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2022京都サンガF.C.シーズンレビュー~到達地点=36~

全力を尽くして到達した3.5km

※以下連続テレビ小説『舞いあがれ!』のネタバレを含みます。

先週の『舞いあがれ!』では、主人公・舞ちゃんが浪速大学の人力飛行機サークル「なにわバードマン」のパイロットとして記録飛行本番に挑む話が描かれた。

舞ちゃんは1回生で、ペダルを漕ぐ運動は未経験者。それでも設計担当・刈谷先輩(3回生)は、「女性パイロットの世界記録15.44km」を狙える飛行機にしちゃる!と博多弁で言い放ち、部員たちもそこに目標を定め、思いを一つに人力飛行機・スワン号を作り上げた。

水曜の回でスワン号は琵琶湖に飛び立った。15分の放送時間うち、約8分間舞ちゃんはペダルを回し続けた。スワン号をボートで追った由良先輩(2回生)曰く、飛行時間は10分で、記録は3.5km。世界記録には及ばなかった。その瞬間、がっくり首を落とす部員たちの姿も。もちろん舞ちゃんも悔しがったが、視聴者もなにわバードマンたちと同じ気持ちを共有した。

しかし刈谷先輩は、真っ先に舞ちゃんを讃えたのである。目標は目標、現実は現実という割り切りが心地良い(そして熱かった)。他の部員たちも帰還した舞ちゃんを讃える。

このドラマでは挑戦に至るまでの積み重ねが丁寧に描かれてきたため、「この結果は、全員が各自の持ち場で全力を出し切った末の数字だ」ということが伝わった。だから観ている方も記録だけでは表せない達成感を味わうことができたのだ。

世界記録15.44Kmに対し、テストフライトに失敗した所から素人パイロットを速成しつつ大学生が全力を尽くして到達できたのが3.5kmというのは、なかなか絶妙なラインだったと思う。

全力を尽くして到達した勝点36

さて、本題。12年ぶりにJ1に昇格した京都サンガF.C.が復帰1年目で到達できた勝点は36(16位)だった。正直な話、開幕前、J2から大きく陣容を変えなかったチームが全力を尽くして届きそうな勝点は「試合数×1」=「34」程度かと考えていた。もし、いい風をもらえれば40くらいまでは届くか…くらいと。

「34」は終わってみれば自動降格は免れた数字である。それを上回る「36」を取れたのは、自分が想定していたよりもちょっとだけ良い。最後はJ2との参入プレーオフ決定戦には回ることになってしまったが、「全力を尽くして到達できる勝点」でシーズンを終えられたこと自体は讃えるべき結果であろう。

何より今季、このチームにとっていい風は吹いていなかったと思うから。

横風を受けて急降下

思えば序盤~前半戦はそれなりに順調だった。エース・ピーターウタカはJ1でも十分通用する活躍ぶりだったし、昨年J2を戦っていた面々が主軸のままでも「強度」や「運動量」の面ではJ1チームを凌駕することもあった

走行距離で相手を下回った4試合のうち、磐田戦は上福元(DOGSO)、湘南戦は麻田(DOGSO)、ガンバ戦は金子(イエロー2枚)で退場あり。横浜FM戦は0.2kmの僅差。相対的に走り負けたゲームはほとんどない。

しかし7月、J1の空をうまく飛べていたチームを大きく揺さぶる横風に見舞われた。7月後半、流行病の陽性者は20人を超え、そこを境にしてチームのコンディションは急降下。使える人数が限られる中で試合をこなしていく「無理」がしわ寄せとなって疲労も蓄積。心身共にリカバリーできない状態に陥ったことは、走力やハードワークを武器とするチームにとっては痛恨だった。

変則日程で流れに乗れず

合わせて、J1特有の変則的な日程にも上手く対応できなかった。国際マッチウィークやルヴァンカップのため試合無しの週があったり、ACL対応日程のためにズレている節があったり。

そこに台風による試合延期が重なって、3週間試合無し(8月後半)→1試合(●)→5連戦(9月前半○-[○]-△-●-●)→2週空いて→4連戦(10月前半○-[▲]-△-●)→2週空いて、ようやく週1試合の日程に戻った時にはもうシーズンは終わりだった。

天皇杯に勝ち残っていたことで連戦になったという面もある。もし25節の川崎戦が台風で延期になっていなければ、天皇杯準決勝は主力で臨んでいただろう。

また、今季初めて実戦配置されたVARとの相性も悪かった。VARが入るたびに良くない判定に転がっていた気もするが(慣れなければならない)。様々な要因が重なって、チームを浮上させる風は吹いてくれなかった。

気になった中盤のエンジン出力低下

チームを襲った7~8月のコンディション不良続出から、エース・ウタカは絶不調に陥り、得点を奪う力が激減。ウタカの代わりを用意できていなかったことが後半戦低迷の大きな要因だが、もうひとつ気になったのは中盤3人の疲弊ぶりだ。

中盤の3人(松田天馬・武田将平・川﨑颯太)去年からこのチームのエンジンで、松田を前線で使う時には福岡慎平、パワー対策をしたい時には三沢直人を入れて回していた。

ところが今季は開幕前から三沢を怪我で欠き、新加入の金子大毅はフィットに時間がかかり、川﨑は夏前から怪我を抱え、武田も試合中に脳震盪を含めた負傷を繰り返す。福岡は8月以降チームが最も苦しい時期に踏ん張っていたが、その分終盤の疲弊も大きかったように見えた。松田は手薄な前線に回さざるをえなかった。

エンジンの出力量が低下し、チーム全体として後ろ向きにバランスをシフト(途中から5バック、最初から3バックなど)せざるをえなかったのは、「残留」という現実と向き合った末の致し方のない判断だったと思う。

今季成長できたか?

勝った・負けたという結果やそれらを積算した勝点以上に、個人的に価値があると思うのが「チーム(あるいは個人)が成長したかどうか?」である。昨年は、曺貴裁監督が就任してチーム全体としても個人としても大きく成長を実感できたシーズンだった。

《熊本戦後の監督コメント》
確実に言えるのは、J1は選手を伸ばすことができるリーグですし、選手の価値を上げることができるリーグということ。その中で、サッカーの質が伴うようになれば、若い選手でも経験のある選手でも、今までやったことのないプレーが身につき、さらに今まで自分がやってきたことがもっと磨かれていくと考えています。今日、ソウタ(川﨑颯太選手)がミドルシュートを打っていましたが、2年前だとあそこでボールを下げていました。シュートが入ればなお良いですが、あそこまで踏み込んでシュートに持ち込む、リスクを背負って入っていくプレーをどれだけできるかが大切です。我々はそのための練習しかしていないと言っても過言ではありません。フットボールをするのは人間ですから、やはり選手が自分のプレー範囲を広げ、自分のプレーが伸びていることを自分自身が実感することが必要だと考えています。皆、成長したと思います

J1参入プレーオフ決定戦 監督コメント より

監督はこんなふうに言うが、「成長したか?」と問われれば、多少物足りなさも感じている。たとえば今季も主力だった川﨑と福岡の2人は、他のJ1クラブでレギュラーになれるほどのレベルに到達しているだろうか?相手が警戒するようなプレーヤーになっているだろうか?若い2人は「J1の壁」にぶち当たったシーズンかもしれない。

ただ、監督が言う通りJ1でルヴァンカップがあるからこそ、山田楓喜のように出番を得られた選手もいた。特に特別指定選手の大学生・木村勇大はウタカ不在期を救う希望の星だった。

年間を通してポジションを掴んだ麻田将吾は安定感を増し、随分頼もしくなった。成長いう観点でいえば、井上黎生人はJ2岡山から加入後、当初CBで4~5番手から最終的には欠く事のできない存在になった。彼が今季チーム内で一番成長した選手かもしれない(そういえば最初は中盤の底で使われていた)。

チーム全体としては、「無謀なチャレンジをしがちなチーム」から「リスクをカバーする大人の判断ができるチームになった」という印象を持つ。同時にそれは「攻撃時に人数をかけきれない」ことも意味し、J1で通用するチームへと成長するために突き付けられた大きな宿題だ。

次へとつながる36

久々のJ1での勝点36は、「J2上がりのチームが大きく補強するでもなく、全力を尽くした末に到達できた勝点」だった。決していい風はもらえなかった。それなりに成長は感じたものの、物足りなさもあった。それでもこの勝点36は、次につながっていく。

『舞いあがれ!』の舞ちゃんは、フライト後、仲間たちから「ありがとうな」「これで心置きなく引退できるわ」と感謝の声を受けてこう答えた。

「一緒に空飛んでもろてホンマにありがとうございました。」

連続テレビ小説『舞いあがれ!』第28回

スワン号の3.5kmは、ペダルを漕ぐパイロットの力だけではなく、機体を設計・整備する一人一人の力が合わさって到達できた記録だということを言い得た名台詞だった。それはたぶんサッカーでもラグビーでもバスケットでもモータースポーツでも同じで、見えている選手以外の人々の力が合わさっているからこそ発揮できているものがある。

今季、いろいろややこしいこともあったけれども、選手もスタッフもファン・サポーターも、全員で掴んだ勝点(36)、結果(J1残留)だと胸を張ればいい。物足りなかった部分と向き合って、また来年もJ1という舞台でこの続きにチャレンジできるのだから。


〈おまけ〉今季MVPは…

それはもうGK神福元…いや上福元直人で異存はない。ないが、それだと普通なので、個人的MVPは、どんなに苦しくても90分+αを走り続けた白井康介に贈りたい。広島戦のスプリント回数45は年間3位らしい。チーム状況が良かろうが悪かろうが、爆走してチームに活力を与え続けた。それは“発電機”を意味する「ジェネレーター」という役職そのものだった。

残留を決めて号泣する姿、カッコいいぜ!
上から立命館大学・白井・京都橘高校

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