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ニコちゃんマークが教えてくれたこと


6年2組は、ニコちゃんマークを10個集めないと席替えができなかった。私が小学6年生の頃の、特殊なクラス内のルール。

ニコちゃんマークとは、クラス全員で良いことをすると貰える称号のこと。

担任のM先生が提案した。「早くニコちゃんを集めることができれば、早く席替えができます。けれど全然集められなかったら、もちろん席替えはできません」

まるでゲームみたいだ。席替えはクラス内の大イベント。全員で興奮。


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ニコちゃんは、M先生からはもちろん、他のクラスの先生や、校外の授業や行事で会う方に「2組はすばらしいですね」と褒められると1つ貰うことができる。逆に迷惑な行為をしたり、怒られるようなことをすると1つ減る。

今までの席替えは、1ヶ月に一回できるものだった。しかしこのクラスは、みんなで頑張らないと席替えができない。だからみんなでどんな行為をすると褒められるのか考えた。

友達と仲良くすること。廊下を走らないこと。お調子者のNくんが「今日オレちゃんと静かに授業受けただけでも偉くね?」と自慢すること。ぜんぶ基礎的なことだ。ニコちゃんは貰えなかった。


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山の学習という校外行事で、女子はみんな同じ部屋に泊まる。ここがチャンスだった。Kちゃんが布団を持って、「みんなで早く綺麗に畳もう!」と声をかけてくれた。

朝早く起きて、協力しながら部屋を片付ける。山の学習の先生に部屋をチェックしてもらう。「早くて綺麗ですね!」と褒められた。M先生にも報告し、ニコちゃんマークを1つゲットできた。


Fくんが左腕を骨折した。大丈夫?と周りに集まって声をかける。運動会の時期だった。6年生は大目玉の組体操があった。参加できないFくんはとても悲しんでいた。しかし、Fくんも最高の思い出ができるようなことはないだろうかと、みんなで考えた。

「Fくんは、運動会の最初の挨拶をするのはどうだろう?」と提案があった。全校生徒の前に立って言葉を送る大事な役目。Fくんはやりたいですと手を挙げた。みんなが競技や組体操の練習をしているなか、Fくんは文章を考え、前に立って話す練習をしていた。

運動会本番、2組は紅組。Fくんからの挨拶が終わり、大玉転がし、リレー、応援合戦、組体操。無事終わった。紅組が優勝し、みんなで喜びの声をあげた。M先生が泣いていた。ニコちゃんマークをゲットできた。Fくんはもちろん、全員満足な笑みで運動会の幕が降りた。

しかし数ヶ月後、今度はEちゃんが足を骨折してしまい、松葉杖の生活になった。Fくんのときは男子が率先して手伝っていたけれど、今度は私たち女子の出番。Eちゃんは歩くだけでも精一杯なので、私たちは教科書や給食を運ぶ。ニコちゃんマークをゲットできた。


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ある日、1授業が潰れるほどM先生に怒られた。障がいを持っているTくんのイジメがあったと。無視をされたり、話の輪の中に入れないとTくんが自己申告したのだという。

確かに私も、Tくんとどう接するのが正しいか分かっていなかった。そのオドオドした態度がきっとTくんを傷つけていた。みんなも自覚していた。ニコちゃんマークが1つ没収された。

まずはTくんに謝る。どうすれば上手に接することができるのかを考える。考えすぎると今度は気を遣いすぎてしまう。だから普通に、みんなと同じように話して、笑って、過ごしていけばいい。この日からみんなのTくんに対する態度が変わった。日常が穏やかになり、徐々にTくんの笑顔が戻ってきた。


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最初はたしかに「席替え」という報酬のためだった。けれどだんだん、なんのためにこの制度が必要だったのかが理解できた。

Kちゃんが声をかけてくれたから、何気ない言葉でも人は動けることを知った。Fくんが骨折をしてしまったから、突然の環境が襲っても人は助け合えることを知った。Tくんが勇気を振り絞って先生に言ってくれたから、知らない間に人を傷つけてしまうことも知った。


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当時のM先生は20代前半と若かったので、私たちのクラスでまだ3回目の担任だった。初めての担任は4年生。次に1年生。そして私たち、6年2組。

始業式で、「6年生のみんなは背が高いね!そして机が大きいね!」とワクワクしながら私たちの担任になった。けれどM先生は、世話を焼いてあれやこれやと言うたびに、「先生、私たち1年生じゃないのでそれくらい分かりますよ」と言い返され、6年生の担任であることに苦戦していた。

だからM先生は「もう6年生って、自分で考えて行動できる年齢なんだな」と気づき、あれやこれやと言うのではなく、自分たちで考える機会を与えることが重要なんだと気づいた。それがニコちゃんマークの制度だった。

来年で「中学校」という大きな環境に行くにあたって、社会にはいろんな人がいて、何が良いことなのか、悪いことなのか、それらを体感的に教えてくれたニコちゃんマークの制度は、あのときから10年経った今でも心に強く残っている。


そうか、あれからもう10年か。

私は当時のM先生の年齢になった。

M先生はもう30代だから、きっといろんなクラスを担任している。さすがに「6年生のみんなは背が高いね!そして机が大きいね!」なんて、言わないはずなんだろうな。



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