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令和4年7月7日東京家裁離婚訴訟判決について

 日本人の妻とフランス人の夫との離婚訴訟で、東京家庭裁判所は、7月7日、親権者を妻とし、離婚を認める判断をした。
 
 この事件をめぐっては、被告(夫)が、「子どもを誘拐された」と主張し、長女が自宅のガレージから車のトランクに入れられて実の母親によって「誘拐」されたというストーリーが、「防犯カメラの映像」とされる動画とともに拡散されてきた。2021年7月、被告が、3週間にわたり、ハンガーストライキを行うと、海外のメディアに取り上げられ、11月には、フランス司法当局が原告に対し誘拐罪で逮捕状を出したということが国内外で報じられた。夫は、日本外国特派員協会等において複数回にわたって記者会見を行い、子らの氏名を含む個人情報を公開しており、その結果、原告を犯罪者扱いする誹謗中傷が繰り返され、母子の生活を脅かし、原告は甚大な精神的苦痛を受け続けている。
 原告側は、係争中であったことから、沈黙を守ってきたが、判決が出てもなお、誤った情報に基づく誹謗中傷が続いている。
 

本件は、国外からの子の連れ去り事案ではない。

 本件は、日本に居住していた家族の離婚事件である。夫婦仲が悪化し、口論に至ることがあり、平成30年7月25日、「被告が、原告に対し、離婚について弁護士に依頼した旨を告げた」ことから、平成30年8月10日、原告が子らを連れて自宅を出る形で被告と別居したものであり、国外からの子の連れ去り事案ではない。

原告が、子どもを虐待した事実はない。

 被告がマスコミで発信した、「原告が、娘を車のトランクに入れて連れ去った」という事実は認定されていない。

「原告は、平成30年8月20日、長女を乗せて自家用車を運転していた際、長女が車内で嘔吐するなどして車に装備していたチャイルドシートが汚れたため、チャイルドシートごと交換するため本件自宅に立ち寄り、ガレージ内で、汚れたチャイルドシートをチャイルドシートとして使えるバギーと交換するなどした。被告は、原告に知らせることなく、ガレージの様子をビデオカメラで撮影していた(以上、甲9、10、乙25、26、原告本人、被告本人、弁論の全趣旨)」

判決文より引用

 原告が、別居日に長女を車のトランクに入れて自宅を出て行ったという事実自体が存在していないのである。動画は、別居日とされる日の10日後、防犯カメラではなく、原告に無断で撮影されたものであり、その内容は、チャイルドシートの交換だった。別居とは無関係の動画が、長女が自宅のガレージから車のトランクに入れられて実の母親によって「誘拐」されたというストーリーとともに拡散され、あたかも原告が虐待をしているかのような誹謗中傷の原因となっている。これは、被告による原告に対する嫌がらせであり、断じて許されることではない。

子連れ別居に違法はないと判断されていること

 本件では、別居後間もなく、被告が、子らの監護者を被告と仮に定める子の監護者の指定及び子らを仮に被告に引渡すことを求める審判前の保全処分を申し立て、翌年には、保全処分の本案である、子らの監護者を被告と定める子の監護者の指定及び子らを被告に引渡すことを求める子の引渡しを申し立てている。
 その結果、子らの監護者は、いずれも原告と定められ、子の監護者指定の即事抗告審の高裁決定は、「未成年者らを監護養育する上でより重要な役割を担っていたと評価しうる相手方(妻)が、抗告人(夫)と別居するにあたり、年少の未成年者らを伴い家を出たことをもって、違法な子の連れ去りに当たるとは言えない」と判示している。
 別居は、夫が、妻に、離婚をつきつけ、弁護士を依頼したと言われたことから、子どもを紛争に巻き込まないためにやむを得ずとった行動であり、原告は、別居後、間もなく、夫婦関係調整調停を申し立てて、話し合いの場を設定していることからも、穏当な判断であろう。
 

「DVが無かった」という認定はされていないこと

 判決はあくまでも、「原告が金銭的評価を受けるべき程度の精神的苦痛を受けたことを認めるに足りる証拠はない」、つまり原告が主張したDVの事実を認められるだけのはっきりした証拠がない、という判断をしている。これは、「DVが無かった」という判断とは全く異なる。
 

別居後に受けた原告の苦痛

「被告が、別居後、原告が長女を車のトランクに入れるという虐待をした旨を繰り返し吹聴し、家事調停手続の際にフランス国営放送のカメラクルーを裁判所の庁内に入れて撮影させようとしたり、日本外国特派員協会主催のパネルディスカッションに子らを奪われた被害者の立場で実名を出してパネラーとして登壇したり、同協会主催のパネルティスカッションに再度実名を出して参加をし、被告が子らの拉致したなどとでたらめな事を述べたり、フランスにおいて原告を誘拐犯として告訴したり、被告の母と姉が子らの実名を挙げて原告を非難する内容をSNSに発信するなどしたことに関し、子らのプライバシーを守るよう同人らに申し入れた様子もなかったり、JR千駄ヶ谷駅前でハンガーストライキを行い、自らの主張をインターネットで公開するとともに国内外のメディアからの取材に応じているところ、これ以前にされた記者会見を含め、「私は妻に脅しをかけれられています。非難することはあってはならないと脅しをかけられています。」などと客観的事実に反する主張をし、その結果、原告は、内外のメディアから犯罪者であるかのような誤った個人情報を開示されるに至ったこと」

判決文より引用

 これらの行為について、原告は甚大な苦痛を受けてきた。しかし、判決は、原被告間の婚姻関係は別居時に破綻していたとし、これらの全ては婚姻関係破綻後の事情であるから離婚慰謝料の発生事由とはならないとして、判断をしなかった。
 しかし、原告は、被告に離婚だと言われて自宅を出たものであって、別居の時点で、原告が離婚を決意していたわけではない。他方、被告も、別居後は、離婚しないという方針で法的手続に臨んでいる。このような状況で別居時に婚姻関係の破綻を認めることは珍しく、裁判所が本件被告の言動に対する判断をしたくないために、婚姻関係の破綻の時期を早めたのではないかとすら疑われる。
 

婚姻費用が支払われていない

 被告は、原告に対して、婚姻費用を支払っていない。これは、子どもたちに対する経済的虐待である。さらには、原告が、やむを得ず、差し押さえをすると、被告は勤務先を退職し、差し押さえを空振りにさせた。そればかりか、夫婦共有名義の自宅不動産を原告に無断で被告の持分だけ売り払うという、嫌がらせとしか考えられない行動にも出た。判決には、被告が、無職であることと、自宅不動産の持分売却の事実は認定されているが、婚姻費用を支払っていない事実を記載せず、差し押さえ妨害ともいうべき事実があるにもかかわらず、これについて養育費や財産分与の算定に必要な限りで触れるにとどめている。子どもの親権を判断する際に重要なポイントとなるべき事実の認定がされていない点、裁判所の姿勢に疑問を感じざるを得ない。
 

裁判所の関与がなく、面会交流に任意に応じることには恐怖があった

 「原告は現住所を秘匿し、被告と子らとの面会は、原告と被告との上記別居以来、口頭弁論終結時に至るまで一度も実施されていないところ、調査官による調査において、原告は安全確保に対する懸念を理由に被告と子らとの面会交流に消極的な意向であるものの、子らは被告に対して否定的な感情を示すことはなかったというのであるから、原告が被告と子らとの面会交流を妨げていることは問題であると言わざるを得ない。しかしながら、共同親権を認めていない現行法の下では、この点は、本件訴訟とは別に、原告と被告が協議をし、協議が整わないときには、調停及び審判の手続を経るなどして、子らの福祉に適うところを慎重に模索して、これを実現していくのが相当であるというべき」

判決文より引用

 上記の判示には、重大な誤りが2点含まれている。
 1点目の誤りは、「共同親権を認めていない現行法の下では」とあるが、本件には関係がないことである。本件において、原告と被告は婚姻中であって、「共同親権」に服している(民法818条第3項「 親権は、父母の婚姻中は、父母が共同して行う。」)。現行法において、離婚後の子の監護に関しては、民法第766条に定めがあり、これが別居中の親子の関係にも類推適用がされているところ、面会交流の実現と、共同親権の導入とは関係がない。このような余事記載をする意図が、被告や被告をとりまく権力の大きさへの忖度以外にあるだろうか。
 2点目の誤りは、被告の発信を原因として、SNS上で原告や子らの個人情報を含む形で誹謗中傷が拡散されている状況で、また、婚姻費用が支払われないという子どもに対する経済的な虐待が生じている状況で、原告が、被告からの面会交流調停が起こされていないにもかかわらず、面会交流を妨げていると評価することはあまりに酷ではないかという点である。面会交流における、子どもの安全確保は極めて重要であり、判決が自ら述べるとおり、「協議が整わないときには、調停及び審判の手続を経るなどして、子らの福祉に適うところを慎重に模索して、これを実現していくのが相当であるというべき」である。しかし、この判決は、別居後に生じた被告による原告を犯罪者であるかのように発信し続けたことや、それにより、原告や子らの生活にどのような影響が生じているのか、婚姻費用の支払いがないばかりか、差し押さえ妨害ともいうべきことが行われていることの評価もなく、単に、子らが被告に対して否定的な感情を示さなかったことをもって、面会交流が実現していない原因が原告にあるかのように記載したことは決して承服できない。  
 原告が、被告の発信によって、その名誉も安全も尊厳も守られていない状態で、子らが被告に対して否定的な感情を示さなかったことは、原告が、子らに対して被告に対する否定的な感情を伝えていないことをあらわしていることを付言する。

 こうした事案において、母親側は、実名や顔を出して発信することができない。判決がでてもなお、この母親に対して、誘拐や虐待の加害者であると決めつける発信が続いていることについて、強い憤りを感じるとともに、子どもたちの安全や安心を損なう事態への懸念を表明する。
 
(共同親権の問題について正しく知ってもらいたい弁護士の会)
 

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