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中国 第三者の商標に対する不使用取消について

中国では大量な商標出願が毎年されており、国内出願だけでも2020年は911万件を超え、登録件数も557万件を超えています。日本はというと2019年の商標出願19万件、登録11万件であるから、概ね中国では日本の50倍弱あるということが分かります。日本企業の依頼を受けて商標出願前調査を行うと、必ずと言っていいほど日本の商標の先取り出願や登録を見つけることがよくあります。中国の特許庁に当たる国家知識産権局の最新の年次計画報告書には、2018年から2年間で15万件の悪意商標出願を却下したという記述があります。これを日本の一年間の出願と比べると如何に多くの悪意商標出願がされているか驚くばかりで、却下された悪意商標出願以外にも、気付かれず既に審査を経て登録された先取り登録商標は少なくありません。そうした商標の権利者は本来の商標権者から買取のアプローチがないかとか何かしらの交渉の機会を待っているのです。昨年初めに、悪意登録商標の買取について、商標局の専門官に質問したところ、そうした商標権を買取ったとしても、最初の取得段階で悪意で取得の実態がある場合、無効理由を持つ登録であることに変わりはない。そのため、もし、無効取消の申立が関連の証拠とともに起こされれば、無効の判断を下すと言っていました。そうであれば、日本企業が買取交渉で高額を支払って手に入れても、無効のリスクを持った権利を持つことになると理解しなければなりません。
 一方、どの国でも文字商標の登録は、商標制度の歴史からこれまでに大量な出願がされたことから商標資源が枯渇情況なっています。つまり、よくある漢字、英語、数字などの要素から単純に特定の文字列を創作、或いはそれらの組合せから特定の文字列を創作し、標章(商標となる標識)を決めようとすると、既にそうした文字列は商標として登録されており、未使用のユニークな文字列は残り少ない状況となっています。こうした状況で使い対照表がある場合、もちろん不使用取消をかけることが考えられます。
 この記事では、先取り商標や先登録商標など障害となる同一或いは類似商標に対する不使用取消について考えることにします。

1.中国での不使用取消制度

 商標の権利化はアメリカのように使用をベースとする場合(使用主義)と日本のように先願先登録をベースにする場合(先登録主義)があります。先登録制度を採る国の場合、商標の先取り、しかし不使用の事態が生じると、商標制度がその本来の目的を果たさないことから、不使用取消制度を導入する理由があります。登録商標の不使用取消制度の対象期間はヨーロッパではどの国でも5年、アジアではインドとその周辺、ベトナム、カンボジア、シンガポール、ブルネイなどが5年で、他は3年が一般的となっています。
 中国は商標法第49条2項に、「正当な理由なく継続した3年間使用していないとき、誰でも取消を申立てることができる」と規定し、3年間とされています。また、2013年の改正法で、商標局の処理期間が受領日から9か月以内に決定を下すことが定められました。中国での不使用取消の成功率は、2020年上三四半期の統計データによると約70%、その後の再審を経て登録が維持されたのは20%弱で、新しい使用証拠が提出された場合などに限られるため、成功率は比較的高いと言えます。また、平均的処理期間は概ね8か月程度ですが、ケースバイケースです。
 不使用取消の手続きについては、商標法実施条例第66条と第67-68条にかけて記載されています。条例に規定される手続き上の条件は、以下の6項目です:
① 状況:正当な理由なく不使用であること
② 申立者:誰でも可能であること
③ 申立書:不使用の状況を説明すること
④ 権利者:商標局からの通知受領後2か月以内に証拠を提出すること
⑤ 権利者:不使用の正当な理由がある場合、説明すること
⑥ 最初の不使用取消を申立は、公告日から3年満了後であること
⑦ 使用証拠にはライセンス許諾も含まれること
 本記事では、不使用取消を申立てる側が最初に注意しなければならない点に焦点を当てて解説します。使用証拠については、次回の記事をご参照ください。

2.不使用取消を申立てることができる時期

 最初に不使用取消を申立てることができるタイミングは、上記の⑥の通り、公告日(登録日)から3年満了後となるが、中国での期間の算出は、日付の翌日からカウントを始めるので、対象日の翌日になります。つまり、公告日が1月1日であれば、1月2日から不使用取消を申立てができることになります。
 なお、マドプロ国際商標の場合、商標法実施条例第49条1項の規定により、拒絶対応期間満了日或いは拒絶再審か異議申立がある場合は登録決定の発効日から起算し3年満了後になります。
 中国では、拒絶の引例として挙がった対象商標は未だ登録後3年を経過していない場合がしばしばあります、また、商標のウォッチングで見落として異議申立できずに後日発見した障害となる先登録商標もあるため、不使用取消をかけるために登録日より3年経過することを待つか、或いは明確な無効理由があり急を要する場合は3年を待たずに無効取消をかけることになります。

3.不使用状況の調査義務

不使用取消を申立てる場合、上記の①の通り正当な理由なく不使用である情況が条件となります。しかし、不使用状況の事実状況を調査し、その結果を申立書に記載しなければならないとの義務は中国の制度設計では求められていないために、実務上は、単に申立書に「調査結果、使用の実態が見当たらない」とだけ記載するのみで構いません。そのため、非常に安価で簡便に不使用取消手続きを行うことができます。
 とは言え、ある程度の使用状況は把握するべきです。中国の商標権者は、その住所地で製造し、販売は主にインターネットで行うことが一般的ですから、少なくとも中国の検索エンジンBaidu(百度)で対象の商標や商標権者の名称で検索し、使用実態があるかどうかを調べます。Baidu.comで日本語で検索すると漏れが発生するため、簡体字を使って検索することが肝要です。中国は、アメリカと同じくらい広い地域ですから、どこで使用されているか把握するのか容易ではありません。また、自社のWebサイトを持たない商標権者も多いため、アリババや京東など大手のインターネットプラットフォームにECサイトを開設している場合がありますので、そうした観点から調べるのも良いと思います。なお、調査会社を使って、現地調査などを行うことができますが、比較的高額となります。

4.商標権者の調査

 中国の商標権者は、会社や組織の場合と個人名の場合があります。会社名義の場合、中国では国家市場監督管理総局の運営する「国家企業信用信息公示系統(企業情報公示システム)」に登記されている会社は全て入力されているために会社の住所や経営者、経営範囲、関連会社などを確認することができる、また民間企業のサービスでもそれらを確認できるので、不使用取消前にその状況を把握するようにしましょう。
 一方、なぜ個人名義の商標登録があるかというと、商標権を会社の所有にした場合、経営者が簡単に会社を潰したり設立したりするときに不便であり、経営者の名義にした方が便利との考え方に基づいています。実際の商標出願実務では、商標法実施条例第14条の規定に基づき、生産事業活動をしていることを立証する身分証明を出すことが求められているため、個人名義であっても、実際の商業活動があることが条件となっています。そのため、中国では個人名義から想定される会社を確認する調査ツールがあるので、中国の代理人や調査機関に調査を依頼することで概ね対象となる会社を特定することができます。
 次に、問題となるのはダミー会社です。中国の悪意先取り商標の所有者は、悪意先取りの誹りを免れるためにバージン諸島やケイマン諸島など租税回避地に会社を設立していることが多く、異なる会社名で同じ住所となっていることに遭遇することがあります。彼らは登録商標を高値で売ることが目的であり、実際に連絡を取ったりすると中国国内になることがあります。
 なお、上記の⑦の通り、第三者へ使用許諾をしている場合、商標法第43条3項に届出義務が規定されていますが、必須要件ではありません。そのため、登記されていないことが多いですが、使用証拠としてライセンシーの使用証拠が提出される場合があるため、必要に応じてライセンス登録も確認します。
 いずれにしても、このようにして、商標権者の業務内容と住所、加えて関連会社、ネット上での使用実態は確認しておくと相手の対応も予想することができます。

5.不使用取消はダミーの名義でも可能

 上記②の通り、不使用取消は誰でも、つまり、個人名でも会社名でも申立てることができます。中国では匿名での手続きはできませんので、誰か中国国内に連絡先のある者の名義で不使用取消手続きを行うことになります。ダミーの名義を使う場合、代理人事務所の誰かの名前を使わせてもらうことがありますが、商標権者に当方の身分や当事者として知られたくないときにとる手段になります。販売目的で先取り商標を保有している相手などの場合、適宜こうした対応を採ることも考えられます。一方、不使用取消で提出された証拠と判定結果に対して不服で行政訴訟をする場合のことを考えると、当該商標の本来の所有者名義で不使用をかけた方が商標局や裁判所の心象は良いかもしれません。

6.不使用取消手続きの流れ

 不使用申立手続きは、所定の書式に必要事項を記載し、商標局の窓口或いはオンラインで行うことができます。
 外国企業が不使用取消申立を行う場合、中国の代理人にその業務を委託しなければならず、委任状が必要です。公証や認証は不要です。また、身分証明書に該当する、現在事項証明書(コピー可、但し日付と押捺要)も提出します。
 概算費用ですが、官費は500元(約8千円)と代理人費用(安いところで2万円高いところで5万円位です)、現在事項証明書の翻訳料が請求される場合があります。平均的に総額5万円弱というところです。
 商標局は、不使用取消申立を受領後、方式審査を行い、商標権者に証拠提出要求通知書を送付し、その後、申立者に取消申立受理通知書を発行します。現状では、商標権者に対する通知は、申立受領後1.5か月後、申立者に対する受理通知書は2か月後になっていますので、やや遅れ気味であると思います。
 商標権者は、要求通知書を受領後、2か月以内に、使用証拠を提出しなければなりません。
 商標局は、要求書通知日より9か月以内に、処分を決定しなければなりません。
 当事者は、商標局の決定に不服の場合、決定の日より15日以内に評審部門に復審(審判)を申立てることができます。

7.しばしば生じる公示送達について

 中国では移転(引越し)が頻繁になされるだけでなく、会社の倒産、閉鎖、吸収合併も多いため住所が変わり相手と連絡が取れなくなることが多くあります。また、特に中小企業の場合、事業内容の変更や地域の行政の方針で開発特区が設けられたりすると、その都合で移転せざるを得ない場合も生じます。また、一方で、知財業務があまり儲からないと判断すると代理業務を簡単にやめてしまう代理人事務所も多く存在しています。こうしたことから、日本ではあまり考えられませんが、特許や商標の出願後、専利局や商標局が審査開始時に出願人や代理人と連絡が取れないことが起きています。
 こうした会社の移転や閉鎖などによる通信書簡の不達は、どの国でも発生することですので、それぞれの国で公示送達(官報などに公告した日から一定の日を決めて到着したと見做す)制度を設けています。中国の商標法実施条例第10条はこの送達について規定しており、郵送の場合、受領の消印日を受領日とし、消印日がない場合は発送日から15日後を見做し受領日とし、電子出願システムの場合は受取人の電子システムに入った日を受領日とし、これらで受領を確認できない場合、公示送達を行い、公示日から30日後を受領日と見做すとしています。
 この公示送達になる場合は、商標局が最終的な不達の通知を郵便局から受領するのが発送後1か月後であり、その後半月程度で公示送達を行います。これは、受領すべき側からすると、都合の良い期間延長とも言えます。つまり、通知や送達を商標局のサイトで知りながら、放置し、公示送達間際になって、対応をする場合、公示送達期間の1か月を入れて、約2か月半の期間延長を確保できるともいえます。一方、不使用取消を申立てる側は、9か月以内に不使用取消の処理が終えるのかどうかヤキモキしながら待つということになります。いずれにしても、公示送達の事例では失効になること多いです。これまでの経験では、公示送達満了後3か月程度で対象商標の不使用を商標局が確定しています。
 このようなこともあるので、商標権者の調査をする時に、登録商標での住所と登記上の現在の住所の両方を併せて確認することで、こうした公示送達の可能性についても予想することができます。

実際の使用証拠とその認定については、次回の記事でご紹介します。

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