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中国 特許出願補助金の廃止と質への転換

中国の特許庁に当たる国家知識産権局は、1月27日付、各地方政府の知識産権局、直属組織、各団体に通知を発し、中国が知的財産権大国としてその導入期から創造期への転換を確実に推進し、数の追求から質の向上へと転換を進める、そのために、地方政府の知的財産権部門は特許出願に対する財政支援政策を更に規範化し、イノベーションに繋がらない非正常特許出願行為を厳しく処分し、本来のイノベーションの奨励と保護、知的財産権の高質化を促進するように指示を出しました。

 具体的な内容を簡単に言うと、地方政府の特許出願の補助金を食い物にするような特許出願行為をやめさせ、国際競争力のある本来の発明イノベーションの保護に舵を切るようにしましょうということです。中国は1985年に特許制度を導入した、いわば後発です。導入の背景はアメリカから原子力技術を導入したい欲望から始まったのですが、江沢民政権の時代に国威発揚のためには技術導入ばかりではなく、国内での技術開発が必要ということになったのです。そこで、政府は特許出願を推奨することにしたが、如何せん発明の種もなければ、出願なんかしたことがない輩ばかりである。とは言っても、砂漠のダイヤモンドのように大量な出願が出るようにならないと高度な発明は生まれないとの考えた政府は特許出願補助金制度を開始したのです。国策として始まった補助金制度は、最初は国内出願、そしてPCT経由を含む外国出願へと拡大したのです。ところで、中国では特許というと、発明以外に実用新案や意匠も含むのです。

 特許出願件数増を目指す中央政府は、先ずは地方政府にプレッシャーをかけて、各省や特別市に対して出願件数の競争を煽るような隠れた施策により出願件数増を図りました。これに呼応した地方政府はそれぞれ独自の特許出願補助金、奨励金、税制などを展開し、隣の省には負けないと頑張るようになったのです。2019年に調べた時点では、北京、天津、遼寧、山東、安徽、江蘇、浙江、上海、 福建、厦門、広東、深圳、 海南、山西、河南、江西、陕西、湖北、湖南、広西、四川、貴州、雲南、青海、内蒙古、寧夏、甘粛、新疆の各省とその地域の県クラスの市が独自の補助金制度を行っていました。補助金制度は省と市、更に特別市では区も独自に補助金を出すようになりましたので、技術のある会社はあちこちの補助金が得られる、おいしい状況が始まりました。北京、上海や広州市のように大企業がない各地方政府の知財担当者は出願件数を増やすために、地域の企業を回り、或いは説明会を開いて補助金制度の活用を勧めていましたが、そもそも種のない会社の場合、新規性もない「ゴミ」の実用新案や意匠を出願することになったのです。そして、ご存じのような大量な特許出願が毎年なされるようになりました。以下の資料は少し古いですが2019年当時の補助金の例で、無錫市の補助金制度が中国の地方では一般的です。

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 更に悪いことに、2017年頃からは補助金制度に代理人費用が含まれることに目をつけ、これを悪用する特許代理人が現れ、「黒代理」も呼ばれる悪徳商法も現れる始末となったのです。こうしたことを受けて、「非正常特許出願」という言葉が生まれることになりました。

 国家知識産権局は、2018年末に多数の非正常特許出願を処分した行政指導を出しています。例えば、下記は一部で、広東省や四川省の事例ですが、
1.2017年8月~9月にかけて、陳錦陽ほか30名は62件の食品、肥料、殺虫剤、洗剤などの発明特許をしたが、具体的な組成、配合比による原理作用や技術効果を示す実験例が記載されていないので処分した。
2.2018年2月~3月にかけて、何国錦は194件の太陽エネルギー、照明灯のなどの技術の出願をしたが、技術解決手段が簡単で、その内の89件の請求項が一行で記載されているので処分した。
3.2018年1月~10月にかけて、数多くの非正常の特許出願があり、成都市、綿陽市の模範都市資格はく奪、成都市知的財産プロジェクト都市資格はく奪、四川省知識産権保護センター取消及び各種知識産権プロジェクトの停止した。

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 黒代理については、北京に本社を持つ大手代理人事務所の成都支所の職員が、重慶市の企業から受注した2件の実用新案特許出願を四川省の企業に出願を持ち掛けて、同一内容で2件出願したことが内部告発で判明し、政府の指示を受けて中華全国弁理士協会がけん責処分をした事例があります。こうした黒代理が各地に蔓延したために、2019年に特許代理条例(弁理士法)を改正し、処罰などが強化されました。

 今回発せられた通知では、非正常特許出願の例を以下のように6つ例示しています。
(1)「特許出願行為の規範化に関する若干の規定」(国家知識産権局第75号局令)第3条に規定する6種類;
 (a)同一の出願人による内容が明らかに同一の複数の特許出願、或いは他人にそれをさせた場合;
 (b)同一の出願人による明らかに先の技術或いは意匠の特許出願を剽窃した複数の特許出願、或いは他人にそれをさせた場合;
 (c)同一の出願人による異なる材料、成分、配合比、部品などを簡単に代替或いは足した複数の特許出願;
 (d)同一の出願人による実験データ或いは技術的効果が明らかに捏造された複数の特許出願;
 (e)同一の出願人によるコンピュータ技術などを用いてランダムに製品形状、パターン或いは色を生成させた複数の特許出願;
 (f)他人或いは特許代理人の支援を受けた上記(a)から(e)の特許出願。
(2)出願人が故意に関連する特許出願を分散させて行った特許出願。
(3)出願人がその研究開発能力と明らかに矛盾した特許出願。
(4)出願人による異常な転売のある特許出願。
(5)出願人による特許出願で、複雑な構造で簡単な機能を実現する技術、従来の或いは簡単な特徴を組合せ或いは積み重ねるなど明らかに技術改良の常識から外れた技術であるもの。
(6)その他、民法典に規定する信義誠実の原則に違反、特許法関連規定に合わない特許出願管理秩序を乱す行為による特許出願。

 非正常特許出願が発見された場合、対象の特許出願に厳正な処理(具体的な記載がないが、却下処分と思われる)と以下の6項目の対処をするとしています。
(1)減免を受けている出願人には特許料を減額せず、すでに減納された場合、減額分の追納を要求する。情状が深刻な場合、本年度から5年間にわたり特許料の減免をしない。
(2)国家知識産権局ウェブサイト及び「中国知識産権報」でこれを掲載する。
(3)特許出願数統計から当該出願数を除外する。
(4)国家知的財産権模範及び優秀企業、知的財産権保護センターの届出企業及び中国特許賞への応募、参加或いは受賞資格を取消す。
(5)各地方政府知的財産権部門は出願人と関連代理機構に助成或いは奨励を行わない。すでに助成或いは奨励をした場合、全部或いは一部は返済させる。情状が深刻な場合、本年度から5年間にわたり助成或いは奨励しない。資金奨励を詐取し犯罪を構成する疑いがある場合、法により関連機関に移送し刑事責任を追及する。
(6)各地方政府知的財産権部門は非正常特許出願を代行し、特許業務の秩序を著しく乱した特許代理機構に対し、認定情況に基づき、法により取調べ処分する。中華全国特許代理士協会は非正常特許出願を行った特許代理機構及び特許弁理士に対して業界の自律措置を講じる。

 こうした非正常特許出願はもちろん審査を担当する専利局の行政負担を増やす意味のないものであるばかりでなく、地方政府の補助金をだまし取る悪意のある行為でもあることから、以下のような補助金制度を廃止することを含む対策強化を出しています。
(1)審査指標の科学性の改善
 地方政府の知的財産権部門は高品質発展理念を確立し、特許指標体系を審査の科学性、有効性に基づく部門の業務審査の主な根拠としなければならなず、特許出願数量ありきの拘束的評価指標を設定してはならない。特に、行政命令や指導などの方式で企業及び代理機構などに特許出願数量の指標を割当ててはならない。特許出願数を互いに競い合ってはならない。上記の行為が発見された場合、国家知的財産権運営プロジェクトの申告資格、国家知識産権局から与えられた模範都市などの各種称号と優遇政策などを取消す。
(2)特許資金政策の調整
2021年6月末までに各特許出願段階の資金援助を全面的に取止める。地方政府の資金支援は登録された発明特許(外国での発明特許を含む)制限され、援助方式は登録後の補助でなければならない。各類各種支援金総額は特許権取得までに納付オフィシャルフィーの50%以下で、特許年金や特許代理などの仲介料を含めてはならない。虚偽により特許資金を詐取した場合、期限を定めて資金を払い戻さなければならない。各地方政府は各種財政支援を段階的に減少させ2025年までに全て取止める。
(3) 品質志向特許出願の追求
非正常特許出願が2四半期連続で上昇、或いは高品質特許出願が2四半期連続で減少した場合、地方政府の知的財産権部門に通知し、関連情報を国家知識産権局ウェブサイト及び「中国知識産権報」で公開する。一年間連続で前記の現象が発生した場合、国家知識産権局による模範都市などの各種称号、優遇政策などを取消す。
(4)特許出願分野の信用監督管理の強化
特許法の実施細則を改正し、法により非正常特許出願行為を信用喪失行為として知的財産権信用監督に組み込むことを推進する。
(5)特許取引の規範と監督の強化
各地方政府の知的財産権部門は、明らかに技術イノベーションと実施を目的としない特許出願と特許権譲渡行為を抑制し、非正常特許出願が取引を通じて利益を貪り犯罪を洗浄することを厳重に防ぐ。
(6)部門間情報伝達の強化
非正常特許出願に関する詳細情報について、各地方政府の知的財産権部門は関連部門と共有し、ハイテク企業などの国の各種優遇政策を受けられるないようにする。無保険者、無払込資本、無研究開発費の「三無」形骸会社が特許出願する場合、関連情報を当該地域市場管理部門に速やかに移管し、厳格に監督管理する。

 補助金制度が廃止されることはかなりの数の実用新案を含む特許出願が減ることは明らかで、ゴミは明らかに減ることは確かですが、国際的に特許大国を謳歌してきた中国は本来の質と向き合うことになるでしょう。なお、実用新案特許出願件数が多いのは、他にも理由があるので、業務上不可欠と考える会社は引き続き出願することが考えられます。いずれにしても、簡単に「質」と言いいますが、中国では何をもって質が向上したというのか、注目したいところですね。

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