6/8の日記、うた

6/8

「閑日の 過ごし方こそ 人の色」

小説のタイトルで大人は泣かないものだと思っていた、みたいなのがあったような気がする。

子供の頃抱いていた大人の印象と実際に社会人まで成長してみた時のギャップというか、こんな感じなんだーって思うところ。

思ったより子供の時の地続きという感じがすごいする。

子供の頃、大人たちが話している学生時代というものは、たんなる思い出話で、その頃と今は、完全に線引きされているんだな大人は。

って感覚があったけど、そんな引きちぎって話せるような過去でもないし、全部繋がっている感覚がある。まだ20代後半だからと言われるかも知れないが、この感覚でいけば、30になっても同じだと思っている。

あとは、俺はこの街に青春らしい思い出はないけど、もしここで子供が歳を重ねたら、子供にとっては、この街が俺にとっての故郷の街になるのが面白い。

日記の中で今まで詩っぽく書いたものを集めてみた。題名を詩っぽくするの、遡ってみるとフラれてからやめてたので、再開しますか。これは面白い企画だったと思う。

うた

温泉は いいな温泉 っていいな

雪月夜 カメラ片手に 凍えつつ

冬はつとめて おこした火もと 真近くと 吸う空気の 温度差こそ をかしけれ
暖房の ぬるくまとわりつく 部屋の早朝や いかにまさるる

白妙の 衣垂れさせ 歩むきみ 視線の先は もうそれぞれに

ふと思う 僕ら動物 手始めに 生きるってこと それ自体を 楽しんでみてもいい

西を向く
旅路の疲れ
琵琶の水
にじむ涙に
しみいる赤かな

暗い部屋
寝ぼけて掴む
カーテンの
裏に広がる
銀世界

疲れてきた
週の真ん中
ご褒美に
大きな葉っぱ
座るえんがわ
浮かぶ三日月

閑さや岩にしみいる水の声って感じ
夏の行楽シーズンだったら
うっせえわ 岩をも穴ける 人と蝉

不意に現れた 君のたなびく髪 日差しさらり

今に溢れる 君を止める 繰り返す 繰り返した もう戻れない 今溢れたら 君と僕 同時にいけるね

とりわけ やることのない 君を生きる

初夏の 木漏れ日をうけて 不思議に編まれた小説 遠い南に消えた 君の声が聞こえた

コンビニの ホットドリンクと 夜の公園

洗濯と 掃除をして ご飯を食べる 今日も 僕は代謝という 褒美とやらに 自縛される

人間は 生命という プログラムに翻弄される動物でしかない

陽光と 珈琲と緑と歩く

僕は君 だから君の満たし方なんて 朝飯前なのに

雨の匂いがする 街の灯に濡れた紫陽花は僕の影に踏まれた

結構どれも思い出深いが、琵琶の水とホットドリンクと温泉と雪月夜が読み返しても、ふむふむとなるかな。

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