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漂流

コントロールを失った船のように、私は自分が今どこに向かっているのかも分からないまま歩いている。
時には人の流れに身を任せながら、あるいは逆らいながら宛もなく彷徨っている。
サンダルのまま、アパートを飛び出して、荷物はいつもの小さなポーチに財布とハンカチと携帯電話。
けれど、家の鍵は持って出なかった。
なぜなら、今日から私の住む家では無くなったのだから。
最初から、住民票を移さなかったのはどこかで、私の居場所ではないという事が解っていたからかもしれない。
二人で買ったものは、大抵家具や家電の類いだったので持ち出す事は難しかった。
それに、そんな沢山の荷物を持っていては歩くことすらままならない。
最小限でいいと判断してからは身支度には時間がかからなかった。
一刻も早くその場から立ち去ろうと思うと、お気に入りのブラウスすら荷物になるような気がしてしまった。
とにかく身軽な自分でいたかった。
どこに行くわけでもないのだが、どこにでも行けるように、とにかく全てを捨ててしまおう。
住む場所が決まってから、荷物は送ってもらえばいいのだから。
源氏物語1000年の記念に買ったお揃いのキーホルダーから外しておいたアパートの鍵を、郵便受けの中にガムテープで貼りつける。
方角を決めずに歩き出したのだが、自然と人混みの方に向かっていた。
町の中にどれだけ自然にとけこめるかを試しているように、私は歩いた。
決して立ち止まったり、寄り道したりはしなかった。
歩いて、歩いて、人の多い通りを進んでいく。
最初は、どの景色にも見覚えがあって思い出が甦る。
何気ない日常の断片がそこかしこに散らばっており、避けようとすると、また別の断片に触れてしまう。
商店街の入り口の小さなお堂や、よく買っていたお肉屋さんのコロッケ。
あるいは、駅のロータリーの大学直行のバスを待つ人達、ソファーを買ったインテリアのお店などがそれだ。
遠ざけようとしているつもりが、いつの間にか引き寄せられているような気がする。
単に遠くに逃げるのであれば、電車にでも乗ってしまえばいいのに、私はそれをしなかった。
漂流した私は、その断片の一つ一つを道しるべにして
まだ見えない目的地を探している。
それは、まだ見つかっていない。

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