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私は戦います。

音楽を聴きながら書いたので
流しながらお読み頂ければ幸いです。

1月がもうすぐ終わる
1月のインスタのフォロー増加は900人

結構な離脱もあったし
何より迷ったことが数字に反映する

新規フォローを獲得するか
それともフォローしてくれた人を
大切にするか。

そのことでぶれぶれだった

絵はインスタのフォローが
10000人になったら売ろうと思う
初販の価格は15000円くらいかな

NFTはしないことにした
1つにはボールペン画を
画用紙で飾って欲しいというのもある

それと少しビジネス的に組み立てる

フォローは10000で終わるわけじゃない
その次は10万のフォロワーを目指す
15000円で買った絵が化ける可能性がある

まぁ俺が死ねば
その志はついえるけども

絵を買った人が
自分でNFTするならすればいい

これから先の時代
権威性なんてものは
どんどん崩壊していく

偉そうな審査員たちが
毒にも薬にもならない絵を
美辞麗句しても意味はない

そうこうしているうちに
俺の絵に対する感嘆は千を超え
万を超えていく

自分でビジネスを立ち上げたい
あるいは個人事業主のように
稼ぎたいと願ってる人は多い

だけど出来る人出来ない人は
その初動にある

あれもこれも積むうちにボートは進まない
最初はペイロードの少ないボートなのだから
それほど積み込む必要はない

それよりも近場なら転覆してもいいから
漕ぎだせるかどうか

何かエッセイでも書いて
作家を目指すために
kindleで出版して何になるの?

それは作家か?
kindle作家を自称している人を見ると
俺は痛いなと思うけど。

自分の本を製本するのが夢だった
みたいならいいのだけど
目的が物書きとして生きていきたいなら

その方向性は違わないかな

小説の募集要項に応募して
結果が出るまでの間
僅かな期待に胸膨らませて何になる

それより自己の認知を上げる
そんな努力を地道にしたほうがいい
1日3時間でも10時間でも
いいね徘徊する

それで増えたフォロワーさんに見てもらい
芳しくない評価をもらい
推敲を重ね続ければいい

アートってそこだと思うんだよね
辛さ、苦しさ、虚しさ、しんどさ
それでも立ち向かう意思

俺がインスタを始めた動機は
絵を売ろうと思ったら
インスタがはやそうだったから
始めたに過ぎない

毎日、絵とは別に
リアル時間にして数時間は
他の方の作品を見る時間にあてている

ともすれば脅迫概念にも似た
追われている感覚は常にある。

休みたいと思う事も多いけど
はじめたときから1日だって怠らない
眠りそうになれば薄着で外に出て
寒い中、いいね徘徊をする

まぁいいね徘徊なんて
言葉はよくないけど
そもそも。一人一人大切にしますっていって
10もいいねがないような状態で
正義を語っても説得力なんかは
やっぱり生まれないよな

ブレたのはここかな。

逆に1万でも10万でもなれば
困っている人がいれば
紹介することで応援が集まりやすくなる

善悪なんてものはそれを超えた先に
善を積まなければ善行とは言えない

奇麗ごとは傷つく自分を守る弱さ
だから言葉に説得力が生まれない

自分で何かをはじめたいと願うなら
四の五の言わずに漕ぎ出すしかない

それにどれほど条件をそろえたって
想定外はいつだって起こる。

波を知り風を知るから
様になっていくだけのこと。

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