評⑭下・青年座『ある王妃の死』

 評⑭上・青年座『ある王妃の死』芸劇ウエスト5500円→割引、トーク付き
の続き。長くなってしまって分割。

3.<作>シライケイタ 想像力こそが全ての困難の突破口 

 作はシライケイタ(47)。劇団温泉ドラゴンの代表で、その公演を見たことはあるが、まあ自分にとっては普通だった。テレビはじめ大活躍なのでそっち人気があるのか。売れっ子さんなんだ(無知である)。
 「ある小劇場系トークから(2021年7月3日)」でチラッと書いたが(西堂行人との会話が大半だがシライも登場)、座・高円寺で流山児祥(74)に信頼され、かわいがられているのを見た。期待の「若手(のうち)」なんだろう。47歳。

「知らないだろうから、歴史ドラマにした」

 さておき、彼は韓国関係に以前から関心があり、何本か書いてきた中で、この閔妃殺害事件を知り、作品化の構想を温めていたらしい。
 ただ、膨大な資料調べと韓国への取材旅行(コロナ禍で中止)などの「負担」「負荷」を考えると、自ら率いる温泉ドラゴンだとなかなか難しいかなと思っていたら、前にも関係した青年座から「何か一緒に」と言われ、この構想を出してみたら「それで」と言われて進んだ、とトークで話していた。

 「圧倒的な歴史ドラマで、日本人はほとんど知らないだろうから、歴史の話にした」「知られている話なら、違う書き方になったかも」と言う。
 つまり、時系列で何が起きたか、をまずはきちんと説明し、観客に理解してもらうことが第一。そのため、政治的策略などの固い話が台詞の中に説明すべき情報がかなりの分量盛り込まれている。

「台詞を書くとき震えるようなこんなことを、俺が言うんだ」

 この「筋(ストーリー)」説明台詞がかなりの部分を占めるが、主観的価値観の強い台詞も時折登場する。たとえば、男たちが閔妃殺しに突き進もうとし盛り上がる中で、やっと反論する女性に対し「わからんのだ、女は」と繰り返すような。シライは、この台詞(「わからんのだ、女は」)に関し、「(こんな台詞が)僕のパソコンの中でしゃべっている、台詞を書くとき震えるようなこんなことを、俺が言うんだ」と、印象に残った様子
 類似の台詞で、突撃の直前、男の一人が女に言う「残念でしょう、女子に生まれて歴史的瞬間に参加できなくて」というのは、舞台上の役柄の人とは異なるが、ある人が実際に口にしたものらしい。

想像力こそが全ての困難の突破口、何かを変える演劇の力

 いずれにしても、男たちが「日本のため」という大義のもと、事件に突き進むという構図を出したかったようだ。そして、それは「彼らが悪い」「男が悪い」と一方的に決めつけるわけでなく、いろんな考えの層を提示して、その先は観客の自由に任せている。まさしく演劇的、と言うやつか。
 さらに、ここの意識が、ドラマトゥルクの沈とぴったり一致しているところが、この作品をより魅力的にする。押し付けない。客の想像力を信頼する。
 実際、私も観ていて、大日本帝国のために突っ走る男たち、あるいは朝鮮王朝を守るためにきつくも強く生きる閔妃、そのいずれにも感情移入できる瞬間があった。後から考えれば「あの時こうしなければ」はいくらでも言えるが、歴史の瞬間のその時、自分がその立場にいたら、閔妃殺害に動かなかったとは言えない。それを、また反省と後世に活かすのだが。

 公演パンフでシライは最後にこう書いている。

 想像力こそが、全ての困難の突破口である。日韓関係とて例外ではない。僕の想像力が、青年座の稽古場の想像力に繋がり、客席の想像力に繋がる。それはいつか、何かを変える大きな力になると信じている。それこそが演劇の力であると信じている。

シライケイタ「演劇の力」(『ある王妃の死』パンフ)より、太字は私

 さすが、ずっと書いてきている人の言葉だと、思う。
 実際には、誰でも言えそうな、かっこつけた言葉に見えるかもしれないが、これが、頭の中だけで物事を考えている人ではない。実際に苦闘し試行錯誤した作品を作り出している人の言葉、そして、自分はそれを観たからこそ、ぐっとくる。いいですね。今更だが、シライケイタ。ちょっとファンになった。

4.<演技>削ぎ落した演技、綺麗な所作が想像力を膨らませる

 さて、ここまで来てもうへとへとだが、青年座の演技について書こう。
・シライケイタが「ほとんどの人が知らないから、歴史ドラマにした」と紡ぎだした、きわめて説明的な台詞を 感情をあまり込めない「削ぎ落した演技」で見事に表現した。余計なものが入っていないからこそ、客に伝わり、そこに「余白」を生み、想像力がより広がる。つまり、押し付けない
所作がとても綺麗。軍人たちはみんな背筋がピシッと伸び(それが無理にしているようには見えない)、床から90度で同じベクトルで立っている。そろっている。朝鮮王朝の人たちは姿勢はいいが背中にやんわりと丸みがある。大陸浪人役だけは、途中から体の線が斜めになりだしたように見えたが、「裏街道を歩く」役柄上それでいいのかも。
 みんなの息の合った綺麗な所作の組み合わせは、やはりいつも一緒にやってる劇団系ならではか。そして、そしてやはり老舗ならでは普段から稽古を重ねた熟達度合いを感じた。これはやはり、「上手すぎて面白くないかも」の老舗新劇系でないとなかなか見られないものかもしれない。

 で、個人的に印象に残った役柄は、
 大院君(テウォングン)=津嘉山正種 何度も政権をとりつつ失敗し、またも取り込まれていく老人の悲哀
 禹範善(ウ・ボムソン)=山﨑秀樹 朝鮮を裏切り日本軍に付くその必死さ
 三浦梧楼=綱島郷太郎 閔妃殺害まで持っていくリーダー的オーラ
 岡本柳之助=佐藤祐四 大陸浪人で大院君を説得する、その「背中」
 である。

 とにかく、この組み合わせでこの芝居を観られてよかった。感謝。


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