見出し画像

ワシントン特派員リポート~「息ができない」自由の国アメリカから今、伝えなければならないと思っていること

こんにちは、大阪支社アカウント運営担当です。今回は支社管外からのコンテンツを公開するに当たり、少しだけ前置きをさせていただきます。

共同通信記者がお届けするデジタルコンテンツ「47リポーターズ」は、大阪支社と管内支局の記者のみならず、国内外多くの記者が執筆を担っています。加盟新聞社向けの配信記事では伝えきれなかった秘話やエピソードを盛り込み、毎日更新しています。

今日はその中から、大統領選で連日大きなニュースが続いている米国・ワシントン特派員の金友久美子かねともくみこ記者が、自らの47リポーターズを紹介する「私が書いた理由」をお届けします。別の職場で同僚として働いていた縁があり、今回、noteに登場してくれることになりました。大統領選に限らず、現地で精力的に取材を続ける様子の一端を皆さまに知っていただけたら幸いです。

はじめまして、ワシントン支局の金友です。

私がアメリカに赴任したのは2020年5月のことでした。新型コロナウイルス感染症が世界中に広がった後で直行便がなく、スーツケースを抱えて降り立ったニューヨークの空港は人影もまばら。まるでホラー映画のようでした。

その頃にアメリカで何が起きたか、皆さんは覚えておられるでしょうか。


「息ができない」と書かれたプラカードを掲げて抗議する人々=2020年5月、米ミネソタ州ミネアポリス

息もできない現状

“I can’t breathe.” (息ができない)

20年5月、アメリカ中西部のミネソタ州ミネアポリスで、黒人男性のジョージ・フロイドさんが警察官による暴行で亡くなるという事件がありました。フロイドさんが意識を失う前に27回繰り返したのが、冒頭の言葉です。暴行の様子を映した動画は全世界に拡散し、「ブラック・ライブズ・マター」のスローガンを掲げる人種差別抗議デモは全米に広がりました。

「自由の国」
「人権を尊重する世界のリーダー」
アメリカはこうしたイメージで語られることが多い反面、今も差別が絶えません。貧富の差は広がる一方で、銃規制や医療制度の整備も進まず、たくさんの問題と矛盾を抱えています。

小学校銃乱射事件から1年の追悼集会=2023年5月、米テキサス州ユバルディ

4年近くかけて全米各地を訪れ、あちこちで質問を投げかけてきました。米政府の当局者もいれば、活動家や事件の遺族、ホームレス状態の人もいます。印象的だったのが、率直に自分の意見を語ってくれた人の多さです。出会いを重ねる中で「耳にした言葉をもっと伝えなければ」という気持ちが募っていきました。

息ができないような現状とともに、打破しようと闘う人たちの姿が、そこにあるからです。

今回は「2023アメリカは今」という47リポーターズのシリーズ記事について、少しずつではありますが舞台裏をご紹介したいと思います。この国では、コロナ収束後も差別や貧困の深刻な状況が続いています。抗議活動の広がりにもかかわらず、フロイドさんのような暴行事件も絶えません。

でもそれって、アメリカに限ったことでしょうか。アメリカに関心のある人に限らず、いろいろな方の目に留まればよいなと思っています。

移民国家アメリカの地殻変動

1本目の記事はこちらです。

2023年10月7日にイスラム組織ハマスがイスラエルを攻撃した直後、バイデン大統領は直ちにイスラエルへの支持を表明しました。職場で常時流しているリベラル系CNNテレビで、キャスターが涙を流しながら「速報です。イスラエルのネタニヤフ首相は今、新たな衝撃的画像を公開しました」と、イスラエルの被害を大々的に報じていたことが忘れられません。保守、リベラルにかかわらず、アメリカでは歴史的にイスラエルへの厚い支持があることを実感しました。

一方、ワシントンのホワイトハウス前では10月の早い時期から、イスラエルによる報復攻撃を阻止するための抗議活動が頻繁に行われていました。日本では当初、中東系移民による抗議行動がよく報道されていましたが、ユダヤ系の若者たちも早くから声を上げました。記事にも書きましたが、ワシントン市内の大学生は「イスラエルは安全のために不可欠だと育てられてきたが、SNSが普及してガザの情報が直接入ってくるようになり、疑問を持つユダヤ系の人が増えた」と話していました。

バイデン米大統領の対イスラエル政策を非難するデモに参加したアラブ系米国人ら=2023年11月、ワシントン

SNSにももちろん、情報の偏りはありますし、偽情報は深刻な問題です。ただ、爆撃を受ける戦地の人々が自ら動画や情報を発信できるようになったことの意義は大きいと感じました。

アメリカ連邦議会では既に、パレスチナ系の議員が誕生しています。記事を配信するときは「イスラエル離れが目立つ」とまで踏み込んで良いか最後まで迷いました。移民国家アメリカの地殻変動は確実に起きていると思います。

セーフティーネットはどこに?

2本目は一連のシリーズで賛否両論、最も読まれた記事になりました。

アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議取材のため訪れたサンフランシスコで偶然出会った、韓国人移民の路上生活者、ソン・ジェウンさんの話です。

アメリカでは、精神的な病を抱えながら路上生活を送る人が放置されているケースも目立ちます。ところが、私がインタビューした多くの人はそうした現状からは想像もできないほど、コミュニケーションが達者。ソン・ジェウンさんも「アジアから来たのか」と日本人記者の私をテントに招いてくれるような人です。

「テントの外観写真を撮っていい?」と、路上に座っていた黒人男性に話しかけたところ、一緒のテントで暮らすソン・ジェウンさんを起こしてきてくれたのがきっかけです。黒人男性は複数の薬物を使っていて、ろれつが回っていませんでしたが、周りの様子を細かく教えてくれる世話焼きでした。

そんな彼らがなぜ路上で暮らすのか。詳しくは記事に譲りますが、高すぎる大都市部の家賃や、一度滑り落ちると立て直せない社会構造が幾重にも当事者にのしかかっています。程度の差はあれど、日本にも重なる状況ではないでしょうか?

ホームレスのテント村=2024年1月、ワシントン

グローバルな野宿者運動を痛感

3本目の記事はこちらです。

2本目と同じくサンフランシスコで書いた、APEC反対デモの記事です。おそらく最もクリック数の少ない記事になりましたが、私にとっては痛烈な体験でした

1999年にシアトルで開かれた世界貿易機関(WTO)閣僚会議や、2008年に北海道で開催された洞爺湖サミットまではグローバリゼーションに反対する活動が活発だった記憶がありました。こうした活動は世界的に低調になったと思っていたところ、認識が違っていたと痛感したからです。


APECに反対し、デモ行進する人たち=2023年11月、サンフランシスコ

アメリカ人だけでなく、アジア各国や中南米、南国の島々からもデモ参加者が集まっていました。あるアジア系移民の参加者に「アメリカでは声を上げやすいけれどもアジアだと難しいと感じないか」と聞くと、「日本ではどうなのか分からないが、植民地支配への抵抗を続けてきた歴史があるから、高齢者から若者まで声を上げている」と反論される場面もありました。

日本からの参加者はいなかったと思われるにもかかわらず、岸田文雄首相を名指しした批判も目立ちました。世界でこんなに「KISHIDA」の名前が連呼されている場所があるとは…。

記事中にある通り、デモでは「釜ケ崎解放」と書かれたTシャツを着た複数のアメリカ人に会いました。日本を訪れた際にプレゼントされたものだといい、「野宿者運動ってグローバル…」と脱帽。かつて大阪の路上生活者を取材した際「今度、野宿者サッカーワールドカップで海外遠征する」と話していたことを思い出しました。

サンフランシスコで大阪パワーをひしひし感じた一日。最大の失敗は、肝心のTシャツの写真を撮り忘れたことでした…。

狙われるマイノリティー

最後の1本はこちらです。

最後は、2023年10月にワシントンの繁華街で殺されたアネイ・ロバーソンさん(当時30歳)の遺族にスポットライトを当てた話です。友人たちが事件現場での追悼式を呼びかけ、そこに参加した遺族と知り合いました。

冒頭でも書きましたが、黒人が人種差別で殺害される事件は絶えません。友人や家族が追悼式を開き、差別の撲滅を訴える姿をテレビでも繰り返し目にします。近年、こうした犯罪のターゲットに最もなりやすいのは、ロバーソンさんのように黒人、かつトランスジェンダーのマイノリティーです。

この事件は警察によってまだ「憎悪犯罪(ヘイトクライム)」とは認定されていません。父親のゲイリーさんは「典型的なヘイトクライムだ」として、無念な気持ちから抜け出せないと今も苦しんでいます。息子として育てたアネイさんがある日、ドレスを着ていて…というところから始まるゲイリーさんの葛藤と受容の過程も印象的でした

それでも筆を執る

私自身は間もなく日本へ帰任する予定ですが、今も同僚記者たちが北米各地を駆け回って記事を書いています。11月の大統領選に向けて、共同通信アメリカ大統領取材班によるSNSやポッドキャスト、特集ページでの発信を増やしています。多角的な報道を心がけておりますので、ぜひ一度チェックしてみてください。

共同通信ポッドキャスト「きくリポ」大統領選特別編はこちらです。


限られた時間で関係者の言葉を引き出し、背景事情を学び、ミスリードのないように、多くの人に伝わるようにと、文章に落とし込んでいくのはたいへん地味で苦しい作業の連続です。ベテランと言われるようになっても緊張します。

それでも筆を執り続けるのは、自分自身が記者として活動するだけでなく、ただ生きているだけで被害者にも加害者にもなりうる怖さに向き合い、日本はじめ世界で強まる「息もできないような閉塞感」にもがき続けるしかないから、だと思います。

金友久美子(かねとも・くみこ) 2005年時事通信入社。名古屋支社で愛知県警や名古屋市役所、トヨタ自動車などを担当した後、東京本社で中央省庁を取材。2012年共同通信へ。仙台支社や官邸、政党、省庁取材などを経て2020年にワシントン赴任。Xアカウント(金友久美子/ @Kumiko KANETOMO)を先日、ほそぼそと開設しました。