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本物のパエリア、食べたことある?【2022年の五悦七味三会を振り返る11】

新年度が始まった。
街にはフレッシュなスーツを見事に着こなして、かっったい革靴で靴擦れしながら慣れない大人の世界をぴょこぴょこ歩く新社会人で賑やかである。

誰にとっても毎年4月は進学や入学、異動や新入社員が入ってきたりと新しい環境に身を置くタイミングになることが多い時期である。
もちろん人によって環境の変化の度合いは様々で、新社会人たちのようにまさに新しい世界に突入する人々もいれば、中には何年も同じメンツで同じような仕事をしているという人もいるだろう。
僕もここのところ2〜3年、どうも同じよーなメンバーで同じよーな仕事をずっとやっているような感覚がある。
そうなると彼らのようなピカピカの新しい世界がちょっと羨ましくなったりもする。

ところがこの「新しい世界」というのは「そもそもそれがどこに存在しているのかわからない」ものなんじゃないかと思う。
新しい世界の存在を認知して、それを自分の地図の中に組み込めてしまった時点で、それは既に既知の世界となってしまう。
「家の隣はビルで、その隣にはスーパーがあって、その向かいが駐車場で、その隣は公園で…」と言えてしまうような場所は、あなたにとって「新しい世界」ではない。
コロンブスがいつまでも新大陸アメリカをインドだと信じていたというのは有名な話だが、新大陸、新世界というのは本質的にはそういうものなのだろう。
到着して初めて「おお!こんな場所がここにあったのか!!」となるのが本当の新世界なわけである。

そんな新世界が僕の家から歩いて3分の場所にあった。

七味その⑤:スペイン人のパエリア

パエリアってみんな食べたことある?
え、ちょっと待って。
いまパエリアって打ったらパエリアの絵文字出てきたんだけど(笑)
パエリアって絵文字あるんだ(笑)
知らなかった🥘🥘🥘
…話を戻す。
パエリアって、食べたことある??
なんか、なんだかんだ一回はあるんじゃないかな。どうなんだろう。
我が家は割と特殊で、小さい頃から世界各国の料理が出てくる家だった。
「肉じゃが」や「お味噌汁」に加えて「ボルシチ」や「キッシュ」が僕の「母の味」なのだ。
ちょっと変わってるよな(笑)
まあそんな家だったのでうちでは「今日のご飯はパエリアよ〜」ということはままあったが、日本全国にいるであろうこういう特殊家庭を除いても、「まあなんか一度は食べたことあるなパエリア」って大体みんながなるような料理な気がするんだけどどうなんでしょう。
そして大概が、「いやうまいね!うまいけど…うまいけどね?」という程度の感想を抱き、なかなかパエリアをリピートしたり、「じゃあ腹減ったしパエリア食べに行くか!」とか家で「あ、ちょっとエビ残ってるしパエリアでも作ろうかな」とか、そんな風にならない料理でもあるんじゃないかなという気がするんだけど、これもどうなんでしょう。

僕にとってもそうだった。
パエリアは僕の地図の中の「まあそのくらいの美味しいやつ」に分類されていた。
既知の世界だとばかり思ってきた。
2022年末までの28年間、僕はアメリカ大陸をインドだと思い込んでいたのだ(?)
パエリアのこと、何にもわかってあげられてなかった…。
引っ越した新居から徒歩3分。
その日ふと入ったのは本物のスペイン人による、スペイン人のための、スペイン人のスペイン料理屋だった。
パエリアがおすすめだというので「あー、パエリアいいよね〜!」くらいの軽い気持ちでパエリアを頼んだ。
待つこと30分ほど。
スペイン人店員さんによって運ばれてきたパエリアの放つ信じられないほど香ばしいトマトとガーリック、そして魚介の濃縮された香り…。
手のひらほどもある真っ赤な情熱のエビが熱々の鉄なべの上に踊り、見るからにフレッシュなトマトとイカ、そしてプリップリのムール貝が、美しく配置されている。
キラキラと粒だち光るお米に、粗くみじん切りにされた新鮮なパセリのコントラストが美しい。
「あれ、俺の知ってるパエリアじゃない…?」
大きなスプーンで取り皿によそう。
表面は焦げ目もつき、パリパリ。
浅草のせんべい屋さんも舌を巻くだろう焦げ具合。
ところが中は魚介とトマトから出た旨味たっぷりの水分で見るからにジューシー。なんという計算され尽くしたコントラスト。
芳香で攻撃的なスパイシーさを纏った一口を噛み締めたその瞬間、僕は新大陸に降り立ったのだった。
「こ、ここが新大陸…。」
何ヶ月にもわたって荒波や悪天候、海の怪物と戦い放浪の航海を続けた船乗りがついに新大陸に到着し、その大陸に自生する甘い果実を発見し、齧り、数ヶ月ぶりの新鮮な果実に恍惚の表情を浮かべるかのような、そのくらいの衝撃と幸福度と興奮。
そしてその瞬間船乗りは膝からガクンと落ち、これまでの厳しい航海の日々が間違っていなかったこと、港町に残してきた可愛い娘のこと、そしてここまでどうにか生き延びてこられたその幸運に涙し、それから少しして、自分が世紀の発見をしたという事実に気づき、さらにしばらくしてその実感が沸き始め喜びを噛み締め、興奮で開いた瞳孔と浅い息の中、言葉にならない言葉を発するのである。
「パ、パエリア…」と。

…みんなも行ってみてね、新大陸。
本当にスペインの人がガチで作ってるスペインレストラン。
パエリア、マジでうまいぜ。

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