うたかたのにゃんこ
点滴と注射をするようになってルルちゃんが安定したことで、期限付きだけれど再び平穏な日々。
苦痛を感じているような素振りはなくなって、注射が効いて調子が良いときは室内を散歩をする。目はもうほとんど見えていないようで、障害物をヒゲと耳で察知しながらルンバのように進んで、ときどきゴチンと音を立てたり、ぶつかって来たりする。ルルちゃんが動いているとそれだけで、もの凄く幸せな気持ちになる。
顔のニンニクのようなふくらんだほっぺた部分、検索したらウィスカーパッド(Whisker pad)というらしいけれど、左側は中の骨が溶けてしまったようだ。それでもぼくたち夫婦にとってかわいさは全く揺るがない。
妻はそれはそれは優しくルルちゃんの世話をしている。朝夕の点滴のあと毎回丁寧に顔や身体を拭いてあげながら「かわいいかわいい」って話しかける。
「ルルちゃんの病気もかわいい。病気もルルちゃんの一部だから」
鼻血の塊も根気で拭き取って、ズピーズピーいびきのようだった呼吸音が穏やかになった。スタイもまめに取り替えて日に何回も洗濯している。
顔を綺麗に拭いてもらって愛の言葉をかけられ続けると、ルルちゃんも自信を持てるんじゃないかなって、ちょっと妄想かもしれない考えが浮かぶ。
妻とルルちゃんの様子を眺めていると、自分も死ぬときはこんなふうに優しくされながら逝きたいものだなぁって思う。これも勝手な妄想。
「このまま治っちゃえばいいのにね」と妻。
–––– ほんとだよ。
状況は悪化しかしないと釘を刺されているし、そのことはお互いにわかってる。
実際、ルルちゃんはだんだん痩せて、チカラなくうなだれている時間が長くなってきている。もう全く何も食べずにずっと点滴だけなんだから無理もない。
4月19日、妻が近くに居ないとルルちゃんが「ハヲ」って鳴いて呼ぶようになった。急に甘えっ子さんモード?
その度に妻がとんで来て「はいはい、居るよ〜」って撫でると落ち着く。
暫くするとこんどは虚空をキョロキョロと見回す。
「ルルちゃん、なにを見てるの? もしかしてご先祖さまがお迎えに来たの!?」って半分冗談で声をかけると、
「慌てて行っちゃわないでね、でも行くときはなにも気にせず振り返らずに行っていいからね」
その妻のことばを聞いて映画『ライフ・オブ・パイ』のトラを思い出した。
なるべく普段通りに過ごすようにしているけれどなかなかそうはいかず、妻もぼくもルルちゃんに関すること以外は正直なところ何もする気が起きない。ルルちゃんの頑張りによって与えてもらっている時間はかけがえがなく、考えさせられることが多い。
外出規制が続く中、外に出るのは週に二回くらい、ルルちゃんの点滴と注射を貰いに行くときだけで、ニンゲンの買い物はそのついでだ。コロナショックがなければこんなふうにずっと一緒の時間を過ごせなかったと思うと、いつまで続くのかわからない外出禁止も辛く感じない。
けれどもこの、非日常的とも云える平穏の期限は不意にやって来た。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?