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ホラー

子供の頃、意味の解らない夢をみた。多分4歳かそこらである。

夢の中も夜であった。御堂のような広い空間に、ざっと20〜30人が寝ている。江戸時代の庶民といった風態の人々だ。私はそれを俯瞰で視ている立場だ。

全員が寝入っている中、暫くすると声が響く。「◯◯が来た」「◯◯が来た」と繰り返し言い募る声だ。(◯◯に入るのは人名)

それを聞いて、眠っていた内の一人の男が悲鳴を上げながら飛び起きる……

それだけの夢だ。

矢鱈とよく覚えている。今でも脳裏にはっきりと夢の光景が浮かぶほどに。

何故これほど記憶に残ったのか。恐らくは、幼心に「何だこれは?」と思ったからだろう。そして「意味分からん」とも。今だって正直、意味はよく分からない。歳を取って多少なりとも知恵を付けた今ですら分からないものだ、4歳当時の私など、推して知るべし。

そもそも、記憶を振り返る今だからこそその場所を「御堂のような」所、人の風態を「江戸時代の庶民」と紹介出来ているが、当時の私にそんな知識があったとは考え難い。その前年に祖母が亡くなっているので、恐らく出たであろう(記憶に無いが)通夜の光景が多少変容して夢に出て来たのだろうか?それにしたって江戸時代の庶民という追加設定が付与されている謎は残るし、◯◯という古めかしい名前も、4歳児のつむりの何処から湧いて出たのか、疑問が残る。


だがこれだけだったなら、ただの変な夢として、ここまで記憶にこびり付きはしなかったろう。だが翌朝の出来事の所為で、この変な夢は私の人生の、大袈裟に言うと一つの転機と化してしまった。

分からなければ大人に訊く、が出来る小賢しいこどもであったらしい私は、翌朝、夢の内容を母に伝えたのだ。そして当時既に今の私より歳上であった筈の母はなんと、その夢に対し「怖い」と評したのである。「怖い夢をみたんだね」と。

4歳なりに衝撃を受けた。これ、怖いのか?と。己は知らずに怖い目に遭っていたのか?と。

だって私自身は、その夢に一切の恐怖心を覚えていなかったのだ。それを「怖い」と言われてしまった。この夢の何処がどう怖かったのだろう?何故怖いのだろう?そもそも「怖い」とはどういう感情だ?

そんな好奇心が爆発した結果──私はすっかりホラー好きに育っていた。

他人が「怖い」と言うものを知りたいという欲求が、ホラー小説やテレビの心霊特集へと私を駆り立てたのだ。歳上の従兄弟から貰った「にほんのゆうれい」で、番長皿屋敷や四谷怪談を履修したのが幼稚園在籍中のこと。小学校低学年で宜保さんが除霊する番組をBGMに飯を食い、中学年で陰陽師に想いを馳せ、高学年で稲川淳二の心霊写真本を読み耽った。中学で京極夏彦を貪り読み、映画「仄暗い水の底から」やら「着信アリ」やら「呪怨」やらをリビングで観て家族に嫌がられた。歳を重ねては洒落怖を寝不足になるまで読み耽り、「残穢」の映画を一人暮らしになってから解禁した。最近は禍話リライトのページに日参している。

どうしたことか、未だ自分にとっての「怖いもの」に巡り合っていない。

霊体験らしきものも無くはないのだが、「怖い」とはついぞ思えないままだ。私の恐怖の感度はどうも、心霊の世界には働かないように出来ているらしい。情緒がまだ4歳なのかも知れない。

好きが高じて、趣味の二次創作小説でホラーネタを書くこともある。しかし書いている当人が怖さを感じられないというのは説得力に欠けはしまいか。味覚障害を抱える料理人くらいの困難ではあるまいか。書いているものに自信が無いのは元からだが、ホラーは好きである分より難しい。

いつか、心の底からぞっとする機会が私にも訪れるのだろうか。あの夢の中で恐怖の叫びを上げていたあの男の気持ちが、解る時が来るのだろうか。



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