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三途の川と金縛りは、脳の想起現象。

これから記す内容は、科学的根拠に基づいた話ではありませんのでご注意。飽くまで私個人の体験に基づいた話、いわば仮説です。少し暴走気味なところもあります。

SF小説を読んでいるつもりだと、ストレスなく気楽だと思います(私がね)


「三途の川や」

人は死ぬ瞬間、昔から伝わっている話によると、三途の川を渡ると言い伝えられています。あなたは信じる方でしょうか。

ちなみに私は、三途の川自体は信じていませんが、三途の川現象自体はあると信じています。なんだかややこしくて、すみません。


【金縛りと、怨霊のうめき声】

さて「三途の川を体験した話」ができる方は、非常に限られてきますが、「金縛りに遭った話」ができる方は、世の中大勢いらっしゃるのではないでしょうか?

ちなみに私は金縛りを月2程度で体験している、金縛りホルダーです。最初に体験したのは高校生の頃で、初回〜三回目ぐらいはものすごくビビっていた記憶があります。なにせ、当時はテレビの心霊特集〈1〉が記憶に残っていたため、私はそういったものを強く信じており、怖い体験をした時は必ず、般若心経のミニ教本〈2〉を枕の下に入れて寝ていたほどでした。

しかし回数を重ね過ぎたようです。
「じわんじあん」とした、しびれる感触を楽しむ〈3〉までに順応してしまい、金縛りに慣れてしまいました。そしてこの頃から金縛りという現象に対して「心霊現象的なものではないかもしれないぞ」と、私は思うようになったのです。

さて、金縛りと付き合い始めてから何年か経ち、幽霊という心霊的な恐怖を忘れかけていた頃。
布団でうとうとしていると、急にじわーんと身体が痺れてきたので、私はいつもの通り感覚を楽しむためにワクワクしていました。

しかし、今回の金縛りは様子が違ったのです。

右耳から「おぉおおおぉおぉおおお」というただならぬ音が聞こえてきたのです。
この時はまさに「怨霊のうめき声」みたいな音で、本当にビビってしまった私は、無理やりに身体を動かして、金縛りを解いたのち、部屋の明かりをつけて布団にくるまり、久々のミニ教本を握りながら朝を迎えました。


【怨霊のうめき声は何だったのか】

最初は恐怖していたうめき声でしたが、結局何度も何度もうめかれるうちに、金縛り同様慣れてしまいます。そして次第に「これ、たぶん怨霊のうめき声じゃねぇな」とまた私は気付き始めたのです。

さてここで少し話は逸れるのですが、あなたは「想起」という現象はご存知でしょうか。「梅干しを食べる想像をすると、よだれが出てくる」という現象が有名だと思います。
「想起」とは過去に体験したことを「想い起こす」現象で、梅干しの例えでは、すっぱい味が想い起こされ身体が反応し、よだれが出てしまったのです。

似たようなもので「音の想起」というものがあります。
何か物事を考える時、頭の中で自分の声が喋っていたり〈4〉、好きな音楽が頭の中でずっと流れている経験はありませんか?
それが「音の想起」という現象です。音を想い起こしているのです。

ここで金縛りの話題に戻りますが、私はこの「うめき声」の正体が「音の想起」なのではないかと考えました。
よくよくうめき声を注意深く聴くと、中学時代のクラスメイトや、父親みたいな声色〈5〉だったりすることがあったのです(しかし、音自体は混沌として気味が悪いものです)

私は「とある仮説」を立てて、実行することにしました。
それは「金縛りになってうめき声が聴こえる瞬間、好きな歌を想起させたら、うめき声がそれに置き換わるのではないか?」というものです。

次に金縛りになった時に早速、好きな歌〈6〉を想起させてみました。
金縛り時の想起は手を使わず、スイッチを押すような感覚で大変でしたが、数秒ほど曲の出だし〈7〉が流れたのです。覚醒時の音の想起とは違い、まるで実際にその場で流しているような、鮮明な音〈8〉でした。

金縛りになった時、好きな(簡単に思い出せる)曲を思い浮かべてみてください。面白い体験〈9〉ができると思います。ここからの話がだいぶ逸れてしまうので、詳細はプチ余談の方に書いています。


【誤認知は、限られた情報ソースにより保護されていた】

私は無事に金縛りが心霊的な現象ではなく、生理的な現象だと気付くことができました。しかし、過去に生きた大半の人々は、それを心霊的な現象だと勘違いしたままだったと思います。

幽霊による金縛りだとか、三途の川だとか。そういった噂話が現代に残っているのが何よりの証拠です。なぜ、そういった話が信じられてきたのでしょうか。

ほとんどの人間は自身の体験に対して、自身が納得する情報を選び、結びつけてしまう癖があると思われます。私も勿論、該当します。

昔の心霊特集番組には、金縛りに遭っている人物の上に、よく顔の肌が剥げた女の幽霊や黒いモワモワがまたがっているなど、オカルト映像が出回っていました(今もそうなのかもしれませんが)。今の我々からすれば、それはどこか嘘っぱちに見えてしまいます。

しかし、金縛りといった非現実的体験をしてしまった人にとっては、おそらく重要な情報ソースとなっていたことでしょう。
だからこそ今、金縛りを「幽霊による金縛り」として信じている人は、自身の金縛り体験に対して自身を納得させるため、持ち込んだ情報ソースがオカルトだったために、そういったイメージが定着してしまったのだと思われます。

今ではネットを用いることで、金縛りという現象が起きた時、オカルト以外、つまり生理的な原因など、多面的な情報をソースとして得ることができます。しかし、昔はどうだったでしょうか?
情報のソースは人々の噂だったり、書籍、近代ではテレビ番組〈10〉ぐらいで、非常に限られていました。さらに言えば、信憑性の低い情報ばかりだったと思います。しかし、それらの情報でさえ、謝った認知を保護するのには十分なものでした。


【三途の川とは何か】

音の想起が、視覚の想起へ繋がることもあります。
好きな歌を聴いていたら、そのPV動画をイメージできた。ドラ声を聴いてたら、ドラえもんの姿を思い浮かべた〈11〉。が、良い例だと思います。

さて冒頭の「三途の川」ですが、これは頭の血流の音が、川の流れる音と似ているため、脳が間違えて川を視覚想起させてしまった話が、誤解釈され、尾ひれがつき、世に広まったものだと私は予想しています。
また、死にかけた人がそれを体験したために、三途の川は死ぬ時に見えるものだと解釈されたのではないでしょうか。

人は死ぬ瞬間、どういった感覚に陥るのかはわかりませんが、おそらく外界からの刺激伝達は徐々に弱まり、脳の機能が完全に停止するまでの間は、自身の情報ソースが内界(知識、思い出)や身体内部からの情報(頭を流れる血液の音など)に依存していくのではないかと思います。

三途の川の体験とは、身体内部の刺激情報(頭の血流の音)と、知識(川の音、三途の川という話)、思い出(家族=ここでは川の向こう岸にいる既死者に該当)により、複雑に想起されたものだと考えています。

この現象はおそらく、人間の生理的な現象が関与してくるために、実は金縛りと同様、三途の川現象は大勢の人が体験しているのではないかと思います。故にごく少数の人(息を吹き返した人々)が各地場所を問わず、その体験談を話し、その噂が広まることで、薄いクレープが積み重なるように、「信憑性がありそうな話」として今でも噂話として通用するレベルに強化されてしまったのではないでしょうか。

私は三途の川自体は信じていませんが、現象自体はあると信じています。

さて、あなたはこれを信じますか?それとも信じませんか?


最後まで目を通していただき、ありがとうございます。

文中にあった〈数字〉に関しての、プチ余談です。
今回は特に〈9〉に関して多くのことを書いています。


テレビの心霊特集〈1〉
一番怖かったものが、アンビリーバボーの心霊写真コーナーで、赤色の幽霊の顔(悪霊)の写真(有名なアステカの祭壇ではない)が紹介された時。今でも思い出すと背中がぞわっとします。

般若心経のミニ教本〈2〉
蛇腹タイプの小さいお経が書かれた教本。一番最後の言葉を三回だけ繰り返せば護られる!と、教えられたので、今でもその部分だけ、ちゃんと覚えています。
「羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提娑婆訶 般若心經」

しびれる感触を楽しむ〈3〉
今思えば、この感覚はお酒飲んでる時のふわふわ感、全速力で走って酸欠になった時の身体のじんじん感に近い。

頭の中で自分の声が喋っていたり〈4〉
想起を認知してからそれを繰り返していくうち、他人の声色でも脳内想起できるようになりました。

父親みたいな声色〈5〉
本当に父親がふざけて耳元で何か囁いてるんじゃないか、とも一瞬思いました。

好きな歌〈6〉
東京事変の「シーズンサヨナラ」。当時一番好きだった曲。
たまたま父親が椎名林檎のファンだったため、その関連で東京事変の曲をずっと聴いていました。当時の二番目は「遭難」。

数秒ほど曲の出だし〈7〉
季節知らないままさよ……うぉあぉぉ………………
今は雑念(いやらしいことを考えない限り)が入らない限り、後のBGM部分が想起継続できます。

鮮明な音〈8〉
おそらく金縛り時の身体機能は眠っていたために、外界からの音情報が遮断されたので、雑音がなくなり、鮮明に聴こえたのではないかと考えています。

面白い体験〈9〉
とは言ったものの、やはり個人差があると思います。
最低でも、第一に金縛りが体験できる方。第二に金縛り時に音想起を体感できた方でないと難しいと思われます。

しかし、もしも体験した時のために、コツだけ記しておきます。

現象中の音想起はいわば音楽プレーヤみたいなもので、最初だけONスイッチを入れ、あらかじめ記録させた音楽を垂れ流しているようなイメージで行うとやり易いかもしれません。

垂れ流しはあらかじめ用意しておいた音の記憶が途切れるポイントにハマって詰まらない限りは、音想起は継続します。
故に、常に繰り返し聴いているような、簡単に思い出し易い曲だと上手くいくかもしれません。

経験上、金縛り状態で垂れ流している音想起を操作(スローor早送りor切り替え)することは難しいです。またそれを裏付けそうな理由が以下の通り。

覚醒時でも一応、音想起は可能です。
好きな曲Aと曲Bを思い浮かべ、好きな曲Aを音想起して、しばらくした後、曲Bに切り替えてみてください。切り替える瞬間、脳への負担がわずかに感じたりするはずです。実際に試してみてください。

また、切り替え時には身体も少し反応していることにも気付きます。呼吸を無意識に一瞬止め、音想起Aから、Bのリズムを合わせる。Bの歌詞を想像して、無意識に喉元や腹にわずかな力が入る、などが身体的な反応がそれに当たります。

おそらく音想起の切り替えには脳以外に身体の反応が大きく関係してくるのでは、と私は考えています。さて、金縛りとは「身体が眠っている状態」です。故に音想起のコントロールができないのはそれが原因なのでは?と思っています。

もしかしたら、訓練次第では脳の負担のみで、切り替えが可能になるかもしれません。しかし私は、その域にまだ達しておりません。

あと前項でも述べましたが、雑念、特にいやらしい声を想像しようとすると、音想起が止まりました。詳しいことはわかりませんが……、おそらくそういうことなのでしょう。

テレビ番組〈10〉
子供の頃は「USO!?ジャパン」というオカルト番組が毎週楽しみでした。地底人と電話しているおじさん?の録音テープがなんだか面白かった記憶があります。

ドラ声を聴いてたら、ドラえもんの姿を思い浮かべた〈11〉
私の思い浮かべるドラ声は三代目、大山のぶ代。

見上げれば大空が。見下げれば大地が。 俯瞰の位置では、多くを見ることができる。