り出せたのはジュビリーだったが、ジャメ刀や短刀金子丸がゼルビアンカ自慢の鎧を刺し貫くまではいかない。

どちらかといえば優勢に見えていたジュビリーだったが、それは前半終了近くの一瞬の隙だった。ゼルビアンカが繰り出す藤尾ノ剣を受け止められず、ペナルティを与えてポイントを奪われた。

ハーフタイム、ゼルビアンカは黒田から「相手の前目に出てきたら、背後を藤尾ノ剣で突いていけ」と指示をもらった。後半開始直後、ジュビリーは飛び道具の鎖鎌ドゥドゥーで切れ味鋭い一撃を繰り出したが、決まらず。ジュビリーはポイントを取り返そうと前に出た。黒田の言う通りだった。そこを藤尾ノ剣で鋭く突いて、再びペナルティ。藤尾ノ剣の切れ味は日に日に鋭くなっている。桜の剣士・セレスさんからの借りものだが、できれば返したくないな、ゼルビアンカは思った。

ジュビリーは前半に圧力をかけるために飛ばしすぎたのかもしれない。2ポイントを追わねばならぬが、もうペースが上がらない。横内は打てる手を打ったが、逆にゼルビアンカの方の圧力は一向に落ちてこない。ジュビリーは後半途中、他会場でエスパがリードを奪ったとの一報を耳にした。全身に疲労がまとわりついて、鉛のように重くなる感覚に陥った。

終盤、ゼルビアンカはもう自分のペースに持ち込めていることを悟っていた。何度か追加ポイントを奪うチャンスもあった。強敵・ジュビリーを負かせて、私は中等第2学院のチャンピオンになれるのだと思った。4年前、野望を語って失笑を買ったあの男の顔が、少しだけ頭を横切った。

それでもジュビリーは諦めなかった。終了間際、若後刀を振るってゼルビアンカに迫り、そして電光石火で松后槍を繰り出す一撃を決めた。実技には敗れたものの、意地と誇りを賭けたポイント奪取だった。他会場ではエスパが勝ったらしい。ゼルビアンカにはもう届かなくなったかもしれないが、最後の進級の座を賭けて戦う相手は、やはりこの同郷の宿敵になるのだろう。

「おめでとう、ゼルビアンカ。強くなったね。次も勝って…」
歓声に応えながら場内を回るゼルビアンカに向けて、ジュビリーは聞こえないほどの小さな声で呟いた。

勝者として天空闘技場の歓声を浴びながら、ゼルビアンカはあの男のことを思っていた。このあと、あの男 ―藤田― に会いに行こう。私は彼を何と呼べばいいのだろうか。「お父さん」だろうか。「パパ」だろうか。ふとジュビリーの方を見ると、口元が「…パ」と動いていた気がした。「パパって呼ぶのは照れくさいな」と思った。

ジュビリーが口にしていたのは、ゼルビアンカの次の対戦相手の名前「エスパ」だった。次の実技ではエスパとゼルビアンカの対戦が待っているのだ。

荘家久 まどか(しょうかく・まどか)
1996年島根県生まれ。報われない者がもがく文学作品をこよなく愛す。陽キャは苦手。座右の銘は「犬が2部向きゃ尾は1部。昇格まだか?」

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