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死ぬまで忘れたくない味


岐路が複雑な阪神高速道路に、県外ナンバーの車はほとんど見かけなかった。法定速度より少しゆっくりと進む私の車の後ろから、どんどんと追い抜かされていく。

せますぎる土地と、高いビルの間で這いつくばっていくこの久しぶりな空気が、ライブハウスへ向かうための楽しい日常を思い出させてくれた。

心斎橋にくるたびに、「ずっと工事してんな、こんな大都会の真ん中で」と見上げていた大丸心斎橋店は、こんなご時世の中でも煌びやかにオープンしていた。着いたときには17時を過ぎていて、8車線の大きな道路沿いのイルミネーションも、去年より随分と活気がよかった。


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お目当てのライブハウスに着くと、1週間前にも来たような感覚だった。それは、3年間ずっとクラス替えがなかった高校時代のクラスメイトと数年ぶりに会う感覚そのものだった。

「久しぶりすぎて泣きそう。」とツイートしようかと期待してたのに、感動の再会とはまた別の話だった。身体はずっとライブハウスに行きたがってウズウズしていたのに、着いた瞬間の身体は馴れ馴れしい態度で中に入って行った。

スタート10分前に、ドリンク交換に向かう。私の片手にはいつもの生ビールがしっかりと握られ、フロアに入った。我慢できずに数秒後に開けた。プシュッと弾く音を聞いて、思わず「 #ここで飲むしあわせ 」とツイートしてしまった。

これが多分、Twitterの正しい使い方だと思う。「フォロワー1000人超えになるための運用方法」や、「140字でいかに美しくエモく言葉をのせるか」なんて私には合っていない。ここで飲んだときに「しあわせ」だと感じ、Twitterで呟いた。



1バンド目が終わると、いつの間には握っていた缶の中身は空っぽだった。廊下に置いている空き缶のゴミ箱を覗くと、すでに半分以上の空き缶で埋まっていた。シンと静かな廊下に立っていた私は、ドリンク交換所前のスペースで楽しそうに喋るお客さんの声と、ステージでリハーサルをしているバンドマンの声が響き、喉に残ったビールの苦味を一気に飲み、思いっきり目を瞑った。


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10代の頃に見たライブハウスでビールを飲む人は、とても美味しそうに飲んでいて、ずっと憧れを抱いていた。20歳になった一発目のお酒はビールがいいなと夢見ていた。けれど実際に、はじめて飲んだビールの味はマズく、どうしようもない苦さで飲みきれなかった。

何ヶ月か経ち、料理とセットでなら飲めるようになった。そして次第に、最初の一杯はビールを頼むほど、ビールだけでライブハウスを楽しめるようになった。なにがきっかけで飲めるようになったのかは忘れてしまった。それくらい、ライブハウスで音楽を聴く回数と、ビールを飲む回数は比例していた。

きっとこの場所を知る人は、世界中のたった数パーセントしかいない。だから私がいくら「ここで飲むしあわせ」と世界中に発信しても、ここに人が集まるわけでもないのにな。それでも私はこの場所が好きなんだ。いつもなら迷わず行く2杯目への足先はステージ前だった。次のバンドは前で見たくて、ビールがなくったってハイになれる。けれどこの日に飲んだ1杯を、私は死ぬまで忘れたくない。



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