いつか絶対、晴れるから
帰りの夜道まで続く耳鳴りがなつかしかった。耳鳴りを気にせず音楽を流しちゃう時間がなつかしかった。
そんな人生の切れ端が、人生の糧になっていた。
ああそうだ。
私はずっとずっと、ライブハウスの音を待っていた。
***
駅まで歩くのが億劫で、車に乗り込んだ。フロントガラスに大きく響くほど雨が強かった。お酒が呑めないけど…と一瞬迷ったけれど、今日の空には気持ちが勝てなかった。
4ヶ月ぶりに、ライブハウスに行く。
ウキウキな高揚感を持ちつつ、少しだけ不安も吹っ切れなかった。チケット代がちゃんと入っているか確認して、ゆっくりアクセルを踏んだ。
ずいぶんと悪く言われてしまったライブハウスの営業再開は、とっても勇気のいる決断であった。
特に、お客さんを入れての営業再開。
ライブハウスのガイドラインというものが発表され、ガイドラインに沿っていれば営業していいとのことだが、「こんなのライブハウスじゃねえよ!」と失笑が混じった批判の声も上がっていた。
ライブハウスの経営者だって、ガイドラインに賛成できない人もいるだろう。
赤信号で止まるたびにモヤッとした考え事をしてしまう。
それでもライブハウスは動かなければならない。自分の気持ちは赤信号でも、少しでも前に進まなければならない。ライブを楽しみにしているアーティストやお客さんはもちろん、ライブハウスの経営のため、何を言われようが、他のサービス業と足並みを揃えなければならないのだろう。
開演時間の1時間前に着いたので、時間を潰しつつ夜ご飯を探した。お腹があまり空いてなくて、軽く満たせるオムライスを食べた。
ほんのり甘かったオムライスが、イイ感じに不安を吹き飛ばしてくれた気がした。何かあったら、とりあえずお腹を満たすべきなんだ。
金曜日のにぎやかな居酒屋通りをズンズンと駆け抜けて、ライブハウスに向かった。車に乗っていたときより高まったウキウキはすぐに足元に現れた。水溜りを避けて、大股で走っていく。
今日は私にとっても、ライブハウスにとっても、特別な日なんだ。
入り口に着いてチケット代を払った後、本人確認が行われた。そして一人ずつ検温して慎重に入場した。
大きな扇風機がドアの前でお出迎え。スタッフさんは皆、マスクとフェイスシールドを装着。真新しい空気清浄機が各々に設置してあり、噂で聞いていた透明ビニールカーテンがステージ前にぶら下がっていた。
たくさんの葛藤を乗り越えて、懸命に営業を再開していた。
先の見えない曇天の空に絶望するのではなく、少しでも光が差し込みますようにと願うライブハウスの姿が、照明と共にキラキラと反射していた。
そんなライブハウスに向けて、バンドも大きく応えるように演奏を始めた。透明ビニールカーテンが気にならなくなるほど、バッチバチの演奏が心の奥まで響いた。
音がデカすぎると感じたときに、初めて耳栓を忘れたことに気づいた。小さなライブハウスはスピーカーが近いので、耳栓を付けた方が快適である。
けれど今日はいいかな。ダイレクトに直撃する爆音が恋しかったから。
ああそうだ。
私はずっとずっと、ライブハウスの音を待っていた。
この音がすべてではない。すべてではないけれど、感動の大きさはどんな音にも勝てない。
今日だけしか聴けない声色はもちろん、今日だけしか観れない汗ばむ演奏、今日だけしか伝えれない言葉、今日だけしか創れない空間。
それらの熱量が目頭をグッと熱くさせ、ひとつひとつの曲を『特別』に変えてくれる。
だからこそ、ライブハウスの音が一番感動する。
***
ライブハウスでよく会う友達と乾杯をする。転換中に『良かったね〜』と感想と言い合う。インスタのストーリーに投稿する。ひとつひとつを噛みしめながら、ライブハウスを後にした。
耳栓を忘れると、ワアンとした耳鳴りが数時間つづく。けれどこの感触でさえ、私の大切な思い出であると気づいた。
外に出ると、小雨に変わっていた。そうだよね、いつかは必ず雨は止むんだよね。そう自分に言い聞かせて車に戻った。帰りの夜道まで続く耳鳴りを気にせずに、車の中で音楽を流す。
この体制のライブハウスも、ずっとじゃないと思う。
今が雨なだけだ。
いつか絶対晴れるから、その日までは笑顔で耐えよう。きっとあの日ライブハウスに居た人は、全員そう信じているはずだ。
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