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足りなかったのは、「これがしたい」といえる勇気。

わが家で使っているコーヒーメーカーは、10年ほど前に買い替えたものだ。当時、メリタやカリタ、サーモスといった様々なメーカーから販売されていた。抽出したコーヒーの保温機能が充実しているもの、落ち着いた色やデザインでインテリアになじむものと、なかなか選ぶポイントを絞ることができず目移りしたのを覚えている。

結局選んだのは、日本の電器メーカーのものだった。いちどにカップ5~6杯分を抽出できるところが決め手となった。調べた範囲で、この機種が1回の抽出量がいちばん多かったのだ。

 


落ち着いてコーヒーを飲みたい


コーヒーメーカーを買い替えた理由は、当時ママ友が家に来ていたからだった。

 子供がまだ2歳か3歳だった頃。赤ちゃんの頃とはまた違った忙しさだった。

おむつの取り換えはなくなったが、トイレに一緒についていかなければならない。

授乳を終え、離乳食も終わったが、大人のごはんと全く一緒では食べられないものもあるので、取り分けて味を変えたり、別の一品を用意したりすることが多かった。午前中の公園で、ずっと夕食の献立のことばかり考えていた。どうアレンジすれば手間と時間がかからないか。ただそれだけ。料理のこだわりではない。

 

親元から離れた土地に住んでいたので、自分の親にも夫の親にも盆正月しか会えなかった。夫は出張が多い時期だったので、週の半分は家にいなかった。

 

そんなときにほっと一息つけるのが、公園で何人かのママ友と、子供達を見ながらおしゃべりしている時だった。その流れでご飯を買って、誰かの家におじゃまして、みんなでランチすることもあった。

大人が複数いると、ひとりで自分の子だけを見ているよりは、気が抜ける一瞬を持てる。自分がお手洗いに行くときも、他のママに見てもらえるから、いつもより少しだけゆっくりしたペースで済ませられる。

 そうだ、この時間なら飲めるかも。

子供とふたりきりのときよりも、ちょっとだけ落ち着いてコーヒーが飲めるかもしれない。キッズコーナーがあるカフェで時間を過ごすような気分で、飲めると楽しいかもしれない。

思いつきにウキウキしながら、すぐにスマホを取り出し、コーヒーメーカーを検索した。

 

ほんとうはスタバに行きたかった


コーヒーを飲むなら、スタバに行っても飲める。ベビーカーに乗っているお子さんと一緒にスタバで時間を過ごしているママをよく見かけるので、同じように行けばいいのだと思う。

けれど、私は落ち着かなくてダメだった。
子供が泣いたらどうしよう、周りが迷惑してるんじゃないかとびくびくして、ラテの味が全くしないまま、逃げるようにすぐに店を出てしまった。
それ以来、しばらく行けなかった。

 

 コーヒーを飲むことで得たかったもの

 
落ち着いてコーヒーを飲みたい、とずっと思っていたような気がする。

 なぜ、落ち着いて飲みたいのか。

 
コーヒーを飲んでいる時間を確保することで、ほんとうに得たかったのは、自分を取り戻すための時間と空間だったからだ。

 
ほんの数分、いや一瞬でもいい。コーヒーの香りを嗅いで、マグカップの質感と温度を感じたい。椅子の座り心地やテーブルの木の感触を感じたい。それが自分だけのために存在しているものだと、五感を使って確認したかった。

 この頃は、「私は今、本を読みたい」「できたての食事をすぐに食べたい」と考えている自分を横に押しやって、時計を見ながら、子供の声を聞きながら、オートマティックに体が動いているかのように、日々のルーティンをこなしていた。頭の中だけが置いてきぼりにされているような感覚が悲しかった。

 毎日毎日、NHKの幼児向け番組や公園が日課であり、ひらがなばかりの本やカラフルなおもちゃに囲まれ、薄味の食事を繰り返す世界にいたから、自分がひとりの大人だと認識できる、唯一の時間だったのかもしれない。

 

 時間ができた今


子供が中学生になった今、もうママ友と時間を共有しなくとも、自分の飲みたいときにコーヒーを飲めるようになった。

 いつでもコーヒーメーカーを買い替えることができるのに、やっと前から目をつけていた豆挽き機能のついた機種を買うことができるのに。いつのまにか、そんなことを考えていたことさえも忘れていた。今朝コーヒーを淹れながら、久しぶりに思い出したことだった。

 

あの頃に比べて時間ができた今、自分を取り戻すことはできたのか。


あの頃足りなかったのは、時間だけだったのか。

 

育児のためと言いながら、ほんとうは自分のことを後回しにしていただけだったのかもしれない。ほんとうに足りなかったのは、私の「これがしたい」とはっきり言える勇気だったのかもしれない。コーヒーを飲みながら気がついた。

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