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実体験

前回、折角ホラーにハマった経緯について書いたことだし、この流れで実体験の方も語っておこうと思う。

前回記事↓

この時も、例によって例の如く私は「怖い」と思えなかったのだが、周囲にこの体験を語るとなかなかの確率で「ぞっとした」と言って貰える。だから、多分、これは怖い話である。


私の郷里は北国のとある田舎町で、現在の実家の真裏には鉄路が通っている。生家は借り家で、両親初のマイホームである今の家に入居したのは私が小学校低学年の頃だった。

一人一台マイカーを所持しているのがデフォルトと言って過言ではないあの町で、子供がわざわざ汽車(電車など無い。あの町には不採算路線しか無いのだ)に乗る機会というのは限られていた。だから、私にとってあの家への入居は同時に、汽車との初めての遭遇でもあった。特に、二階の子供部屋からは裏の線路がよく見えたので、私は入居して暫くは、自室から見える線路を気にし、車輪の音が近付くと窓に駆け寄ったものだ。庭に面したその窓を開けると、右手に線路が渡っているという配置だ。

ある日のこと、在室中に車輪の音を聞き付けた私はいつも通り窓際にスタンバイしていた。その時の汽車は上り線で、自室からは車体の左側面と尻が見える。

その車体の尻に、こどもがしがみついていた。

距離はあったが明瞭に見えた。こどもは男の子で、幼稚園〜小学校低学年ほど。黄色いトップスと紺色のボトムスまでしっかり視認した。

走る車体にしがみ付く。ジャッキー・チェン辺りなら朝飯前だろうが、自分より小さいように見えるこどもには困難だろうし、大層怖い思いをしていることだろう。そう、私はその時先ず真っ先に「事件だ」と思ったのである。悪戯なのか事故なのかは分からないが、きっと次の駅で大騒ぎになることだろう、いや次の駅まで腕が保つかどうか。どちらにせよ、変化に乏しい田舎町なので、ちょっとしたニュースにはなるかもだ、と。

結論から言って、ニュースにはならなかった。両親に地方新聞をチェックして貰っても、数日間ローカルニュース番組を注視しても、取り上げられもしなかったし、そうした噂も聞こえて来なかった。

この段に至って遂に私は「ひょっとしたらあの子は生きている人間ではなかったのでは」という疑いを持った。とっくにホラーの世界にどっぷり浸って生きていた割に冷静で可愛げがない。「ぶら下がるこども」の不在に対し、なんなら私よりも両親の方が大騒ぎしていたほどであった。

ホラー大好きな癖に小賢しく慎重だったらしい私は、以降、暫く汽車を見ないように努めた。読み物の中でも、怪異を何度も視続けて、段階を踏んで後戻り出来なくなるケースは多い。ホラーは好きだが、命を賭けたいとは思わなかったのだろう。

特にそのまま音沙汰も無く、半月ほどが経っていただろうか。

在室中にまたいつも通り車輪の音を聞いた私は、それが下り方面列車であることを感じ取った。そうして、「下りならまあ良いか」と判断したのである。列車の尻は見えない。もう良い加減、毎日通るものから視線を逸らし続けるのも馬鹿らしく感じていた頃だった。

完全にフラグというものである。車体右側面にこどもがぶら下がっていた。

「そう来たか〜〜〜〜」というのが正直な感想だった。やっぱり恐怖は感じなかったもので。

前と同じ年頃の、いや多分同じ男の子。この時は交通安全運動にでも従事しているのか?と問いたくなるような、蛍光イエローの上着を着ていた。此処で私はまたしても現実的に「いや衣装替えをする幽霊なんて聞いたことが無い。あれはやっぱり生きてる人間だったのだ」と思うことにして、再度ローカルニュースのチェックに勤しみ、両親を恐怖のどん底に突き落としがてら新聞のチェックを頼んだ。

やはりニュースにはならなかった。車体側面なら、尻より遥かに見つかり易そうに思えたのだが。

人知れずぶら下がり、人知れず落ちたとしても、きっとただでは済まない怪我を負うだろう。駅まで無事辿り着いていたとしたら、見咎められないとは考え難い。やはり、2度もジャッキーを敢行して、誰の目にも留まらないとは考え難いのだ。

その後今に至るまで、実家は引越しをしていない。存続の危機を騒がれつつ、あの不採算路線は今もなんだかんだ私の実家の真裏を走っている。

二度も視てしまったことだしと開き直って、私は汽車を避けることを止めた。当たり前に視界に入ることを受け容れ、何度か乗りもした。

けれど、あれ以降、誰かがぶら下がっているのを視たことは無い。いや、彼が本当に人ならざるものであるかは定かではないのだ。本当はニュースにならなかっただけだとか、私の見間違いだとか。

けれど、ばらばらの時間帯に二度も同じものを視てしまった身としては、未だに釈然としないままだ。

だから、彼には幽霊でいて貰うことにしている。


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