掌編小説 ロックスター

 両親は共働きで、家にいないことの方が多かった。
 今日も、家にひとり。夜、塾から帰ってくると、おもむろに冷蔵庫を開け、すでに用意された夕食を電子レンジで温めて食べるのが日課になっていた。
 静寂の中、時計の秒針が動いていることだけが分かる。はじめは煩わしかったが、今ではその音さえも寂しさを紛らわせるにはちょうど良い相手だと思うようになった。
 塾に通い、必死に勉強し、テストで良い成績を収めても、気持ちが満たされることはない。別に誰かが褒めてくれるわけでもないし、といじけてみるものの、誰かに褒めてほしいと思っている自分がどうにも気色悪くて、無理やりにでも感情をフラットにしてやり過ごすしかなかった。

 自室に、小さなブラウン管テレビがある。赤くて丸っこいフォルムに大きなアンテナが付けられたそれは、粗大ごみを自分で直したもので、雑然とした空間の中に埋もれていたものの、愛着が湧いているせいか部屋に入ると真っ先に目に飛び込んできた。
 両親は、金だけは与えてくれた。毎月の小遣いは、その辺の学生よりもはるかに多くもらっている自覚がある。だからこそこの一人の時間が虚しく感じることもあったが、こうして自由に古い機器を直したりして遊ぶことができるのはありがたかった。
 機械いじりに没頭すると、何もかも忘れられた。単なる気晴らしだったが、それ以上の価値がその時間にはあって、無垢だった頃と何ら変わりない自分がひょっこりと顔を覗かせるのが楽しくて仕方がなかった。
 ずっとこの時間が続けばいいのに、なんて野暮なことは考えない。我に返って理想と現実の落差に絶望するのも、これからも続くであろう淡々とした生活に嫌気が差すのも、もう慣れてしまっていた。

 テレビの電源を入れてみた。そういえばテレビを見るのも久しぶりだな、などと思いを巡らせながら、チャンネルを回す。何度かチャンネルを変えたところで、手を止めた。
 鋭い歌声が聴こえてきた。往年のロックスターだった。その歌声に聴き覚えがあったが、名前は思い出せない。
「祝福が欲しいのなら」
 ロックスターは熱唱した。
「悲しみを知り 独りで泣きましょう」
 そして、最後にシャウトした。

「祝福が欲しいのなら 悲しみを知り 独りで泣きましょう……」
 気づいたら、その歌詞をボソボソと復唱していた。その歌詞の意味は分かるようで分からなかったが、声に出すことで心にストンときれいに収納されたように思えた。
 今のこのどうしようもない孤独感から抜け出せたとき、再びロックスターのこの曲を聴いてみたらどうだろうか。ふとそんなことを考えた自分自身に驚きつつ、自分の未来にも希望があるのだと実感して身震いする。
 テレビが、歌い終えたロックスターを映し出す。ロックスターの歌には、熱量があった。その熱量が、不思議と心地よく感じた。そんなこと、今まで一度でもあっただろうか。
 そっと電源を切ると、その残像がぼんやりと浮かび上がってしばらく消えなかった。